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認定式  作者: 岸野果絵
6/8

執務室

 クレメンスは一人、執務室に居た。

机に左手をかけ、右手で額をおさえるように俯いて立っていた。


あぶなかった。

公衆の面前でなかったら、ロジーナを抱きしめてしまうところだった。

久しぶりに見たロジーナは、想像以上に美しく、艶やかだった。

あの艶を含んだロジーナのうるんだ瞳。

我ながら、よく理性を保てたものだ。

清純な少女から艶やかな色香を纏った大人の女性へと、ロジーナはこれからますます美しくなることだろう。

どこまで耐えられるのだろうか。

いや、耐えなければならない。


扉が静かに開き、人が入ってくる気配がした。

「ニコか」

クレメンスはそのままの姿勢で呟くように言った。

「クレちゃん。なにを遠慮してるのさ」

ニコラスはクレメンスの真横に立った。

「もう師範になったんだからさぁ。彼女、クレちゃんにぞっこんだよ? 気づいてるんでしょ? さっさと自分のものにしちゃいなよ」

クレメンスは黙ったままだった。

「何をそんなに気にしてるんだよ」

ニコラスはクレメンスの顔を覗き込むように言った。

クレメンスは右手をおろし、チラリとニコラスの顔を見る。

「まーだ年の差、気にしてんの?」

ニコラスはさらに覗き込む。

クレメンスはニコラスから顔を背ける。

「20や30なんてよくあるし。許容範囲だよ?」

ニコラスは首をかしげながら言った。

クレメンスは拒絶する様に顔を背けたまま動かない。

ニコラスは両手を腰に当てると、わざとらしく大きなため息をついた。

「彼女、あんなに一途にクレちゃん見つめててさぁ。オイラまで切ない気持ちになっちゃったよ。クレちゃん、奥手にもほどがあるよ」

そう言って軽く揶揄する。


「私が先に死ぬ」

クレメンスがぽつりと言った。

「え?」

ニコラスは口をポカンとあけ聞き返す。

「順当にいけば、私の寿命の方が先に尽きる」

クレメンスは顔を背けたまま言った。

「寿命って……」

ニコラスは目を丸くしながら呟く。

「人の寿命なんてどうなるか分かんないよ。それに、死は誰にでも訪れるもんでしょ? 今からそんな事心配してどうすんだよ」

少し笑いを含みながら言う。

「味わわせたくないのだ」

「へ?」

予想外のクレメンスの言葉にニコラスは間抜けな声を出す。

クレメンスはニコラスの方に向きなおる。

「家族を、愛する者を失う苦しみを味わわせたくないのだ」

真剣なまなざしでニコラスを見つめながら言った。

「クレちゃん。もしかして、まだ……」

ニコラスは目を見開く。

「ああ、そうだ。私はまだ乗り越えていないのだ」

クレメンスは視線を落とし続けた。

「30年経った今も、受け入れることかできないでいる」

クレメンスの瞳が揺れる。

「クレちゃん……」

「頭では理解している。理解しているのだ。だが……」

左手で頭を押さえ、右の拳をぎゅっと握りしめる。

「クレちゃん。わかった。わかったよ。もういい。これ以上思い出しちゃダメだ」

ニコラスはクレメンスの震える肩に手を回しポンポンと叩く。

「すまない……」

クレメンスはうつむいたまま力のない声で言った。


突然扉がノックされた。

「失礼いたします」

扉を開け、入ってこようとしたフランクはハッと動きを止めた。

「ねぇ~。いいじゃんかぁ」

ニコラスはクレメンスの首にしがみつくように抱きつき、耳元でささやく。

フランクはなるべく直視しないように視線をそらしながら入室すると口を開いた。

「会長。懇親会の時刻が……」

ニコラスはチラリとフランクをみたが、すぐに視線をもどす。

「クレちゃんが『うん』と言うまで、オイラ離さないよ。お金貸してよ~。すぐ返すからさ~」

頬をすり寄せるようにようにして、クレメンスにしがみつく。

「あの、懇親会が……」

フランクは戸惑いながらも声をかける。

「フランク先生からも頼んでくれる? それとも君がお金貸してくれる?」

ニコラスはフランクへ顔だけむけ、ニタァと笑った。

「そ、それは……」

フランクは後ずさりする。


クレメンスがチラリとニコラスに視線を向ける。

ニコラスはクレメンスにこっそり目で合図する。

「ニコ。いい加減にしないか。フランクが困ってる」

「じゃあさ、貸してくれる?」

ニコラスは至近距離でクレメンスの顔を覗き込む。

「ああ、わかった」

クレメンスはため息まじりにこたえる。

「ホントに?」

ニコラスは息がかかるほど顔を近づける。

「本当だ」

クレメンスは頷く。


「クレちゃん大好き。愛してるよぉ」

ニコラスは歓喜の声をあげ、さらに力をこめてクレメンスに抱きつく。

「愛さなくていいから離せ」

クレメンスは静かに低い声で言ながら、ニコラスに目配せする。

ニコラスはニッコリ笑い、目で軽く頷く。

「んもう。照れちゃって」

そう言いながら渋々という風情でクレメンスから離れる。


クレメンスは咳払いをし、身なりを軽く整える。

「フランク。行くぞ」

そう言うと執務室から出て行った。

フランクもそれに続く。


「懇親会。懇親会。だーれかお金くれるかな」

ニコラスは楽しそうに歌い、スキッブをしながら執務室を後にした。

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