006 vs今神様
深夜の山頂に松明がユラユラとうごめいているのが見える。
あの感じだと、20人くらい居る感じだな。
あそこに人が居るということは、間に合うか?
この速度ならあと1分弱で着ける。
ヘレネ、答えられないことは答えなくていいけど、最後に何かアドバイスとかある?
と再び頭の中で会話する。
(はい。モリオトー様はこの世界を夢だと思っている様ですが、この世界は夢ではありません)
(現実として実在している世界です)
ふむふむ、そうきたか。
(モリオトー様はイレギュラーな存在だと確信しております)
(この様なケースの報告は人ではありましたが、神として生まれてきたケースは初めてです)
俺と同じ境遇の人が他にも居るということか。
ひょっとしたら同時に同じ夢を見てる人がいるかもしれないな。
それこそ叔母が言ってた話そのままだわ。
(荒唐無稽な報告だった為放置していましたが、モリオトー様の出現により調査の必要性を感じます)
(現在、分析や解析は何も出来ていませんが、後々解決したいと思っています)
(あと、今着ているその服は破れたり燃やされたとしても、数秒で元の状態に戻りますのでご安心を)
おお、それは助かるな。
まぁもうすぐハッピーエンドだし、最後は服を脱ぐ予定だけどな。
なるほど。ありがとう。
じゃあとりあえず戦ってくるから、また後で。
(了解しました)
会話が終わったタイミングで山頂に着く。
夜の闇の中、凄い速さで登ってきたもんだから、村長のノイスを始め皆驚いている。
「ノイス、アエカはどこだ?」
ノイスの両肩を揺らしながら聞いた。
見渡しても居ない。気配もないが神輿はある。
ノイスは目を大きく開き、びっくりしながらも火口を指差す。
「この下か?」
頷いたので、すぐさま火口に飛び込み落下する様に下っていく。
ああー。っというノイス達の声が後ろに聞こえた気がする。
火口の中は、意外と広かった。
そして臭い。
飛び込んだ瞬間、むわっっと蒸し返す様な熱気と鼻がもげそうな匂い。
村に飛んできた岩の硫黄の匂いと同じ匂いがする。
現実でも温泉地等で何度か匂ったことがあるが、臭いし慣れない。
当然道などは無くほぼ垂直な崖のようになっているが、今の俺なら何の問題も無い。
下の方がマグマで明るくなっている。急いで下へと降りる。
少し降りたところで、下にアエカら数人の人身御供達とグレムスが居るのが気配で分かる。
まだ生きているのが分かる。これもスキルのおかげか?
ただ、グレムスも俺に気が付いたようだ。
「アエカー!」と大きく声を上げる。
すると、下から「グオオオオオオオオオ」という唸り声が聞こえ、真っ赤に焼けた岩が複数飛んできた。
さっきまでの俺ならこれでゲームオーバーだが、今の俺は余裕で回避ができる。
岩をすべて避けた後、グレムスを目視で確認。既にヤツは臨戦態勢みたいだ。
火口から降りたところに平らになっている場所があり、そこに皆で居る。
アエカ達は皆気を失っていて倒れた状態だが、息はある。
ただ、俺は水司の能力で熱さは感じないが、この辺りはかなりの熱さの様だ。
それらもこの距離からでも分かる。
急いだほうがよさそうだな。
「よし、いくぞ。小支」
小さく声を発して伝える。
右手で鞘を持ち、利き手の左で抜刀する。
出てきた刀身は綺麗な肌質を見せ、俺の気持ちに答えるよう冴え光っている。
今、ふと何気に言った「よし、いくぞ」って中々良い言葉だな。と思った。
確かそういう名前の歌手居るよな。
緊迫した状況だが意外と冷静だし、そういったことを考える余裕もあった。
剣神のスキルを使用して以降特に気になっていたが、この刀相当大きいし長いし重い。
普通の人が扱える代物じゃないし、柄なんて太すぎて並の握力じゃ片手で持てないだろう。
刃渡りだけでも2メートル弱はあるだろう。大太刀並だな。
今は夢補正で強化されてる左手の握力だけで持ってる状態だ。
鎬が高い、先反りの刀。
鞘を納める場所が無いので、右手で鞘を持つ。
刀を左手での片手持ちになるが、俺のパワーと習得した技術なら問題ないだろう。
とりあえず真っ直ぐには突っ込まず、壁を利用して角度を変えてみる。
グレムスは炎を纏い、動かず素手で待ち構えている。
俺が1発でKOされた俺とは違うことは理解できているようだ。
相変わらず勝気な目をして俺を睨み、明らかに誘っている。
罠なんて仕掛ける時間は無かっただろうし、自分の肉体によっぽど自信があるのか?
よく分からないが誘いに乗ってみるか。
力強く跳躍し、近づく。
その瞬間、下からマグマが蛇の様に襲ってきた。
これか。俺は小支を突き上げるように一振り。衝撃波を発生させでぶつける。
蛇のマグマは花火のように綺麗に飛散した。
グレムス本体にもマグマがとぐろを巻いていたので、同じく衝撃波で散らした。
これでヤツは丸裸だ。
一気にいける、そう確信した。
片手だが八相の構えでそのまま距離を詰めて切りかかろうとしてみる。
グレムスが右腕でガードしようとしているのが見えたので、炎に包まれた右腕に刃を当てる。
食い込んだ瞬間、引くようにして振りぬく。
音もしないまま、一瞬でグレムスの太い右腕が飛んだ。
だが、それを予想していたかのように、グレムスの左拳が攻撃に転じている。
おそらく、右腕を差し出しての一撃必殺のカウンターだな。
デカくて力の乗った突きが迫ってくる。
いいと思うよ。
いい攻撃だと思う。
ただ、、今の俺に対してそれじゃあ遅いんだよな。
右手の鞘で軽くいなし、伸びきっているグレムスの左腕も切断した。
宙に舞った両腕は地面に落ちると共に結晶化した。
見覚えがある結晶。やっぱりあの結晶はコイツが造ってたんだな。
グレムスは両腕を失ったが、目は死んでいない。
口を大きく開け、炎を吐き出す。
距離は近いが、そんなモーションの大きな攻撃が当たるわけがないと思える余裕がある。
首を刎ねようかと思ったが、色々聞きたいことがあったので生かしておく。
正面から迫る炎をくるりと回避しながら、鞘で無防備なアゴを大きく揺らすと、後ろへ倒れこんだ。
そして、そのまま2つの腕の結晶と合わさる形で本体も結晶化した。
グレムスが消え、湖や滝つぼで見て手にした結晶と同じものが目の前にある。
他に何か仕掛けがあると思って警戒しながら倒したんだけど、これで終わりか?
少し拍子抜けだな。もっと戦いたかったな。
いや、奴との戦いはもういい。
アエカ達との戦いが出来ればそれでいいだけだ。
この夢の中なら剣神のスキルを活かしてアエカと1戦交えられるかもしれないな。
そんなことを思いながら、さっき教えられた通りステータステーブルを開く。
グレムスを倒したので、真似の能力により「結晶封印」のスキルを獲得している。
スキルを使用可能にしてグレムスの結晶に対して使ってみた。
・・・変化なし。同じスキルだからか?
まぁいいや。ラスボスも倒したし、この夢はもうすぐ終わりだし。
あれ?よく見ると、さっきまで無かったが、結晶が2つに増えている。
1つはグレムスが入っていて、もう1つは、えっ?何だこれ?
ああ、こんなことしてる場合じゃなかった。
2つの結晶を手に取った後、アエカ達の元に向かう。
アエカを含め5人か。白い着物を着て全員倒れている。
気を失ってるだけか。
ただ、この場所の熱気で相当体力が奪われているようで息が荒い。
隣に神輿が1つあるので、それに5人を寝かせて服を縛り動かない状態にまとめる。
そして、水司の能力を使い彼女達を水の膜で覆い、熱を防いだ。
それを丸ごと右手で水平に持ち上げる。
何故か大分重く感じるけど、この重さなら運べる。
残った左手と両足を上手く使って壁を蹴り飛ぶように登る。
山頂からノイスを始め、何人か顔を出してこっちを見ているのが見えた。
ふう。
なかなか飽きさせない良い夢だったな。
綺麗な逆転勝ちだ。
あとは助けたご褒美が待っているはずだから楽しみだ。
―――
・グレムス視点
最初に断言しておくが、俺は決して弱く無いぞ。
俺は、この世界にあるオノゴロ島の山々が連なる深い緑の中で自然発生的に生まれ、数か月後、自我に目覚めた。
それから、ヘレネに様々なことを教わりながら育った。自分が神という存在だということもその時知った。
その時の俺にとって、ヘレネは母親に近い存在だった。
今から思えば、ヘレネは基本的な情報やアドバイスを提供してくれてた「だけ」なんだけどな。
自分には火を扱える能力があり、狩りや戦闘の際には炎の鎧で体を包んでの肉弾戦を得意とした。
そうして、生まれ育った山を自分のテリトリーとした。
森の中での火の能力は便利だし、圧倒的に強かった。
転機が訪れたのは、ある暑い夏の日のことだ。
昼間、そのテリトリーに初めて神がやってきた。
俺は恐れ自分が殺されると思い、全力で戦った。だが、簡単に負けた。
彼は自分のことを流れ神だと言い、私を殺さないと言う。
勝ったのに、殺さない?
俺には意味が分からなかった。
勝っても負けても死なない勝負があることを初めて知った。
彼にはヘレネが教えてくれなかったことを色々教わった。
懇願し、しばらく旅にも同行させてもらった。
旅は楽しい。
見るもの、触れるもの、食べるもの。全てが新鮮で初めてのモノばかりだった。
1日1日が長く感じられ、学ぶことが多く重みがあった。
その中で、この世界には神や動植物以外に人族等の種族が数多く居ることを知った。
この世界は彼ら人族の世界らしいということだ。
彼らには様々な歴史があり、文明文化があり、法と秩序がある。
初めて見た人に対して思った印象は、「貧弱そうだな」だ。
彼らの肉体は明らかに弱く寿命も短い。
それに、何の能力も持っていないしスキルも使えない。
弱いがゆえに集団で生活しているように思う。
そして、集団で生活している所には、必ず神が居た。
神という存在は人から崇められるのだと知る。
神と人とでは明確に区別出来るだけの差があり、その差が信仰の対象になるのだと思う。
そうして旅をしていた中、ある人族の小さな集落で出会ってしまった。
俺は生まれて初めて、女に惚れてしまったのだ。
名前はクリスティーナ。どこにでも居そうな女の名前だ。
マルス村という山深いこの集落には、150人程の人が住んでいる。
彼女の家はこの辺りの典型的な農家。両親が居て、その3人姉妹の次女。
娘達は皆から美人3姉妹と言われていて評判のようだが、惚れたのは次女だけ。
出会った瞬間の一目惚れだ。損得勘定などは一切無い。
俺は神であるが男のようだ。
聞けば、神が人族の異性に惚れることは日常茶飯事らしい。
ただ、どうしていいか分からなかった。
彼女への感情が肥大化するのを、なんとか理性で抑えているだけの状態。
皆に相談しながら、様々な方法で彼女にアプローチした。
珍しい花を渡したり、おいしい肉を獲ってきたり。
このまま旅を続けるという流れ神とはこの集落で別れた。
彼の名前は何だったか・・・忘れた。
ここの一帯の集落の神、ジョメリーに人の姿に変わる方法や、人との接し方や常識等を教えてもらった。
その時、彼が覚えていた様々なモノを結晶の中に封印するスキルも習い習得できた。
それらのおかげで、何とかクリスティーナ本人や彼女の周囲の賛同を得ることができ、夫婦となった。
そしてすぐ子供が出来た。
生まれたのは元気でかわいい女の子だ。
神と人の間に生まれた子は、地域の守り神の様な存在になったり、英雄になったりすることが多いらしい。
要は優秀だということだ。
ミルシスと名付けた子の将来が楽しみだったし、毎日が楽しかった。
そんなある日、俺はジョメリーと共に集落から離れた山に薬草を採集しに行った。
そこにしか生えず、年に数日しか採れないもので、人に使えば万病に効くらしい。
採集場所も覚え必要分を確保し、村へ戻った。
ただ、それだけだった。
朝早くに出発して、夕方には戻った。それだけだった。
それだけだった、それだけだったのに集落が半壊していた。