6錠目 不意討ち
一部手直ししました。
「ウチんく」→「我らが」もしくは「オレらの」
方言というものをすっかり忘れて考えずにそのまま書いていました。
以後、気を付けて書こうと思います(T▽T)
教えてくださりありがとうございました。
最近、隊長様と同じくらい主治医との遭遇率がやたらと高くなってきたようなそうじゃないような、…まあどっちでもいいんですけど。
さて、話が変わりますがこの魔王城で働き約1年、そんな私にとって初めての休日です。
そう!休日!なんです!
なぜいきなり休日なのかというと、なんと、魔王様の粋なはからいによる執事とメイド全員が今日だけですが細やかな休日を頂けたんです!
一般的に魔界で公爵や伯爵位の位を持つ高位悪魔のお屋敷に私のようにメイドとして奉公すると、新人は約10年はまともな休養日を貰えることがありません。以前その事を主治医に話すと
「……え、なにそれブラック企業じゃないの」
と人間の世界での言葉を言っていましたが、魔界を出たことがない私に言われても理解できないんですけど。
そもそも私達悪魔を人間と一緒にしないでいただきたいですね。……あー、主治医にとっては悪魔も人間も代わりないのかもしれない。
そんななか、魔王様は新米の私にも丸一の休暇をくださいました。魔王様まじ素敵。雇う人増やせとか無理なら給料もっと上げてくれ!とか思ってごめんなさい!
新米の私にも休暇をくださるとは魔王様ったら素敵過ぎます!会ったことも見たこともありませんけど。
そんなわけで、現在私は数少ない私服に着替えて城下に出掛けている真っ最中です。
「あー、うまし」
「だねー。あ、そのアイス一口ちょーだい」
「おー……?…ちょっと待て、なんでお前がここにいる!」
あまりにもナチュラル過ぎて手に持っていたアイスを渡しそうになってしまったのをなんとか思いとどまる。
その行動が気に食わなかったのか、いつの間にか私の隣にいた見慣れた一角獣もとい主治医はジトォッと私を見ていました。
「ちょっとー、お預けとか酷いなぁーちびちゃん」
「酷い云々の前に仕事はどうした仕事は!!」
「ちびちゃん口悪ーい。良いの、素が出ちゃってるよー?」
「誰が原因ですかコノヤローッ!!!」
おぉっといけません、淑女としてコノヤローは頂けませんでしたね。
敬意を込めて一角野郎と呼ばなければ。
「ねぇ、ちびちゃん出ちゃってる。心の声が口から出ちゃってる」
「え、幻聴?主治医耳が可笑しくなりました?」
「……ちびちゃん、反抗期?」
「公私混同しないだけです」
折角の初休日だと言うのになぜ主治医がここにいるんでしょう。
確かに主治医は嫌な薬を無理矢理飲ましてはくるが、私が今職場で一番信用しているのはやはり昔からの付き合いのマッドサイエンティストである。
職場では淑女として、日々苦手である丁寧な言葉使いを心掛けいるんだ。
休日には少しでもリラックスして素をさらけ出したいと思うのが当たり前でしょう。
ましてやアナタは今さら気にする相手でもないでしょう。
そんなことを話すと主治医は目に分かるくらい機嫌が良くなった。
「……そっか、そっかー。ちびちゃんが素をさらけ出せるのは今のところ僕だけかー」
「そもそも反抗期はとっくの昔に過ぎ去りました」
「それでも敬語のままなんだ」
「癖付けていますから」
それより主治医仕事は?と聞くと「自主休暇中なんだよー」……つまりサボってる訳ですね分かりました。
自主休暇とか初めて聞いたわ。
「と、言うわけでー」
「なんですか」
私の隣から前に立った主治医は、男性にしては細く小さいと思われる手を差し出し言ったのだった。
「今日1日僕とデートでもしませんか、オジョーサン?」
―――なんと言ったこの一角野郎。
「…………………………………おまわりさーん、ここにロリコンがいまーす」
「はいはーい、じゃあ行こうねー」
「うぎゃああぁあああっ」
そんな私を気にもせず、主治医は有無も言わさないとばかりに手首を掴み、眩しい笑顔でズルズルと私を城下の奥へと連れていくのだった。
■□■□■
この日、オレ、モブリット・アルファロッドは奇妙な光景を目にした。
この日は城下の警備の人手が足りないからと魔王様直轄のオレ達も城下の警備に当たっていた。
そんななか、オレはオレが所属する部隊の隊長である同じ吸血鬼で昔馴染みと行動していただけだった。
冷徹で容赦ないと言われる昔馴染み。それは感情をあまり表面に出さない故についた尾ひれであり、事実でもあった。
そんな昔馴染みが、明らかに苛立ちを隠すことなく露にしているこの光景は長い付き合いのオレですら見たことなかった。
オレはその昔馴染みと同時期に吸血鬼の一族に生まれ、幼い頃から常に傍にいた。
堅物なアイツと、お調子者なオレ。
何をしても、何かを競ってもオレはアイツに勝てず、いつしかオレは幼いながら昔馴染みであるアイツに憧れ混じりの忠義を捧げていた。
それは大人になった今も変わることなく、アイツはオレを友と呼び、そして同僚と呼ぶ。
「…ちょ、お前顔おっかねぇよ」
「………モブリット、少しここを離れる」
「いやいや!?今にも人を斬りそうな顔してる奴を1人に出来るわけねぇって!!つーか、ぜってー1人になんかさせねぇよ!?」
吸血鬼には珍しい銀髪が太陽の光でキラッと爽やかに光ってるが、昔馴染みの深いワインレッドの瞳はギラギラと光っていた。
「まあ待て!何をそこまでイラついているかしんねぇけど城下で刃物沙汰とか勘弁して!オレこないだ始末書書いたばっかなんだからぁ!」
「…………チッ、クソッあの隣の男は誰だ」
「……え、ちょ?隊長?た、隊長?なに?なになに?なんか気に食わない知り合いでもいた……」
昔馴染みの恐ろしい視線に沿ってそちらを向けば、道を歩く奴等の中に居たのはどちらも見知った顔の二人組だった。
1人は、1年前に入ってきた新人の魔界ではまずお目にかかることはないだろう神獣、一角獣の医師。 もう1人、たまに城門で見かけるこちらも1年前に入ってきた新人のディアボロスのメイドだった。
なぜその2人が城下に?そう思ったのが不味かった。
気が付けば隣にいた昔馴染みで隊長のアイツはその二人組の前に立っていて、………ああああ!?なんて心の中で叫びなから急いでアイツの所にオレは走った。
「――――…おい」
「はい?……え、ちょ…たいちょうさま?!」
「ここで何をしている」
「え、いやただ買い物をと」
「その隣の男は……っ、…お前城にいる医師、か」
「…そーだけど…………ふーん、君が噂のタイチョーサマ、ねー」
明らかに一触即発な雰囲気を放つ我らが隊長と一角獣の医師。
そして顔色を変え腹の辺りを押さえたディアボロスの女。
「…仕事はどうした」
「本日は執事メイド全員が魔王様からお暇を頂きましたので皆休みなのです」
「……だから2人で買い物をしていたのか」
「……そうなりますね」
「なーに言ってるのー、ちびちゃん?仲良くデート、してたんでしょ?」
「……………人の話を聞かずに連れ回したこれのどこがデートなんだ」
「んー?なにか言ったー?」
「いいえ?」
相変わらず顔を青くして腹を押さえているディアボロスの女は一角獣の医師となんか喋っていた。
というか、この堅物が身内と仕事以外で女に自分から話し掛けるのを初めて見た気がする。
そういや、コイツ、他種族の女に惚れたとか言って………。
「…………あー、なるほど………………ソイツか」
オレはピンときた。
……女関係の勘はどうやら足を洗った今でも健全なようです、はい。
200を越え、成人の儀をつい19年前に済ませたばかりとは言え、この歳になっても一切浮いた話が上がることがなかったアイツ。
そのアイツに、先日とうとう自分から見合いを持ち出すほど惚れた相手が出来たらしい。
それが現在目の前にいるディアボロスの女で、同じ職場に働くメイド。オレも職場でちらほらと見掛けたことはあるが喋ったことはない。
……だぁって、昔、女絡みで痛い目あってるから職場でもそんな目にあったらオレ、もう後がない。いやホント切実に後がない。
「………おい、そこの男とはどのような間柄だ」
「どのようなって、主治医とは昔からの古い付き合いですが」
「そーそー、君なんか入る余地がないくらいの仲だしねー」
「黙りください。話が拗れる」
「…………ねえ、ちびちゃんホントーに反抗期じゃない?」
不機嫌極まりない声色でディアボロスの女に声を掛けた我らが隊長。
その隊長をにこやかな笑顔で見つめる一角獣の医師。だが一角獣の医師の目には笑みなどではない、そう、あれは純粋な殺意を込めた視線で隊長を見ていた。
ピリピリとした空気が昼間の道に満ちた。
それを感じ取ったらしいディアボロスの女は腹を押さえる手に力を込めたのか、真っ青な顔で言う。
「……隊長様、隊長様はお仕事大丈夫なんですか」
「………あ、」
「なーるほど、タイチョー君は仕事の途中だったんだねー。じゃあそろそろ行こっか。ね、ちびちゃん」
「ちびちゃん」とディアボロスの女の手を引き、オレとアイツの横を通り抜けその場を去る一角獣の医師。通り抜ける際、一角獣の医師はアイツより頭1つ小さい身長でありながらそれを感じさせない存在感と殺気を含ませ
「――――…ちびちゃんはお前なんかには渡さないよ?」
―――そう、簡潔に、呟いた。
2人の男女の背中を苦虫を噛んだような顔をして苦々しく見つめる昔馴染み。その顔はこの200年以上の付き合いであるオレですら知らない“男”の顔だった。
「…………おい、大丈夫かよお前」
「……………。」
「………悪いこと言わねぇ、あの女、止めとけ」
「…お前には関係ない。これは俺の問題だ」
苛立ちと一緒に言葉を吐き捨て、あの2人が行った方向とは逆の道を歩き出したアイツを、オレもただ見つめることしか出来なかった。
――――――
―――
オレは正直言って、アイツの見合い話に反対だった。
いや、確かに同族の女に一切の興味を示さなかったアイツがこの歳で女に興味を示したことは友としても同僚として、何より同族として嬉しかった。
何故ならアイツは魔王様直轄部隊の隊長だが、そのうちオレ達吸血鬼を従えるべき立場にいるからだ。ならその際一番最初に上がる問題とは何か。
それは紛れもなく後継ぎに関する問題だ。
吸血鬼の長は吸血鬼の中でも強い者がなる弱肉強食というものだ。現当主以外に現在吸血鬼の中で最も強いのは紛れもないアイツ。 現当主の息子だから、ということ抜きにしてもアイツは、群を抜いて力も魔力も強い。
一族全員が確かにアイツが持ち出した見合いは嬉しかったに違いない。
だが、あの女は駄目だ。好いた相手と結婚はしてほしい。だけど、駄目だ。
あの女はアイツに相応しくない。
まず一つ目、女がディアボロスの家系であること。
オレ達吸血鬼は魔力を持ち魔術の類いが得意な家系だ。対してディアボロスは古来より魔力を持たず、魔法・魔術・呪術の類いを自らが打ち消すため使用できない。
二つ目、あの隣にいた男。アレの目に映っていた殺意は本物だった。神獣が悪魔に恋心を抱くとか聞いたことねぇが、厄介な相手には変わらない。
恐らく、アイツが好きな女がディアボロスの家系だと知れば一族の中からオレのような理由で反対する奴等が出てくるな。
なにより他種族の血が混ざることを嫌う一族だ。2人が結ばれたとしても我先にと若い同族の女を見繕って純血の後継ぎをと言う連中が出てくるのが目に見えている。
「……難儀だなぁ、アイツも」
1人魔王城を書類1枚片手にアイツの元に向かっていたオレは、昨日城下で見たメイドを見つけた。
相変わらずあの一角獣の医師といる様子にオレは苛立ちを覚えた。
あの医師が立ち去ったのを確認するとオレはそのメイドの元に行く。
「なあ、ちょっといい」
「……あ、はい」
軽く頭を下げたメイド。不躾に上から下まで見て思う。
烏羽色の三編み、鳶色の目、160㎝代の細身。貧相な体つき。健康そうにも不健康そうにも見えない。敢えて言えば不健康。
アイツはこんな貧相な女のどこに惹かれたと言うんだ。
「えーと確か、昨日隊長様と居られた」
「魔王直轄部隊隊長補佐のモブリット・アルファロッド」
「アルファロッド様、ですか私は」
「アンタみたいな女がどうやってオレらの堅物隊長を籠絡したわけ?」
「…は?」
いきなりのことにか、女は鳶色の目に驚いた色を浮かべ、パチパチとオレを見ている。
長くなった藍色の前髪が邪魔でよく顔は見えないが、髪なんか後で切ればいいだけのこと。今は目の前の女に集中しろ。
「さっきの男。昨日の男だよね。なに、アンタらそういう関係なの?」
「……アルファロッド様?」
「それともあれか。アンタがあの神獣の男同様にオレらの大事な隊長を手玉に取ってるとか?」
「ちょ、待ってください!何を言って」
「じゃねぇと219年間女に興味すら向けなかったアイツが急に女に興味持つとかあり得ないし。なあ、なあなあ、どんな糞汚ねぇ方法使ったわけ?体?やっぱ体?そんな貧相ななりして?」
「待ってください!!なんの話ですか!!」
大声を上げた女。これだから女は面倒臭い。
「はっきり言って、アンタ、アイツに相応しくない」
「重々承知のことです」
きっぱりとオレの目を見据えてそう言った女の鳶色の目には陰りのようものがあったように見えたが、気のせいだ。
「なら、もうアイツに近付かないでくれる?はっきり言って――――目障りだわ、アンタ」
これが、オレ、モブリット・アルファロッドとディアボロスの女との初会話になった。