002 ひとつ開眼
俺を含めた3人共、しばらくは衝撃の余韻が強くて動けなかった。
俺は動けなかったというよりは、どうしようもなくぽかーんとしていた感じだ。
こういった時の1秒1秒って、普段の1秒1秒よりも倍くらい長い気がする。
その後、轟音による耳鳴りも収まり、少し落ち着いたところで隣の2人に声を掛けようとした。
その時、また爆発した様な大きな音が響いた。
振り返って音の発信元を見ると、光があった場所からで、もの凄い勢いで水が噴き上がっている。
例えるなら、温泉が湧いた様な勢いでスプラッシュしている感じか。
20メートル位の高さまで噴出し続けている。
噴き上がりの頂点辺りでは水が細かく飛散し、晴れた空に透けて小さな虹を生み出していたので綺麗だ。
またしても3人共ぽかーんとなる。
その光景に見とれてしまっていた。
そして、その大きな噴出は始まりの合図だった。
1箇所、また1箇所と湖のあちらこちらから、どんどんと水が噴出し始める。
それぞれが5~10メートル位までの噴き上がりを見せている。
その勢いは衰える気配がない。重い栓が抜けて自由になって飛び出してきたように見える。
瞬く間に湖全域から水が溢れ出てきて、さっきまで干乾びていた湖があっという間に水でパンパンに膨らんだ。
大きな湖全体が水で満たされると、全ての水の噴き上がりは収まった。
そのまま少し経つと、荒い波も収まり湖面は静かになる。
綺麗な水面に反射する太陽の照り返しが眩しい。
その影響からか、湖の周辺一帯が一段階明るくなった気がする。
湖は、さっきまでの干乾びていた状態や、爆発のような衝撃や噴水等は嘘だったかの様な落ち着いた堂々とした姿になっている。
そしてそれらの光景を、またまたぽかーんとしながら見てた3人。
何とも言えず、無言のままゆっくり隣の2人に目をやる。
それに合わせるように、2人共ゆっくりこっちを見てきた。
なぜか少しの間見つめあっていたら、Aの目からも水が、いや涙が出てきた。
「流れ神様!水神様だったのですね!ありがとうございますっ!!!」
と泣きながら自分にすがるように言ってきた。
Bも膝をつき両手をすり合わせながら、「ありがとうございます!」と連呼している。
いや、当然だが俺は岩を投げてみただけで何もやってない。
俺は何もやってない知らないと何度言っても、2人は謙遜した発言だと捉えているようだ。
時々ニュースになるし都会に住んでいるとあまりピンとこないが、水不足って深刻だもんな。
それが一瞬で解消されれば、泣くほど嬉しいんだろうなというのは分かる気がする。
ああ、いや、夢だ。夢の設定か。
今これが夢だということを忘れていた。危ない。
それにしても、風景や匂いや人物描写まで夢とは思えないクオリティだな。
改めて自分の夢に感心した。
俺って自己評価より優秀なのかもしれないな、と思い少しにやついてしまった。
彼らは感謝の連呼が落ち着いた後、Bが村に戻って説明してくると言って急いで走り去った。
慌てすぎているのか、まだ衝撃が残っているのか、すごい角度の内股のオカマ走りみたいになっている。
彼自身、元々そういう癖のある走り方の可能性もあるか。
Aは、とりあえずそのまま神輿を清めに行く様だ。
ただ、流石に2人で運んでいた神輿を1人で持つには重そうで、悪戦苦闘している。
仕方ないので「運ぶの手伝ってやるよ」と言って、ヒョイと持ち上げる。
岩同様やっぱり重量があるのは伝わるが、軽く感じる。
実際、岩よりも明らかに軽いのは間違いなけど、現実の俺1人では当然持てない重さだ。
岩を1つ投げてしてまったので、代わりに神輿をお手玉にしながら道の先にあるという滝まで進む。
一本道の行き止まりまで進むと確かに滝があった。正確には滝と滝つぼだったらしき場所があった。
どうやら先ほどの湖と同じ様な状態で、滝つぼに少しの水を残すのみでほぼ干上がっている。
それともう1つ、さっきと同じ様な光が滝つぼの中にある。
「ほら、また何か光ってるけど、見える?」
と岩と神輿を下して、滝つぼを指差しながら聞いたけど、やはりAには見えてはいないようだ。
今度は岩を投げずに光に近づいてみる。
滝つぼに足を踏み入れようと進むと、横に居たAに腕を掴まれた。
「水神様、駄目です。この滝は神聖な滝なんです」
言いたいことは分かるが、干上がりそうな滝つぼには迫力無いし、俺は水神だし。
ていうか、ここは俺の夢だし。
そこで
「我ワ水神。先程同様、全テ我にまかせておケ」
という、とっさに思い付いたセリフを棒読み全開で言ってみたら、Aは後ずさりひれ伏した。
・・・通用した。
邪魔する者が居なくなったので、ズボンと上着を脱ぎ捨て、パンツ1枚で滝つぼの中に足を踏み入れる。
いや、戻って脱ぎ捨てた服を綺麗に畳んでから再度滝つぼの中へと進む。
綺麗な水だが結構ぬるいな。
バシャバシャ飛沫を飛ばしながら進み、どんどん光へと近づく。
干上がりそうだとはいえ、膝くらいまで水に浸かる深さなので、ボクサーパンツが濡れる。
改めて目を細めて近くで光を確認すると、水晶の結晶らしきモノが青白く光を放っている。
手を伸ばして取ろうとしたけど、見えない壁がある様で触れない。
自動的にパントマイムの動きになる。
ほうほう。バリア的な感じなもので守られてるのか?
見えない壁を手の甲でコンコンとノックしてみる。
何度触っても熱さや電気ビリビリなどの痛みや衝撃は無い。
なので、見えない壁を一流パントマイマーのように確認したところ、光の水晶を中心とする直径1メートル位の球体状の見えない壁だった。
この大きさならバリアごと持てるな。
と思い、両手で見えない壁を挟むように掴んで、力づくで持ち上げようとしてみる。
が、持ち上がらない。
何となくだけど、植物が根を張ってる様なイメージだな。
色々試した結果、横には少し揺れたので、力を入れて左右へ揺らしていたら少しだけグラグラしだした。
子供の頃の歯を抜いたのを思い出した。
しばらく揺らしたり持ち上げたりを繰り返していたら、揺れ幅が大きくなりもう抜けそうな状態になった。
そろそろ頃合いだな。全力で引っこ抜いてみるか。
その光景を、後ろから心配そうに見てたAに遠くまで下がるよう指示を出す。
湖の方で見た光の爆発的な衝撃が凄かったからな。
Aは、理解したのか慌てて遠くまで走る。大きな木の陰に隠れて顔だけ出している。
というか俺自身が、あれと同じのをこの距離で喰らったらゲームオーバーだよな。
でもまぁ夢だから、その辺の心配はしない。
よし。気合入れてパワー全開でバリアごと引っこ抜きにかかる。
「うおおおおりゃあああああああああああ!!」
ミシミシ音が立つ。
両腕で抱え込むように体制を変え、腰を中心に体全体で持ち上げる。
まだ引っ掛かりがあるな。更に力を加えて上げる。
最後にブチブチッと何かが千切れるような音がした後、あっさり抜けた。
球体バリアを抱えたまま、浅い滝つぼに背中から倒れる。
ふうぅ。
意外と疲れたな。
手元には、戦利品である抜きたてほやほやのバリア水晶がある。
爆発するかと思ったけど、そういった様子はなく水にプカプカ浮いている。
ただ、先程まで放ち続けている光が徐々に薄くなってきているのは分かる。
とりあえず、手にしたまま滝つぼから離れる。
「な、何ですかそれは?」
「何だろう?うーん。戦利品?」
何もなく滝つぼから上がってきた俺を見て、安全だと思い近づいてきたAにそう聞かれたけど、逆にこっちが聞きたいわ。
彼は驚きの表情で水晶に顔を近づけ、見続けている。
さっきまでAにはコレが見えてなかったようだし、そりゃまぁ驚くか。
いや、よく見ると彼は全身汗だくだし汗臭い。
重い神輿を運んでたし、俺と出会ってから驚き続けてるしで仕方ないか。
水浴びでもすりゃいいのに。そういや、夢でもこういう汗臭い匂いとかも感じるんだな。
そういうのは別にいらないのにな。
そんなことを思ってるうちに、両手で抱えてるバリア水晶は電池が切れた懐中電灯のようにみるみる光を失っていく。
そして、完全に光が無くなった時、バリア水晶のバリア部分が崩壊。
中身の水晶が抱えていた両手に転がり込んできた。
その水晶は、なぜか人肌ほどの暖かさがあった。
ただ、その水晶自体もひび割れしてきていて、バリアと同じ様に崩壊しそうになってる。
と、思ってたら崩壊した。
てのひらの中で勝手に粉々になり、風に吹かれて散っていく。
結構苦労してゲットした戦利品が全部粉々になった・・・
その様子を近くで見ていたAの顔に崩壊した水晶の粉々になった粉が全身にかかった。
咳き込み、ぺっぺぺっぺしながら粉を払っている。
と同時に、滝つぼからドン!という全身に響くような音がして、振り返ると滝つぼの上から大量の水が降ってきた。
ん?水が降ってきたんじゃなくて、これは滝か。
さっきまで干上がりそうになってたとは思えない勢いのある滝になった。
これは、湖での現象と同じだな。
干上がってる→水晶が光ってる→壊す→水が出る(元に戻る?)
A、Bは水不足だと言ってたけど、水不足じゃなくてバリア水晶で栓をして水を出さなくしてた感じなんかな?
そんな気がした。
そして、滝の光景を見たAはあわあわした後、また膝をついて俺を拝んでるし。
暑くて、驚いて、泣いて、むせて、あわあわして、拝んだりする感情を素直に出せる彼は凄いと思った。
初めは洪水の様な勢いだった滝も、しばらくすると一定の水量に収まった。
拝んでるAに対して声を掛けようと手を伸ばそうとしたところ、手に違和感がある。
さっき水晶は粉々になり飛散したが、まだ手に感触が残っている。
感触元を確認すると、手のひらに小さなサイズの大人の女性が乗ってた。
最初は人形か?と思ったが、呼吸をしている様なのと、人肌並の暖かさがあるので生きている様だ。
肌が透けているかの様な薄着で、意識は無く仰向けに寝ている状態だ。
いや、よく見ると薄着というか、上着が透けているのか?
なので、上着の内側にある体にフィットしている下着が丸見えだ。
小さいが感触は人そのもの。手のひらに触れているお尻の感触も生々しい。
何だこれ?と思って指先で胸を軽くつついてみる。
感触はおっぱいそのものだ。体のサイズにしては大きいな。
そう思いながら、試しにその胸を指先でやさしく撫でてみる。
ミニチュアサイズだが素晴らしい。
バストトップ部分も指にしっかり伝わってくる。
もしかして、これが戦利品か?
何かこれはこれで悪くはないな。
持っている手を顔に近づけて、改めて至近距離でチェックする。
女性特有の良いにおいと、なぜか強い酒のにおいがする。
色白で、髪は黒のロングヘアー、顔は美形で整っている。年齢的には20代後半くらいか?
体型も丁度いい。
等身大サイズで居たら、相当いい女だろう。
そういったことを思っていると、いつの間にかAが起き上がってこっちを見ていた。
「水晶の残りですか?」と聞いてくるので戦利品を見せた。
今まで色々驚いていたが、更に大きく驚くように目を見開いて
「グ、グ、グラーニアさまぁ!!!?」
と震えながら声を張り上げた。
話を聞くと、どうやらこの小さい女性は今の神様が来る前のここの神様だったらしい。
とにかく、Aはこのまま共に村に来るように提案してきたので承諾。
復活した滝で清めた神輿は前を彼が持ち、後ろを俺が持って運ぶ。
片手には前の神様が居るので、もう片手で神輿を持っているが軽いので問題無い。
神様だとは言っていたので、一応持っていたハンカチをかけ布団の様にかぶせておく。
ただ、触れる感触が気持ちいいので、神様を持っている方の親指の腹でやさしく全身撫でている。
駄目だ、よく分からないけど癖になるわコレ。
夢の中の思わぬきっかけで、新しくひとつ開眼した様な気がする。