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おちこちの神様  作者: 猫手のローランサン
第1章 明晰夢の中で
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007 グレムス

 違和感を感じ、違いに気が付いたのは集落に着く直前。

 付近一帯から滲み出る異常な気配を嗅ぎとり、すぐさま自宅へ飛び込んだ。


 そこにクリスティーナは居た。

 居たが居なかった。


 入口で倒れている。

 胸から血を流して倒れている。


 おい、どうした?起きろ。肩を抱き揺さぶる。

 ミルシスが見当たらないがどこだ?


 この瞬間に体験した感情は、言葉で表現するのは無理だ。


 分かってはいた。

 彼女は既に死んでいるということだ。

 ただ、それを受け入れたくは無かった。

 当たり前だ。


 即座に彼女を結晶化する。結晶を固く握りしめた手には彼女の血が付いている。

 部屋には様々な匂いや感情が残されていた。

 我慢できずに屋根を突き破って外に出る。

 ひとつ、大きく大きく、とても大きく息を吸い、全てを振り絞る様に咆哮する。

 重い叫びが集落に広がっていく。


 見上げた空は、雲がひとつも無く、夕暮れ独特の真っ赤に染まって綺麗だった。

 その先には大きくて、赤く黄色い丸い月がぷかぷかと浮かんでいた。


 普段は人の姿だが、いつの間にか獣人の姿に戻っていた。

 屋根が俺の重みと咆哮でミシミシと音を立てている。

 

 そこへ、ジョメリーと生き残った者達が来た。

 地方から流れてきた賊が通りがかりに襲っていった様だと言っている。

 ジョメリーの式神も殺されたみたいだ。

 弱かったがとても良い奴だった。


 俺の中で様々な感情がうごめき、自身の血が、心が、煮えたぎっているのが分かる。


 生存者である彼らが伝えてくる話は何となく聞こえていたが、聞かなくても分かっていた。

 興奮していたであろう山賊達の残り香が強く、大体の人数やどこに向かったのかも全て分かる。


 山賊達が移動した先を見据える。

 ジョメリーが俺に向かって何か叫んでいるが、何も聞こえない。

 精神も肉体も張り裂けそうになる勢いで飛び出し、追いかける。


 久々に獣人の姿に戻ったが、クリスティーナを結晶化しているので体が重い。

 まぁどうでもいい。

 山賊が進んだ道を1時間ほど無心で追走し、ようやく集団の背中が見えた。

 全部で100人程居るが、思ってたより少し足りない。


 皆、馬か馬車に乗っている。

 生き残りから俺の話でも聞いたのか?

 逃げるように必死で走っている。


 ずっと走らせていたのだろうか、馬が大分バテているのが分かる。

 ただ、そんな移動速度で俺から逃げれるはずないだろうに。


 場は夜の闇が支配しようとしていたが、森で生まれ育ち獣人化した俺には関係の無い話だ。


 まず、後ろから全力で咆哮し、全ての馬を驚かせて動きを止める。

 それからしんがりに居た数名に炎をあびせ焼く。

 炎で周辺が明るくなったと同時に、一瞬で黒焦げになった。


 場は一瞬で混乱。様々な声が混じって聞こえる。

 その後は感情に任せ、力に任せて蹂躙した。


 混乱の中、逃げようとする者も居たが、再度咆哮し馬を留まらせ逃がさない。

 片っ端から確認する様にねじ伏せ、始末していく。

 そうこうしていると、あっという間に残り3人になっていた。


 3人残したのはわざとだ。

 この山賊達の主要メンバーらしい奴が2人。

 家に残っていたクリスティーナを襲ったのとほぼ同じ匂いがする奴が1人。

 の3人を残した。


 残った奴らは、逃げようとする気力も無く動けずに固まり畏怖している。

 既に腸は煮えくり返っているが、更に腹が立つ。

 が、この3人はジョメリーの所へ連れて帰ろうと思っていた。


 だが、何を思ったのかコイツらが一斉に言葉と全身を使い命乞いを始めたのだ。


 ・・・は?・・・


 その下品で見勝手な言動を見せつけられた俺は限界だった。

 とても耐えられない。感情が振りきれそうになるのを抑える。

 こめかみの血管が震える。このカス共にかける言葉は無い。

 3人共炎で焼いた。


 聞きたいことは山のようにあった。

 殺すという結果で簡単に逃がすつもりはなかった。

 だが、そうせざるえなかった。

 そうしないと、俺自身が保てなかった。狂いそうだった。


 俺が人を殺したのは、今回が最初だった。

 命乞いをしていた最後の1人と一瞬だけ目が合った。

 奴が見せたあの瞳は一生忘れられないだろう。


 その後、俺が散々暴れて非現実的な景色になった周囲一帯も全て炎で焼ききる。


 結局ミルシスは居なかった。

 俺の家を襲い、クリスティーナを殺した奴も居なかった。

 最後に残した奴は微妙に匂いも違ったし気配も違った。似せようとしてただけだ。

 居れば分かる。完全に逃がしてしまった様だ。


 様々なモノが焼ける音と匂いがする。

 炎の中、しばらく呆然と立ちつくしていた。


 それから気が付くと集落へ戻っていた俺は、家へ戻り小さくなって寝た。

 その後、ジョメリーへ全て報告した。

 彼や生き残った皆達は俺に対して色々言っていたが、何も覚えていない。

 俺からも聞きたいことも色々あったが、何も聞けていない。

 白くて深い霧の中を彷徨っているようなイメージしか残っていない。


 失った怖さに震え、現実を直視出来ず、そのまま逃げるように去った。

 いや、逃げた。


 ミルシスを探すという理由。

 クリスティーナの仇を取るという理由。

 自分自身や周囲の者達を無理にでも納得させるような理由をつけ、現実から目を逸らす様に逃げた。


 ただ、いくら逃げても何も変わらない。

 島を渡り流れに流れ、時間だけが過ぎ、ここにたどり着いた。




 と、ここまでの話は、人身御供となる予定の彼女達に伝えている。

 彼女達に嘘を伝える訳にはいかないから。

 ただ、伝える内容は制限している。

 ここから先の話は伝えていない。


 この頃には1つの可能性を見出していた。

 初期に出会った流れ神は、妻を生き返らせる方法を模索する旅をしていた。

 ということは、死んだ者を生き返らせる方法があるということだ。


 ジョメリーの式神が以前言ってた。

 「式神はスキルを餌に、常夜の世界からこの世界に召喚される」と。

 「人が死に肉体と離れた魂という精神体は、皆黄泉の世界に行くのだ」と。


 黄泉から妻の魂を呼び戻し、結晶化してある肉体を与えればいいのではないか?と。

 彼女の肉体は結晶化させているので死んだ時のままだ。


 聞いた話によると、その為には生贄が必要であるということ。

 生贄には、自分が生贄になると納得した上で生贄になる必要があるらしいということ。

 その為に一番いい方法は、神という立場を利用することだ。

 多くの生贄を集めるには、多くの人が居る場所を治める神になればいいのだ。


 そう結論付けた後に偶然辿り着いたのが、ここ湖隣村だ。


 情報収集も兼ね、この一帯を治めている神に会いに行った。

 名はグラーニアという。

 とても小さな神だ。


 おそらく、見た通り非力で戦闘能力も低いだろう。

 だが、常に彼女の隣を陣取っている式神がとんでもなく強力だ。


 彼はオディナと名乗った。俺よりデカい。

 腰に1本の長い刀を携えている。

 普段は力を抑えているのだろう。

 本当に式神か?

 信じられない強さだということは一目で分かった。


 旅をしていると、たまに彼の様な強者に出会う。

 会う度に感化され、俺ももっと強くなりたいという気持ちが大きくなるが、今はクリスティーナを生き返らせることだけを考えている。


 とりあえず、流れ神として挨拶して様子を見る。

 無理なら他の場所を探そう。


 グラーニアから集落や周辺地域の滞在許可を貰った。

 その際、流れ神になった経緯や旅をしている理由を聞かれた。

 ある程度正直に話したが、当然だが生贄を探しているということ等は伏せた。


 数日かけて、この村や周囲を一通り散策した。

 欲している情報は得られなかったが、ここは良い。

 村にしては人が多いし、周囲の集落も治めていて総人数はかなりのものだ。


 人が住むのに適した環境が揃っていて活気がある。

 ここなら考えた通りの条件が揃っていた。


 周辺を散策した際、田畑を荒らされて困っているという話を耳にした。

 元凶の大猪を3匹ほど退治し、集落の周囲の獣道に俺の毛をつけておいた。

 これでしばらくは問題は起きないだろう。

 退治した大猪は、血抜きと内臓処理をしてみやげとして担いで村に持って帰った。

 

 野生で育ち鼻の利く俺には楽な仕事だったが、皆からはとても感謝された。

 彼らは慣れた手つきで綺麗に捌き、大猪は毛皮から骨まで余すことなく使うようだ。


 ここが欲しい。

 これ以上旅をしても無意味な気がする。


 ここならクリスティーナを生き返らせることが可能かもしれない。

 早く生き返らせたい。

 毎日同じことを考えていたし、もう限界だった。


 ただ、この一帯を手に入れるには、グラーニア、オディナの両名を倒さないと無理だ。

 正攻法ではまず無理。

 練りに練って奇襲したとしても勝てる気がしないのが現実だった。


 しかし、幸運なことにチャンスは訪れた。

 グラーニアが害獣駆除の礼をしたいと家へ招いてくれ、料理や酒でもてなしてくれた。

 これは勝負だな。仕掛けてみるか。


 俺は酒にもめっぽう強い。

 グラーニアに酒での勝負を申し込む。

 オディナが止めてはいたが、引き受けてくれた。

 お互いの体のサイズに比例したコップで飲む。


 結果は分かっていたが、しばらくしてグラーニアが倒れた。

 勝負に勝った。


 あとはオディナだが、どう考えてもどうしようもない。

 隙が無い。

 このままグラーニアを結晶封印しても、オディナに殺されるだけだ。


 俺が覚えた結晶封印のスキルはかなり優れている。

 結晶化出来る数、大きさに限りはあるが、無機物、有機物、関係無く取り込める。

 結晶は手のひらサイズに出来るし、結晶にしたモノは時間が止まる。

 なので、食べ物等も腐ることなく保存可能だ。

 生きている人や神も結晶化出来る。

 眠ったように封印出来る。


 生物を結晶化するには、その相手に勝たないと結晶化出来ない。

 何でもいい。

 勝負して勝てば結晶封印可能状態になる。


 ただし、かなり優れた能力が故にデメリットも大きい。

 1つ結晶化すると、自身の強さが半減する。

 2つで6割強ほど弱くなる。

 俺が使用可能な限界の4つ使うと、9割方の強さが失われる。

 結晶封印を解除すれば、強さも戻る。


 様々な能力やスキルを持つ神同士の交流では、ステータステーブルを使って互いの能力や経歴はある程度把握できる。

 しかし、スキルまでは把握出来ない。

 当然、相手がどんなスキルを持っているのか分からないので一定の警戒をすることになる。


 ただ、俺に関しては

 自我が芽生えるまで山の中で育ったので人や神を殺して無かった。

 自我が芽生えた以降も、村を襲った盗賊達を殺しただけで神殺しや一般的な犯罪行為は一切していない。

 人と結婚して子供を授かっていた。


 ということがステータステーブルに表示された上、比較的多い炎の能力の火の神ということでグラーニアの警戒心はかなり薄かった。

 結晶封印のスキル持ちなのと、スキル使用中のため弱体化していることは当然黙っていた。


 酒に飲まれて伸びているグラーニア。

 相変わらずマイペースで強くて隙が無いオディナ。

 

 俺は2人を横目におもむろに立ち上がり、自分の荷物からオディナ封じの秘策を取り出す。


 「オディナ、これ知ってるか?」

 さっきまで居た定位置に座り直し、オディナの前に置く。


 彼は首を横に振る。

 やはり知らない様だ。


 「これは、ショウギというボードゲームだ」

 盤を組み立て、所定の位置に駒を並べる。


 「ボードゲームは知ってるか?」

 「ああ、昔遊んだ記憶がるな」

 初めてにオディナのちゃんとした声を聴いた気がする。


 「これは俺が結婚してた村で流行っていたボードゲームで結構面白い」

 「ルールも簡単だし、やってみないか?」


 頷く。

 よしきた。


 ルールを一通り説明し、各コマの可能な動きやルールが書かれた紙をオディナ側に広げる。

 「な?簡単だろ」

 「で、真ん中の玉を取られた方が負けだ」 


 頷く。

 完全にかかった。


 オディナは大きな指で小さな駒を器用に持って、裏返したり、バチンと鳴らしながら置いたりしてる。

 軽くレクチャーした後、何気にじゃあ1度勝負してみるか。と言った。


 頷く。

 コイツさえ押さえれば、この一帯は俺のものだ。


 そして、あっさり決着がついた。

 「俺の勝ちだな」

 と確認する様に言う。

 オディナは少し悔しそうに頷いた。


 その瞬間、結晶封印を発動させる。

 一瞬でオディナの体は光に包まれ、結晶化した。


 恐ろしかったのは、オディナがその一瞬に反応し、反撃しようとしてきたことだ。

 座った状態から素手で急所を狙ってきた。

 強い殺気を含んだ手刀は、最短距離で凄まじく伸び迫ってきたが、俺に届くわずか寸前に光となり消えた。

 目で追えただけでも奇跡に近い。動けなかった。


 運が良かったのは、この場所が彼らの自宅だったこと。

 俺が客として招かれた方だったので、オディナは刀を身に着けておらず近くにも置いてなかった。


 もし刀が手の届く範囲にあれば、俺はやられていただろう。

 全く反応出来なかった。本当に運が良かった。


 深呼吸をし、呼吸を整える。

 あの俺に真っ直ぐ向かってきた殺気は本物だったし、格も違った。

 殺気にあてられ、いつの間にか獣人の姿に戻っていた。


 もう1度深く深呼吸をする。

 囲炉裏の暖かな火に、獣人に戻ったグレムスと酔い潰れたグラーニア、オディナが入った水晶と残された大きな刀が赤く照らされていた。

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