売店
そろそろ認定式が終わる頃だ。
コーネリアは先ほどから何度もチラチラと時計を気にしていた。
「コーちゃん」
タチアナの声にハッと振り向く。
「行っといで」
タチアナはコーネリアにニコッと笑いかけた。
「はい。ありがとうございます」
コーネリアは書類を素早く片付けると立ち上がり、一礼をして事務室を後にした。
廊下に出て、講堂の方に行きかけたコーネリアだったが、何となく振り返って後ろを見た。
長い黒髪が視界の隅を横切った。
ロジーナに違いない。
そう確信したコーネリアはその姿が消えた方――売店に向かった。
魔術師協会本部の売店は広いが、ロジーナの姿はすぐにみつけることができた。
師範魔術師の正服だけでも目立つが、さらに豊かな黒髪の若い女性となると一層人目を引く。
売店にいる誰もがロジーナの姿を気にしているようだった。
コーネリアはそんなロジーナの姿を眺めながら、ちょっぴり誇らしい気分になっていた。
「ロジーナちゃん~」
いつもより心持ち大きめの明るい声で呼び止める。
「コーネリア」
ロジーナは振り向くとパッと表情を輝かせ、コーネリアに手を振った。
コーネリアは駆け寄り、ロジーナの両手をつかまえる。
「師範魔術師、おめでとう~」
つないだ両手を振りながらニッコリ笑う。
「ありがとう」
ロジーナは少し照れくさそうに微笑んだ。
「ロジーナちゃん。この後懇親会に出るのぉ?」
小首を傾げながら尋ねるコーネリアに、ロジーナは微笑みながら首を横に振る。
予想通りの返答に、コーネリアは瞳を輝かせる。
「じゃあさ~。お茶しない?」
コーネリアの誘いにロジーナは頷く。
「買い物してからでいい?」
「もちろんよ~。お買い物、付き合うよ~」
二人は「うふふ」と笑いながら買い物をした。
*****
二人は協会の近くにあるフルーツパーラにいた。
テ-ブルには大きくて真っ赤な苺がたっぷりと盛られたパフェが並んでいる。
「ホントに素敵よ。よく似合ってるわ。すごく大人っぽくてとっても綺麗。クレメンス先生もきっとみとれてたはずよ~」
コーネリアはロジーナをうっとりと見つめながら、いたずらっぽくクスクス笑う。
ロジーナは黙って視線を落とした。
コーネリアは首をかしげた。
ロジーナの反応が予想外だった。
いつものロジーナなら、即座に否定したり、話をそらせたり、わざとらしく咳払いをしたりする。
それが、今日のロジーナはうつむいて何やら考えこんでいるようだった。
「ロジーナちゃん?」
コーネリアはとっさに、なにか言葉を掛けようとしたが、ロジーナの深刻そうな雰囲気に、どのような言葉をかけていいのかわからなくなってしまった。
しばらく二人は無言でパフェを見つめていた。
ロジーナがゆっくりと顔をあげる。
「コーネリア。悪いけど、もう、そういうこと言わないでくれるかな」
コーネリアの顔をじっと見ながら言った。
「なにかあったの?」
コーネリアは思わず尋ねる。
ロジーナは視線を落とすと寂しそうな笑みを浮かべた。
「なにもないわ。なんにも……」
ゆっくりと首を横に振りながら言うと、再び顔をあげた。
「コーネリア。私ね、もう師範魔術師なの。いつまでもそんな浮ついた気持ちでいるわけにはいかないの」
ロジーナのいつになく真剣な表情にコーネリアは言葉を失い、ロジーナを見つめた。
「ごめん。ちょっと深刻になりすぎたわね。せっかくのパフェが不味くなっちゃう。今のは忘れて」
ロジーナはいつものようにニコッと笑いパフェを食べはじめた。
コーネリアは口を開こうとした。
「うーん。やっぱり、ここのクリームは甘さが絶妙よねぇ」
ロジーナは目をつぶり、うっとりと味わいながら言った。
コーネリアは言葉をかけるタイミングを失ってしまった。
「コーネリア。食べないんなら、そのイチゴ、貰っちゃうわよ」
ロジーナがコーネリアのパフェにスプーンをのばしてきた。
「ダメっ」
コーネリアが慌ててパフェを自分の方に引き寄せると、ロジーナはちょっぴり残念そうな顔をした。
「ケチぃ~」
ロジーナは口をへの字に曲げる。
「べーだ」
コーネリアはロジーナに向かって舌を出す。
二人は顔を見合わせると、いつものようにコロコロと笑い出す。
笑いながらも、コーネリアは寂しさをおぼえたいた。
ロジーナがひどく遠く感じる。
もう当分、ロジーナと会うことはないだろう。
なぜだがそんな気がしてならなかった。