1996年 8月13日
娘を連れ、近所の夏祭りに行った。お祭りなんて何年ぶりだろう。男性が怖くて私が外に出れなかったとき、娘は母に連れてきてもらっていたはずだ。あんず飴を指さして、「あれ、お婆ちゃんが好きだったやつ」と笑っていた。
娘は落ち着きがなく、歩きながらも首を左右に振っていた。屋台をひとつひとつ確認しているらしい。
「なにか買ってあげようか」
そう提案すると、娘はぱっと顔を上げた。けれどそれは喜びというより、驚きの方に近かったのだと思う。困惑した様子できょどきょどと、屋台を見て回った。
やがて一番端の屋台に到着した時、娘はそれを指さした。
「これがいい」
娘が指さしたのは、スーパーでも売っているようなただのラムネだった。氷水に無造作に入れられている飲みものは、私から見れば魅力的でもなんでもない。プラスチックのボトルはいかにも安物っぽく、『一本百円』とペラペラの紙に汚い文字で書かれてあった。
こんなものでなくとも、おいしそうな食べものは他にも沢山ある。かき氷、たこ焼き、焼きそば、ベビーカステラ。綿あめもあった。なのに娘が選んだのは、なんの変哲もないラムネだ。
「本当にこれでいいの?」と確認しても、娘は「うん」としか言わなかった。
買ったラムネを渡して、他に欲しいものはないかと訊ねると、娘は首を振った。そして「ラムネは飲みきれないから家に持って帰る」とも。
どうしてこんなに、なにも求めないのだろう。
娘はもしかすれば、とても面白くない、そして楽しくない人間に育ってしまったのではないか。変な子供なのではないか。『おかしな大人』になってしまうのではないか。
そんな不安が、心をよぎった。