一番目の扉
「……して、ダークワールドについて説明させてもらうよ」
少年は流暢な仕草でお辞儀をするとダークワールドについて簡単に説明した。
「この世界では12の扉を巡り、その各々の魔獣を討つことで君から正面にある、あの大扉が開くんだ。…あれにはこのダークワールドの核である『神龍』が存在していて、12の扉をクリアした者の望みを何でも一つ、叶えてくれるのさ」
そこまで聞いて、建は疑問に思い、
「あの…」
「ん?…何だい?」
「その…12の扉を巡る者って誰のこと?」
と聞くと、シェイドは面倒臭そうに答えた。
「君のことだよ、もしくはここに訪れた者…ダークバーストマスター(闇の破壊者)。…略すとDBMだね」
「い、いや…略称は別に…」
「まあ、何にせよ。…君は選ばれたんだ。…さあ、その魔法陣の中心に立って」
シェイドは建を手招きして魔法陣のちょうど中心に立たせると
「さて、DBMに必要なアイテムを一式プレゼントするよ」
言いつつ、パチンと指を鳴らすと魔法陣がボオウッと先ほどよりも淡く…そして、強く輝き始めた。
その刹那、莫大な閃光が迸り、
「っ⁉︎…うわあッ⁉︎」
彼を包み込んで、堪らず目を閉じると、その数秒後に手に何やら妙な質感を感じた。
「はいはい、目を開けて〜。…おおっ…結構似合ってるよ君」
感情のこもってない棒読みの声に促され、目を開けると、
「な、なんだ…このコスプレみたいな…」
自分の服装がまるで違っていた。
学生服は黒のシャツにマントを羽織り、ズボンは濃い黒のジーンズに。
さらに革靴は真っ黒なブーツへと変わっていた。
何よりおかしかったのは
「なんで…俺、剣なんか…」
そう、黒色に光を反射する刀身を持つ大剣の柄を握っていたのだ。
興味深かったのでよく観察するべく顔の前に持ってこようとした瞬間、
「あ、それ、切れるから気をつけてね」
「どわあああああっ⁉︎…危あぶ…な…」
「あははははっ!…君おもしろいね」
わたわたと慌てる自分を見て笑う少年に彼は早めに言えよそんな大事な事と内心毒づいたが
「……ははっ…」
こいつ…独りだったのかなと思ったりもした。
「ところで」と建は話を変えると
「…俺がそのDBMになるとして、…まあ今まさになってんだけどさ、本当に12の扉を全てクリアすれば、その神龍ってのに逢えるんだよな?」
と確認した。
「うん、その通りさ。…まあ、神龍に会った例は今まででたった一例しかないんだけどね」
「それは一体…」
その一例について聞こうとすると少年は慌てたように
「ま、まあ、それは後で話すとして、こっちに来て」
いそいそと螺旋階段を上って行った。
建はその行動に疑問を抱いたが後で話してくれるとのことなので別段気にすることもないかとシェイドの後に続いた。
「ここだよ」
少年が立ち止まった先にあった扉は真紅にペンキ塗りされている。
そう、本当にまるで…血を塗りたくったかのように…「紅い」。
直視し続けていると吐き気を催しそうだ。
少年は
「さて、…よっと……」
自分のズボンのポケットから蒼く輝く宝石を取り出し、建に手渡した。
「これは?」
聞くと、
「うん、それは…君の属性を示す宝石だよ」
「へえ、じゃあどんな属性なんだ?」
少年は目を細めてその宝石を観察すると、
「…うん、君は…珍しいね。…二つの属性を秘めてるよ」
「え?」
「一つは氷。…もう一つは風さ」
「ふーん、氷と風…なんか、上手く掛け合わせれば銃弾になりそうな組み合わせだな…」
と建が呟くとシェイドは輝かんばかりの笑顔を浮かべて、
「おっ!…おもしろいね。…さて、早速やってみようか」
「えっ⁉︎…ちょっ、まっ!」
真紅の扉を開き、その後に待つ展開に危機感を感じた建が逃げようとしたがすでに遅く、
「はい、どーん!」
「ぎゃあああああああっ⁉︎」
シェイドに突き飛ばされ、扉の中へ…そして、闇の奥底まで自由落下して行った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「痛て…ッ⁉︎」
ジュッと焼ける音と共に痛みが掌に伝わり、建は反射的に手を放した。見てみると、若干焼け焦げている。
地面に視線を移すとまるで活火山地帯のように黒い…これはもしや
「……火山灰?」
感じる気温は真夏日のように暑く、長い間いると脱水症で死んでしまいそうだ。
周囲を見渡せば噴火を繰り返している活火山がちらほら…。
「……え?」
ここで疑問を感じ、
「俺は確か…教室に入ろうとしたら変な世界に出て、入り口になっていたドアが消えたから、元の世界に戻れなくなったために、近くにあった扉に入ると…あいつに出くわして…ああっ⁉︎…」
彼は頭を抱えて、
「そうだった!…俺、あいつに突き落とされたんだった!…恨むぜ、あの野郎!」
と叫んだ。
しかし、その叫びは残響となり、虚しく消えていくだけだった。
「畜生…俺、今日は厄日なんかなぁ…はあっ…」
建は真っ黒い雲に覆われた空を見上げて、ため息を吐くとここにいても始まらないと諦め、歩き始めた。
歩いていると靴底が地面とすれてジュッと焼け焦げる。
肌は燃えるような外気によって今にも溶けそうだ。
加えて発汗が酷く、喉の渇きも酷くなってきた。
肺に入るのは焼けるような熱気、息を吸おうにもその吸い込んだ空気のせいで咳が出て、…息も絶え絶えといった感じだ。
「…が…はっ…、死ぬ…」
平衡感覚がなくなり、ついに地面に突っ伏しそうになる直前
「がああああああああああっ!」
地響きを伴う轟音と共に何かの咆哮が聴こえた。
そして、何やらバサバサと翼を羽ばたかせる音も聞こえてくる。
建はありったけの力を振り絞って意識を保つと地面にしっかりと立ち、その「音」が聴こえる方面を向いた。
「嘘…だ…」
彼は遠方に両翼を持った巨体を見た。
しかし、それは現実ではまず考えられない生物。
すなわち……
「火龍…」
火龍はその燃えるような体躯を優雅に空中で動かし、着陸態勢に入ると、彼のちょうど真ん前に着地した。
すると火龍はその鮮血を塗りたくったかのような紅い眼で辺りを見回し始めた。
やがて、標的をその場に立ち竦んでいる彼、「宇津井建」に定め、舌舐めずりをした。
彼は当然……。
「嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ⁉︎」
全速力で逃走をはかった。
「はははっ…ゲホッ…冗談じゃない…あんな…怪物…いるなんて聞いてねえ!…ってえ⁉︎」
しかし、唐突に足がもつれ、倒れこんでしまった。
その衝撃で左手から握っていた宝石が転がり出た。
「痛て……ん?…これは…あの時の…」
彼はその宝石を凝視した。
背後に迫る「死の危機」よりも注意深く…するとあることに気付いた。
この宝石の形…そういえば、大剣の柄のちょうど真ん中あたりにこれくらいの大きさの窪みがなかったか?、という疑問に。
ゆっくりゆっくりとそれでいて断続的に響き渡る背後に迫る足音。
だが、彼はもうそんな音など耳に届かなかった。
建は一縷の望みをその宝石に託し、剣の柄に当てはめる。
そして火龍がその口を開き、彼の身体を喰おうとしたその時!
歯車が合わさるような音とともに宝石がその大剣に収まり、眩く輝いた。
「ッぎゃああああああああ!」
断末魔が聴こえ、その方を見ると火龍の口は大きく開いたまま完全に凍っていた。
「すごい…これが俺の…」
彼は大剣を地面に刺して杖代わりに立ち上がると火龍の双眸を睨み、不敵に笑った。
「さ〜て、…反撃の時間だサラマンダー。…覚悟は出来てるか?」
火龍は唸り声を上げながら、両翼を羽ばたかせて上空へと舞い上がり、建から距離を取ると、火炎をその身に纏い始めた。
そして当然、その熱で口にまとわりついている氷が溶け出し、蒸発していく。
つまり…火龍は火炎放射、もしくは火炎を纏ったその身体で体当たりをするつもりなのだ。
だが、彼は臆さない。
建は大剣を小さい頃よくやっていたベースボールの時のようなバットの構えで持ち、
「ああ、…来いよ。…返り討ちにしてやらぁ…」
と宣言した。
そして、…。
「ぐがああああああああああっ!」
「っおおおおおおおおおおおお!」
咆哮と雄叫び。
火焔の燃え広がる音と爆発に似た衝撃音が空間中に響き渡り、後に膨大な量の蒸気が双方の視界を白く濁した。
そして、霧のような蒸気が去ると…火龍は凍っていた。
彼はそれを確認するとその場に座り込み、
「ヘイルインパクトってな…。……疲れた…ははっ…」
と小さく笑った。
曇天を見上げているとシェイドが前方から手を振りながら走ってきていた。
建は手を振りかえし、
「あ、ようシェイド!」
「ああ、大丈夫か?」
シェイドはちょうど彼の目の前で足を止めると、そう声をかけた。
建は
「……ああ、おかげさまでな。…死にそうになったけど、なんとか生きてるよこの野郎」
と愚痴をこぼし、シェイドを睨みつけたが、
「ああ〜、ごめんごめん…。反省は…してないから」
「…しろよボケ」
反省の色が全く見えない少年の態度に呆れ果て、突っ込んだが、
「ところで、次は…二番目の扉を開けて入ってもらうよ。…はい、まずは戻ろう…ほら…」
シェイドはしらを切り、話を即座に変えて、彼に微笑みながら手を差し伸べた。
建はその微笑みに胡散臭さを感じたが、それに対して言及することもなく、軽く舌打ちしただけでその手を握った。
すると、二人の前方に何処からともなくあの「血に濡れたように赤い」扉が現れ、…開いた。
その中に二人は導かれるように入り、…気づくともとの塔の中に戻ってきていた。
そして、一番目の扉からすぐ右にある黄色の扉の前に立ち、
「うん、ここが二番目の扉だよ」
「へえ…次は…どんなの?」
ここで建ははたと気づいた。
ーーやば…⁉︎…普通の受け答えだったから…!
時すでに遅く、シェイドはニヤリと口角を吊り上げ、二番目の扉を勢いよく開けると、また深い闇の中へ彼を突き落とした。
「ちっくしょおおおおおおおおおおっ⁉︎」
建は高速で背中から落下するのを肌で感じながら、少年を警戒することを心の内で決定付けた。