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認定式  作者: 岸野果絵
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認定式

 幹部たちがぞろぞろと入場してきた。

ロジーナは無意識にクレメンスの姿を探す。

正服を身に纏い堂々と歩くクレメンスを見つけ、ロジーナは切ない吐息をもらした。


着席したクレメンスがこちらの方を見た。

ロジーナは思わずサッと視線を逸らし、少しうつむく。

認定式がはじまるまでの短い時間、ロジーナはそのままの姿勢で目だけを動かし、チラチラとクレメンスを盗み見る。

その度にクレメンスの視線を感じ、ロジーナの胸はざわついた。


 魔術師協会副会長であるフランクの開会のことばにより認定式がはじまった。

会長のあいさつのためにクレメンスが演台へと向かう。

ロジーナは顔をあげ、その姿をじっと見つめていた。

クレメンスは演台の前に立つと会場内を軽く見まわし一礼をした。

ロジーナはクレメンスと目が合ったような気がして、思わず視線を演台の中央に落とす。

クレメンスが話し出した。

まるで辺りを包み込むかのような穏やかで落ち着いた声だ。

懐かしい響きに、ロジーナの胸はつまり、呼吸が浅くなる。


このままいつまでもずっと聞いていたい。

でも、聞けば聞くほど、苦しくなる。

これ以上聞きたくない。

ロジーナの心は二つの相反する感情の間を揺れていた。


 式は粛々と進行していった。

来賓のあいさつが終わり、上級魔術師認定証書の授与に入った。

再びクレメンスが壇上にあがり、次々に授与していく。

ロジーナはその姿をじっと見つめていた。


クレメンスの元で修行していた日々が遠い昔のような気がする。

内弟子だった頃はいつもすぐ近くにいた。

毎日クレメンスと顔を合わせ、言葉を交わしていた。

自分は一体どんな顔をしてクレメンスに接していたのだろうか。

どんな風に会話をしていたのだろうか。

今、もう一度あの頃のようにクレメンスの元で生活をする事になったとしたら……。


ロジーナは深いため息をつき視線を落とした。


無理だ。

傍に居ることはできない。

きっと、たえられない。

苦しくて辛くて、おかしくなってしまうに違いない。


 上級魔術師認定証書の授与が終わった。

式次第によれば、次は師範魔術師の免状授与だった。

師範魔術師に認定される者は非常に少ない。

数名いれば多い方で、該当者がいない年もある。

今年の該当者はロジーナだけだった。


 名前を呼ばれたロジーナは「はい」と返事をし、気を引き締めて立ち上がった。

場内の視線を一身に浴びながら、ロジーナは進む。

そしてクレメンスの前に立ち一礼した。

クレメンスが免状を読み上げる。

ロジーナはそれを少しうつむきながらじっと聞いていた。


不思議な気分だった。

もっといろいろと感慨にふけるものなのかと思っていたが、そうではなかった。

ロジーナの心は澄んだ泉のように穏やかで静かだった。


読み終わると、クレメンスは免状の向きを変え、ロジーナに向かって差し出した。

ロジーナは視線を落としたまま、右手を出して免状にそえ、つぎに左手をだした。

左の指先がクレメンスの指に触れる。

ロジーナはハッとしたが、かといって手を引っ込めるわけにもいかず、思わず顔をあげた。

優しい微笑をたたえているクレメンスと目が合った。


「おめでとう」

クレメンスはニッコリと笑いかける。

一気にいろいろな想いがこみあげてきて、ロジーナの視界がにじんだ。

ロジーナは口をぎゅっと結び、お辞儀をする。

そして涙がこぼれないように目を見開いたまま、ゆっくりと向きを変え、歩き出した。


本当は今すぐ誰もいないところに行き、思いっきり泣いてしまいたかった。

でも、この状況ではそうするわけにはいかない。

ロジーナは走り出したくなる衝動を抑え、ゆっくりと戻り、着席した。


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