刃の切っ先
「……ははっ、随分と苦しげだなぁ、シェイド?…ご機嫌如何かな?」
『黒王』は歪んだ笑みを浮かべ、シェイドに問いかける。
当の少年は
「ああ…、げほっ、…非常に最悪だ」
と吐き捨てた。
「……ああそうかよ、クソガキが。…で、だ。…そこのお前。…お前は…『新規』のようだが…どちらを選ぶ」
『黒王』の視線と問いが冷酷な刃となって、ゾワリ…と建に突き刺さる。
建は
「あ…う…、お、俺は…」
声が出せない。
漏れるのは呻き声に近い音のみ。
加えて、何より答えが出せないので言葉にする以前の問題だった。
だが、シェイドを選んだ場合、必ず殺される…ことは明白だ。
そして、恐らく、殺されるだけでは飽き足らず、存在そのものさえも抹消されるだろう。
建は喉が干上がるのを感じた。
そうして、何も応えを出せない建を見て、『黒王』はため息を吐き、
「……分かった。…まずは俺の話を聞け。…その後に…答えを出すといい」
「え…?」
建は本心から驚き、その男を見た。
冷酷無比、無情に人を惨殺しそうな冷たい視線を刃のように翳す男がそう促したからだ。
建は当然、願ってもいないこの状況に
「はい」
と震える声で肯定した。
すると、『黒王』は
「これを見ろ」
と己の懐から紫色に輝く宝玉を出し、宙に掲げた。
その宝玉は夜空と合間って美麗さを醸し出すと同時になぜか…宝玉の存在自体に近寄りがたい、神秘的な何かを感じた。
「綺麗だろう?…これは…」
シェイドが『黒王』が言うよりも先に答えた。
「ダークワールドの核…神龍の命…そのもの…だ…」
「ああ?…てめえは黙ってろ!」
その行為が癪に触ったのか、シェイドの頭を蹴り付ける。
「ぐはっ…⁉︎」
鈍い痛みにシェイドは呻き声をあげた。
「お前は…ずっと這いつくばってろ」
『黒王』はシェイドに唾を吐きかけると建に視線を戻し、
「お見苦しいところを見せてしまったね、すまない」
と苦笑した。
「い、いえ…」
彼はその笑みに身の毛がよだつのを感じた。
『黒王』は闇の宝玉について再度説明し始める。
「これにはね、ある力が込められてるんだ」
「え…?」
「簡単なこと、…神龍の力よりも強大な力を持っているのさ」
「で、でも、おかしくないですか?」
「何がだ?」
新崎は言う。
「だ、だって、それは神龍の命であって、神龍自体ではないんですよ。…神龍そのものの願いを叶える力よりも強大な力なんて…」
だが、チッチと『黒王』は人差し指をたて、振った。
「…え?」
『黒王』は持論を展開して説明する。
「それは正論だ。…君は……肉体の方が精神よりも力を持っていると思っている。…確かにそうだよ、自分よりも重い物を持ち上げたり、物を食べたり実際にできるからね…だが、『肉体は精神の意思によって動いている』と言う事実は否定できないだろう?」
「あ…」
「脳の電波信号、…つまり、『こう動きたい、…これを食べたい』そう言った類の願望のことを『意思』というのではなかろうか?」
「……そうか。…だから」
新崎は納得した。
しかし、ここである仮説が生まれる。
それは…。
「ああ、その通り。…神龍そのものより『心』の方が願望を叶える力が強大なのだ」
「でも…、だったら、…その宝玉はとても大事に保管されているんじゃないんですか?…例えば…」
建は深く呼吸し、言う。
「破られた場合、世界そのものを破壊するほどの制御装置、またはトラップ…等が宝玉を保護していたのではないか、と」
その言葉の後、長い静寂が続いた。…やがて、
「はは…、ははははははははははっ!…察しがいいなお前!…その通りだ!…これにはダークワールドと現実世界、…合わせ鏡とする術式がかけられていた!」
「な…」
新崎の仮説は当たりだった。
合わせ鏡…、この世に異界と異界があったとしよう。…それらは違うようで実は互いに鏡に映したように似たかよったかの世界だった。…つまり、その世界の一つが何の前触れもなく破滅に陥ったとしたら。
もう一つの世界も時を同じくして破滅してしまうのだ。
「で、でも何で!…現実世界とダークワールドには別に何も似ているところなんて…あ…」
彼はしかし、否定しようと口にしたその時、ある事に気がついた。
「現実世界とダークワールドを繋ぐ暗黒の世界」
その世界がもしあの男が言う合わせ鏡のように作用させる媒体だったとしたら。
術式に影響され、現実世界に干渉してしまったとしたら。
それは事実として罷り通るだろう。
「くそ……でも、それだったら…世界を破滅にしてまでも叶えたい願いって一体なんだと言うんですか…」
「あ?」
彼の問いに『黒王』の眉が吊りあがる。
「教えてくださいよ、自分の世界をぶっ壊してでも叶えたい願いっていうのを!」
「話は終わりだ。…さあどちらを選ぶ」
彼が叫んでも男はもう何も答えない。
「答えてください!」
「俺を選べば世界を救うことができる、だがそこの『使者』を選べばそいつもろとも死んでもらう!」
「質問に…答えろ、『黒王』!」
気付けば建はシェイド側についていた。その上、何故かもう自分を睨みつける冷酷な視線にも恐怖を感じ得なかった。
「建…お前なんで…」
「知らねえよ、身体が勝手に動いたんだ」
「本当にいいんだな…そこで。…後悔するなよ」
「構わない。…あいつみたいな破滅の権化なんかこれっぽっちの信用できねえからな」
彼がそう吐き捨てると『黒王』は
「そうか。…ではせめてもの餞に名を聞いておこうか」
と名を訊いた。
彼は静かに名乗り、
「宇津井建だ」
「宇津井…建。…いいだろう」
『黒王』は闇の宝玉を宙に掲げる。
刹那、ギンと輝き始めた。
そして、その宝玉の禍々しい光の明滅に共鳴するかのように『黒王』背後に巨大な光球が現れ、それを中心に十二戸の扉が左右均等に出現した。
「なん…だ、あれは…」
「あの…扉は…⁉︎」
シェイドは苦しげに呻く。
「哀れなるたった二人だけの反抗勢力達よ。…すぐに殺すのは面白くない、ちょっとした余興だ。…ゲームをしよう」
と宣告し、『黒王』は嗤った。