1994年 5月13日
娘の遠足。今年もやはり憂鬱な行事だ。
弁当を、持たさなければならない。
コンビニ弁当だと可哀想でしょ、と言っていたのは母だ。娘が幼稚園に通っている頃、母はいつも手の凝った弁当を持たせていた。にんじんを花形にくりぬいたり、ウズラの卵にゴマで目をつけたり――。
娘にとって、「お婆ちゃんの手作り弁当」は自慢だったろう。
その母も、もういない。私が弁当を作らなければならない。
けれど、刃物を使用せずに作れる料理はなんだろう。
卵焼きだって、焼いた後は包丁で切らなければならない。試しに竹串を使ってみたけれど、どうしたって不格好になる。こんなグチャグチャな料理なら、綺麗な市販品を入れてあげた方がいい。コンビニ弁当がダメだからって、母親の手料理でいじめられては本末転倒だ。
……わかっている。私は、自分を正当化しているだけだ。
けれどどうしても刃物が怖い。刃物どころか、スプーンやフォークですら怖いと感じてしまう。銀でできていて光っているものは、なんでも凶器に見える。
克服できない。
昔は料理だって、ある程度できていたのに。
――あの日までは。
結局今年も、早朝からコンビニ弁当を買いに走った。
娘の弁当箱に移し替えたけれど、見た目がやっぱり既製品。
去年は娘からなにも言われなかったけれど、今年は大丈夫かな……。