破滅の王
「何だよ…これは…」
空は夜のように暗く、彼の通っていた高校は壊滅し、…いや、全てが「瓦礫の山」と化している。
そして、悪夢のような世界の中に建はある人影を見つけた。
その人影は半壊したビルの上に立ち、こちらに背を向けて両手を広げている。
「あいつは…誰だ?」
注意深くその人影を見ていると微かに声が聞こえてきた。…その声は低く、…人影が男性であることは特定できたが、内容は…理解の範疇を超えるものだった。
「俺は…『黒王』。お前らとともに今宵より決起する仲間であり、リーダーだ。…俺たちは長年、あの『牢獄世界』に閉じ込められ、苦しめられてきた。…いいか、『奴』は敵だ!…俺たちが手を合わせれば確実に滅せられる!…さあ、今こそ立ち上がろう!」
だが、その声が響き渡ると大勢の人々の叫び声が聞こえた。
『っおおおおおおおおおおおお!』
その声からしてざっと100人程はいるだろう。
そして、『黒王』は懐からある『宝玉』を取り出し、
「『闇の宝玉』の名の下に!」
その言葉が聞こえて直ぐ、ガゴンッと鈍くも強烈な打撃音がすぐ傍から響き渡る。反射的に目を向けると
「な…あの野郎、…ついにやりやがった!…」
怒りに震え、ギリッと歯が粉砕しそうな勢いで歯を食いしばるシェイドが床を殴りつけていた。
「シェ、シェイド?」
「…行くぞ!」
建の腕をつかんで、大きく開けた大穴の前に出ると、
「お、おい!…待てよ!…行けるわけな…え?」
建が叫ぶがシェイドは手を翳し、
「繋げ!」
すると。
暗く淀んだ世界が不自然に歪曲し、…無機質な音が響いたかと思うと、…あの、スライド式のドアが現れた。
「え…?…なん……で」
彼は足を止めた。
シェイドは急に足を止めた建を訝しげに見て、
「何やってんだ、さっさと行こう」
と声をかけたが、
「お前が…お前が俺を…ダークワールドに閉じ込めたのか」
「は、はあ?…んなわけないに決まってんだろ」
「本当…に?」
その質問にシェイドは間髪入れずに答えた。
「ああ、誓って本当だ」
「そうか…疑って悪かった…」
建はそうとだけ言って、シェイドよりも一歩先に出た。
その背中にシェイドは
「いいよ…。……僕には『緊急時に現界と異界を繋げる』権限があるから、疑われるのも当たり前さ」
と言い、彼に続いた。
スライド式のドアから出た現界の姿は…大きく様変わりしていた。
本当は学校の廊下に出るはずだったのだが、目に飛び込む光景が全て焼け野原…瓦礫の山ばかりだった。
「っ…」
ダークワールドで観たとは言え、心理的ダメージは正直強く来る。
何故なら…見慣れた風景ではなかったのだから。
そして、生存している者は恐らくこの世界の様相からしてダークワールドにいた者達だけ。
建は唇を噛み締め…
「行こう…、敵は近くにいるはずだ…」
シェイドの言葉を受け、歩き出した。途中、
「ねえ…あの男、ダークワールドの服着てたけど…見かけてないよ?」
建は率直に思った疑問をシェイドに聞く。シェイドはこう答えた。
「…あいつは…お前よりも先にダークワールドに来て…そして、最初の『大罪』を犯した男だ」
「え?…『大罪』ってどんな…」
「神龍の御意志に反すること、さ」
「例えば…どんな…」
と聞くとシェイドは
「さあ…ね…、僕は『咎人の牢獄世界』にぶち込んだだけだから実際については知らないけど…」
とあまりぱっとしない応えかたをした。
彼はしかし、その事に疑問視するわけではなく、
「牢獄…世界?…物騒な…」
シェイドは簡単にその世界について説明した。
「ああその世界には…大罪人と…あと、…再起不能になったDBMを捕らえられているはずなんだが…」
シェイドはそう言って顔を背ける。彼はまた疑問を持った。
「ねえ、再起不能って…どう言うこと…?」
「………」
聞いてもシェイドは俯いたままだ。
「シェイド!」
「っ⁉︎……」
大声で名を呼ぶと少年は多少びっくりした顔で彼を見た。しかし、その表情は…何やら暗い。
建はその表情を見て、本当に申し訳なく…それでいて強い意志を込めて、
「シェイド……答えてくれ。…頼むよ」
と深々と頭を下げた。
その後、刻を少々経て、…少年は
「……再起不能…は、…『試練』を放棄…または、…権限者から見て再起不可能と…見られた者のこと」
とポツリポツリと小さな声で呟いた。
「え…」
建は…思わず呆然として足を止めた。
「嘘…だろ?」
その内容はあまりにも…建自身に関係があり過ぎて、当然「嘘っぱち」だと割り切れるものではなかった。
そう、彼をそうした唯一のワード、『試練』という言葉から…彼はある事を連想してしまったのだから。
「な…何だよ、それ…『試練』に失敗したら再起不能?…ははっ、冗談だろ⁉︎…なあ!」
建の声が荒げる。シェイドの肩を掴み、問いかける。
だが、シェイドはそれでも
「……ごめん…」
とだけ謝り、口を閉ざした。
ーーー限界だ。
少年に怒るのはお門違いだとは思う。
けれど。
現実は破壊され、意味のわからないシステムに拘束される…その事実に気持ち悪さだけが付き纏う。
何かにぶつけなければ己が保てなくなりそうだ。
自分の感情を……もう抑えきれない。
建は
「ふざけるのも大概にしろよ、シェイド!」
気付けばシェイドを思いっきりぶん殴っていた。
シェイドはそのまま横薙ぎに吹き飛ばされ、頭から瓦礫の山に突っ込んだ。
「けほっ…」
シェイドは少しの間、倒れていたが、一つ咳を吐き、ふらふらと手が切れるのもお構いなしにその瓦礫の山に手をつき、立ち上がった。その手が、血に染まる。
建はやり過ぎたと焦り、謝ろうと口を開いたが、直後、シェイドが口から血を吐き出した。
シェイドは視線を自分の胸に向ける。…すると、己の胸の中心から鋭利な刃が生えていた。
鮮血が絶え間無くその傷口から流れる。
建はそのシェイドを眺めることはできたが、声をかけることも駆け寄ることもできなかった。
シェイドは苦しげに顔を顰め、…後ろへ振り向くと
「黒…王…⁉︎」
と忌々しげに言い、膝をついた。
建はその先に…狂笑う、男を見た。
そして、『黒王』と呼ばれたその男は
「シェイド。…お前に宣戦布告しに来たよ」
と苦しげに血を吐くシェイドを嘲りながら、そう告げた。