4錠目 胃痛と吐き気の原因
お待たせしました!
やっべ、テスト絶対赤点取った……!
主治医に怨念が主材料だと思わせる紫黒い液体を飲まされ、悪魔なのに生死の境目を漂うはめになった私。
胃薬を貰いに行っただけなのに…!なんで口に入れた瞬間に舌に強烈な痛みと表現仕切れない程の尋常じゃない味と、「う゛ぉぉお…!」「おがあざあ゛……あ゛ん、ゴワィよォオ゛、」「あ゛あ゛ぁぁああ゛あっ!」頭に直接響く重苦しい怨念が私の中に直に入ってくる気持ち悪さといったら、もう…。
ゥプッ、ヤバ、胃の中と目がぐるんぐるんしますよ。…さっき吐いたばっかなのにまた吐き気が込み上げてくる。
主治医、主材料に人間使うの切実に止めてください。あれコワイ。冗談抜きであれはもう今すぐにでも薬物兵器としても通用する代物じゃないですか。
「………ぎもぢわるい」
「大丈夫か」
「……あ、大丈夫じゃないで、」
「どうした」
…………………。
神様、あなたは私を天に召したいのですか?
「…た、隊長さま」
「……顔色が悪いな、医務室に行くか?」
「い、いえだいじょうぶです」
むしろ今、貴方に出会ったことにより胃痛が増したのですが、この場合どうすればいいんですか。
→ 1.逃げる
2.吐血
3.医務室搬送
あ、駄目だ。どれもバッドエンド行きの選択肢だ。
1の逃げるはまず部隊の隊長たる隊長様に脚力や力云々で勝てる筈がありません。無理です、これこそ無理ゲーですよ。
2の吐血は奴の吸血鬼としての性に火を着けてしまう。そしたら血を舐めとるどころか私が本気で血を吸い付くされるのが目に見えている。カラカラになれと?
3は論外。なぜならこの午後の時間はあのマッドサイエンティストの担当時間なのだ。その医務室に行ってみろ?数分前の二の舞じゃないか。なに?私に死ねってか?
って、ああいけない。
隊長様はただ一介のメイドである私を心配してくださっただけで、私を殺すつもりなどないのです。仮にも好きだとか抜かした相手殺すわけ……ないない、ついでに好かれたとかも冗談であって欲しいなっ。
なのになぜでしょう。貴方に会うたびに私は恐怖のドキドキを常に感じてしまうのは…!
それは本能が鳴らす警鐘さっ。
「ぅぎゃあっ!?」
自己完結した瞬間、私は隊長様に、不馴れな手付きで、まるで子どもを抱き上げるかのような感じで片腕だけで抱き抱えられていました。
あれ、でも、既視感。
…おぅ、私こんなことがつい先日にも味わったぞ?
「医務室に行くぞ」
ひぎゃああ!?それだけはやめてくださいぃいい!やめろおぉぉおお!!私はあの神獣という名の皮を被ったマッドサイエンティストにはもう会いたくないんだよおおおっ。
だらだらだらだら、まさに濁流の如く汗が止まりません。
やっべ、あっマジやっべ、これ脱水症を起こしてお陀仏するわ。
「隊長様、お願いします勘弁してください、もう本当に勘弁してください、今の医務室に行けとか私に死ねって言ってるのも同然ですよ!?」
「っ、…あ、ああ、わかった。分かった、から、その、少し離れてくれ、ないか」
「はぁ…?……うおっ!」
隊長様に言われて気付く顔の距離。切羽詰まり過ぎた私は隊長様に詰め寄っていたようだっ…!
ヤベェエッ、位の高い悪魔様に迫る下劣な下等悪魔のようになってたよ。
「申し訳あり、まじぇん!?」
案にさっさと退けや、とオブラートに伝える。実際に口に出せとか言う人には1度主治医の劇薬飲ませてやろう。
「…驚いて離れるのは分かるが、自分の状況を確認してから行動しろ」
……はい、厳しい顔付きをした隊長様に正論を言われてぐうの音も出ません。
確かに驚いて考えなしに行動を取るのは浅はかでした。
…えー…と、そんなことより隊長様?気のせいだ気のせいだと思っていましたが、徐々に顔が近付いてません?
う、あ、ちかっ、ちかい近いっすよ隊長様。
「本当に医務室へ行かなくて大丈夫なのか」
「…ダイジョウブデス、オキニナサラズ」
近いよ、だがら近いわ。
確認するためだけにそこまで至近距離にならないでください。
「顔の血色が悪い」
そこ普通は顔色が悪いじゃないんですか?
「だが顔は熱い」
それは貴方が近いからです、この美青年が!
「……、」
頬にもう片方の手を添えるなぁあ!?添え、え、ま、この流れはアレか、アレなのか?いけない、流されたらいけない。そうだ、私は年上なのだ。
私は隊長様の22も年上なんだ、なら年下に流されるな。
「まて、」
「待たない」
でじゃぶぅぅう!これもデジャブ!このネタもういいよ!お腹一杯だよ!
ああああ、頬を固定され、いつのまにか腕を動かせないよう抱き締められ、隊長様の顔が近付いてきます。
助けを呼びたいのに声が出ないのは、まさか何か術でも掛けられたかっ!?
せ、主治医!数分前に主治医の悪口や生意気言ってごめんなさい。だからこの可愛い可愛い常連を助けてください。
心の底からそう思ったら
「あらぁ……、ちょっとそこでナ二をしてるの……よッ!!!」
――ビュッ、
黒い何かが、あり得ない勢いで私の目の前を横切ったと思えば、鈍い金属音と硬い物がぶつかり合ったかのような重く低い音が耳に入りました。
あ、れ……?さっきまで目の前にいた隊長様の、かお………え、うそ、美顔にパンチ?隊長様の美顔にパンチが飛んできた!?
それをスマートに剣で受け止めた隊長様も凄いけど、さらに凄いのは隊長様にパンチした人だよ。
誰だ命知らずな奴!!
視界に入るのは白くてスラリと細く、綺麗な腕。
…あら、まてよ?この見覚えありまくる腕は、まさか…………!
「ちょっとちょっと、アンタうちの後輩ちゃんにナニしてくれてんのよ」
「…せ、セクシー先輩!」
「はぁい、あなたの頼りになるセクシーな先輩の登場よ」
ぱっちりとウインクをしながら、セクシー先輩がそこには立っていました。
すぐに隊長様の方に向きなおし、美笑を向けていますが、ちらりと見えたその目は笑っておられません。
…………あれー、セクシー先輩がなんだがコワイぞー。
セクシー先輩は私と隊長様の間に立つように、私を隊長様から隠しています。
肩までの緋色の髪、私の着ている丈の長い正統派のメイド服とは違い丈が短く、肩も大胆に出し、出るとこは出て引っ込むべきとこはきちんと引っ込んでいるボンキュッボンのスタイル抜群。
しかし見た目に反して、どこかお茶目なのに礼儀正しい淑やかな大人の女性。それが私の知っているセクシー先輩です。
そう、その人が私の知っている、セクシー先輩なのです。
……そのセクシー先輩が………げ、げんざい私の前で冷たい殺気を放つ方と同一人物とは思えません……!
「……今回は無事なようだが、仮にも女であるお前の拳が砕けたらどうするつもりだ」
っ、て、そうですよ、セクシー先輩の腕は大丈夫なんですか。セクシー先輩の綺麗な手は、あの魔界一の鍛冶師が造ったと聞く隊長様の剣で受け止められたんですけど!?
「仮にもって失礼な方ね。そんな鉄屑固めただけの剣でこのバハムートであるアタシの拳が砕けるわけないじゃない」
バコッン。
悪い子にお仕置きする際によく使用されるデコピン。そう、おでこを指でピシッとするあのデコピンで、セクシー先輩はニコニコしながら壁に手のひらくらいのクレーターを作りました。
……えーと、……ん?
んん?デコピンとはクレーター作る程そんなに威力ありましたっけ?…お仕置きと軽く言いますが、その威力は天に召される重さですよね?
しかも魔界一の鍛冶師が造った剣を鉄屑固めただけのって…、え、まてよ。セクシー先輩なんて言った?…ばはむーと?
「………セクシー先輩ってバハムートだったんですか!?」
「あら、アタシ後輩ちゃんに教えてなかったかしら?」
バハムートって魔界で一二を争う武闘派の種族じゃないですか。特徴としてはドラゴンの血が半分流れており、空は飛べませんが背中には小さなドラゴンの羽根が生えていて、目は鋭い殺気を放つことが出来る。
だけど1番の特徴は、先程言ったように剣の刃すら砕くことが出来る怪力なのです。
聞いといてあれなんですが…セクシー先輩、生まれる種族間違えてませんか?
だって私、セクシー先輩はメイド長と同じ淫魔族の淫魔だと思ってましたよ、いや本当に。
「で、そこの吸血鬼の方。アンタうちの後輩ちゃんにナニを、しようとしてくれてたのかしら?」
「貴様には関係ない」
「関係ない?どの口が言ってるんだがねぇ。白昼堂々と、廊下で、顔を真っ青にした後輩ちゃんに迫ってる輩を先輩として見過ごせないわ」
「だから医務室に行くかを聞いていた」
「医務室行くを聞くだけならなんであそこまで身体を密着させて聞く必要があるの?」
「より近くで確認することでしか分からないことがある」
「なぁにそれ、ただの言い訳じゃない。アンタのせいで唯一残ってくれてる後輩ちゃんがメイド業を辞めたらどうすんのよ?アンタ責任取れるわけ?」
ヒイイイッ、こえが、セクシー先輩の声がごっつ低いです。空気の温度も下がってきてる気がします。
どうしましょう。正直この状態の2人を止めに入るなんて嫌です。むしろ放置して仕事に戻りたいです。
だが、この2人を放置して先に戻ると後々、ややこしい事になるのでそれも避けたいです。
…ぅう、胃が痛い。薬が切れてきたみたいです。
「……………ああ、癒しが欲しい」
とりあえずメイド長を探そうと思います。