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2錠目 甘い誘い


1錠目の隊長様目線の話。

…あ、あれ?なんか想像してた隊長様と違くね…!?





 そこは無駄に広い魔王城にある無駄に広い医務室。

 美しい顔立ちをした銀髪の純白の隊服を着た青年が、真っ黒なメイド服を着た烏羽色の髪を三編みにしたメイドにじりじりと迫っていた。


「……おま、おまちください」

「待たない」



 俺は、今、一世一代の勝負に出ている。

 でもそれと同時にその勝負に挑んだことを俺は悔いている。




 どうしたものか、彼女を目の前にして理性が持ちそうにない。






 ――刻は少し遡る。


 俺は魔王陛下の配下に属する悪魔だ。詳しく話すなら陛下直属部隊の隊長を任されている。

 悪魔の種類は由緒正しき血筋の吸血鬼(ヴァンパイア)である。

吸血鬼の特徴としては吸血鬼は(みな)ワインレッドの瞳と寒色の髪をしている。

 俺個人の特徴は吸血鬼では珍しい銀髪ということだけだろうか。



 自分で言うとアレかもしれないが、俺はそれなりに顔の良い部類に振り分けられている。そして高位悪魔であり陛下直属の部隊の隊長だ。そのためか女にはこの方不自由したことがない。

 ……いや、実のところ女はどちらかと言うならば苦手で俺は女とそのような関係を持ったことが一切ない。



 そんな俺は、1年前に1人の女に、惹かれた。

 その女は1年前から城で働き始めた新米のメイドだ。

ソイツはこの広すぎる城での膨大な仕事に就いていけず辞めていった奴等の中で、唯一辞めなかった城内でも骨のある新米メイドとして評価されている有望な奴だ。


 見た目は160cmの細身、だが触れると折れてしまいそうな儚い雰囲気というものはない、が、どこか弱そうに見えるディアボロスの女。この辺りではあまり見掛けない烏羽色という色で三編みに纏めた髪と鳶色の瞳が印象に残るメイド。

 頭の上に生えている巻き角が愛らしい、と思う。


 そのメイドのどこに惹かれたかと聞かれたら俺は迷わず答えるだろう。



 どこか美味そうな匂いがしたから、と。



 ……違うな惹かれたというより気になった切っ掛けだな。




 メイドのソイツに出逢ったのは門で、掃除をしていたソイツと任務から帰って来た俺達の部隊が鉢合わせした時だった。


「皆様、お帰りなさいませ、お仕事お疲れ様でございました」


 緊張しているのか少し固い出迎えをしたソイツ。

 これが俺とソイツとの顔合わせだ。



 その時、ふわりと、食欲をそそらせる匂いが鼻を掠めた。この嗅ぎなれた吸血鬼の好物――つまり、血の匂い。

 だがそれは一瞬で、ソイツは頭を1度下げてから荷物を持ち去っていく。


「隊長、どうかしましたか?」

「…いや、なんでもない」


 それからというもの、俺はあのメイドのことが頭から離れなくなり度々城門に行ってはソイツを観察するようになった。


 城門にはやはりソイツが掃除をしていて、俺が来るたびに眉間をピクピクさせながら挨拶をしていることにソイツは気付いてないだろう。見ていて飽きない。そしてソイツは必ず俺に一言二言話し掛けては顔を笑いながらしかめる。



 俺は昔から女に迫られ、挙げ句の果てに既成事実を作ろうとした奴までいた。女という生物自体に警戒し嫌気が差してもいた。


 だから露骨に反応するソイツの様子は新鮮で、何より安心出来た。



 笑いながら顔をしかめるとは器用なことをするなと思う反面、それほど俺が苦手かと問いたくなる衝動に駆られるが、どう声を掛けて良いのか分からない。


 部下や同僚から冷徹、容赦ないと言われるが、ソイツが話し掛けて来ても俺は何も返せない、ただの1人の情けない男だ。



 だが、ある任務に向かう途中、珍しく城内の廊下でソイツと色気があると部内で話し合われるもう1人のメイドと話しているのを見掛けた。

 その時、聞いてしまった。




「後輩ちゃんは好きな人とかいないの?」

「愛すべき存在はありますよ!」




 ――カシャン。

 愛すべき存在……だと?

 その余りにも衝撃的過ぎる言葉に愛剣に触れていた手に力が籠る。俺を前にしては見せたことがない嬉々とした表情でソイツはこうも続けた。



「結婚が出来るのならば結婚したいくらいに私は愛してます!」



 その後すぐに向かった任務で俺は自分でも理解出来るほど機嫌が悪かった。部下達はその任務中の俺が恐すぎて悪魔の癖に神にすがりつきたいと思ってしまうくらい話し掛ける勇気すら湧かなかったらしい。


 この偶然聞いてしまった会話により俺はソイツ――新米のメイドにいつの間にか惹かれていたことを知った。




 そこからの俺の行動は早かったと言うべきだろう。まず、城門に向かう回数を増やした。それまでは休憩中に気が向いたら行く程度だったが、休憩中以外にも任務帰りまたは時間を作ってはソイツのいる城門に行くようになった。


 次にしたことはあのメイドの実家に縁談の話を持ちかける。しかし、メイドのソイツは中級悪魔のディアボロス。俺は級より上の()に付く高位悪魔の由緒正しき吸血鬼。

 向こうからすれば良い縁談、こちらの血族からすれば悪い縁談であるのは明らかだった。



 高位悪魔というプライドと血筋柄か俺の血族は他種族の血が混ざることを蔑み嫌う節がある。俺は一族で族長を務める親父に、親父の愛剣で斬り殺される覚悟で縁談の話を切り出した。


「ん?ああ向こうの娘さんがOKしたら別にいいんじゃね?」


 ……。


「……いいのか?」

「だってお前浮いた話とか一切無いし、どんな女の子(吸血鬼)連れてきても興味なし、一族の皆から「……ご子息は男色なのか」って言われてるの知ってか?」

「なっ、」

「ならもうお前がまともに恋愛してくれるなら相手が他種族でも中級でもかまわん。一族の皆も認めてくれるだろうむしろ一族皆が悦ぶからさっさとモノにしてこい!」



 こうして一族総出で俺の他種族のしかも中級悪魔との縁談は手早く執り行われるように段取りがされた。……俺はいつの間にか男好きにされていたのか。

 あの一族で1番血筋を気にする祖父ですら涙を流しながら「…やっと、やっと、曾孫が…!」と言っていた。

 ……曾孫はまだ先だ。




 そんな矢先、相手側から届いた1通の文書。

 それは相手側の親からの謝罪が書かれた破談の文書だった。



『相手が誰か知らないお相手とは見合いなど出来ません』



 それが相手側、あのメイドが述べた縁談を拒否する理由だと文書には申し訳なさそうに書かれていた。

 見合いとは普通知らない相手同士でするものではないのか?その時の俺はショックの余りにそんな考えが頭から消えていた。



「Oh……!ジーサスッッ!!」

「そんなっショックの余りに(わか)が男に走ったら…!」

「アアッ…神よ!!」




 破談の文書が届いたその日、祖父の「Oh……!ジーサスッッ!!」を筆頭に屋敷内は悲痛の叫びが木霊した。


 (のち)、その話を友人に聞かせたら


「……オレらって悪魔じゃなかった?なんで神に祈ってんのさ」

「………(確かに)」


そう思ったが俺は聞かなかったことにした。




 破談の話の3日後。俺は覚束ない足取りで城門へと向かう。急な任務が入り、あの話以来で行くことが躊躇われたが、何故か行かなければ後悔すると俺の何かが訴えたからである。

 縁談の書類には俺の自己紹介程度の個人情報に写真も有った。


 そして一方的ではあるが顔見知りの仲であると俺は思っていた。

 そんな俺に突き付けられた『知らないお相手』と書かれた文が、あのメイドの声に変換されて頭の中をエンドレスリピートされる。


 もし、毎回事務的に話し掛けているだけであのメイドが本当に俺のことを覚えていないのなら。

 もし、俺のことが嫌いで縁談の相手が俺だったから断ったのなら。


 もし、もしも―




 だが、俺にさらに突き付けられたのはソイツのぎこちない笑みと何気ない一言。


「おはようございます隊長様。今日も良い天気でございますね」


 ……コイツ、縁談の相手すら知らないんじゃないか?

 縁談の相手の写真も見ずに断ったんじゃないか?



 それを疑惑から確信に変えてみせたのはいつもとなんら変わりないソイツの無防備な態度だった。




 ………せめて、縁談の相手の写真を見てから断ってくれ。そう心の底から思った俺は悪くない。

 相手を知らないからと断れ、その上、縁談の相手を目の前にして顔色すら変えないということは写真すら見ていないことが分かる。


 なんとも情けない理由で破談されたものだ。いっそのこと好みじゃないからという理由で破談された方が良かった。…それはそれで嫌だが。



「………。」

「……えー、では私はこれで」



 釈然としない俺を放置し門から去ろうとするソイツ。そのいつもと変わらない態度に少しイラつく。


 そうして気が付けば俺はソイツの後に着いて、ジッとソイツを観察していた。


 すると庭の片隅に座り込み、だんだん顔色を悪くさせていくソイツ。

 …具合でも悪いのか?そう思ったと同時にソイツがポケットから何か薬のような物を取り出し、口に含む瞬間を見た。




 やはり具合が悪かったのか。

 俺は考えるより先に、ソイツを肩に担ぎ上げていた。


「…ひぃっ、」

「………」

「た、たいちょ…隊長様!おろ降ろしてくださ」

「………具合が悪いのならば先に言え」


 そう、ソイツに対して初めて口を聞いた俺は急ぎ足で医務室へと向かう。

 その途中、ソイツが謝罪混じりに嘔吐をしたことにより俺は焦った。


 医務室に着いたが主治医も誰も居なかった。

 ベッドにソイツを座らせ、医務室に大量に常備されている隊服に着替えたら、ベッドに座らせていた筈のソイツはベッドの下で床に頭を擦り付けて変わったポーズをして謝った。


「……俺は気にしていない」

「しっしかし私は隊長様の隊服におぶ、汚物を」



 顔を先程より青ざめて謝るソイツに俺は顔を上げろと言う。おずおずと、顔を上げたソイツ。


 今、こんなことを聞くのは卑怯かも知れない。

 でも、この機会を逃せば後はないと俺の中の何かが言う。



「先日、見合いの話を断ったな」



 そう言うと、なぜ知っていると目を丸くして質問してくるソイツに、頭を抱えたくなるが俺は続ける。

 徐々になぜ俺がその話を知っているのかを理解してきたのかソイツはこう聞いてきた。

「まさか自分の見合いの相手は隊長様か」と。



 そうだと答えてやれば口を抑えて俯いた。微かに鼻を霞めたのはあの甘い匂い。理由は分からないが目の前のソイツは血を吐きそうになっている。


 吸血鬼の(さが)か、意中の血の匂いに酔うとはこういうことか、と昔親父に聞かされた話を思い出し、頭の隅に追いやる。



 今の俺は正に獲物を捕らえた野獣だろうな。ジリジリとソイツに近付く。





 そして、話は冒頭に戻る。




「おま、おまちください」

「待たない」



 目の前には陛下直轄の部隊隊長でソイツの血にだけ飢えた俺、背後には逃げられないぞと暗示を掛けるように存在するベッド。

 それに挟まれたソイツは目に涙を溜め、俺を見ている。


 近寄れば近寄る程香る、じれったく俺を酔わせる微量の甘い血の匂い。

 俺とソイツ以外に誰もいない医務室。




 …………ヤバイ。理性が持ちそうにない、かも知れない。


 成人していたとしても俺はまだ悪魔でも若い方だ。つまり、その、自制心がまだ上手く操作出来ない。



「お遊びなら、やめてください」




 不意に、そう呟かれた言葉に俺は強く言い返す。


「…遊びで縁談など持ち掛ける筈がないだろう。俺はそんなに不堅実に見えるか」

「私は一介のそれも中級の悪魔でメイドです。これがお遊びでなければなんなのですか、っ!?」

「俺は、本気だ」


 ベッドの上にソイツの上半身を押し付け、それに覆い被さる。

 今すぐその服の間から見える白い首に噛み付きたい。噛み付いてその甘い匂いのする血を、俺の痕を、牙で印を残したい衝動に駆られる。ベッドに手を置き顔を近付けた。銀の前髪がソイツの顔にかかる。


 その距離は数cmしかなかった。流石に近付きすぎたと思う反面、俺は俺の下で狼狽え出したソイツを見て攻めていく。



「俺は、他の奴と喋ることが苦手だ。特に女というものは特に苦手だ」


 何も話さないソイツの鳶色の瞳を真っ直ぐに見ながら続ける。


「お前に初めて会った日、最初は今までの奴等と同じだと思っていた」


 何故かお前の傍は安心出来た。


「だがお前は俺を見て、隊長様と呼びながら俺自身を見て声を掛けてくれた。いつからお前を目で追うようになった」


 その他の奴と同じように接する態度に惹かれた。気になったきっかけは不純だが、それでもあんな風に話し掛けてはぎこちなく笑うお前に、俺は、



「俺は―――お前が好きだ」

「っ!!」



 ソイツの耳元で吐息と共にハッキリと呟いた言葉と同時に不甲斐なく心臓が大きく鼓動するのを感じた。ソイツの身体は、ビクリと跳ねる。


 嗚呼、今すぐこの腕に抱き締めてその頭の中を俺だけで一杯にさせてみたい。

 俺色に染めてみたい。



 まだお互いのことを知らない。愛しているなど軽々しく口にはしない。

だが俺は、本心から、お前のことを好いている。

 お前を見ると気分が良くなる、お前の声を聞けただけで幸せになれる。


  …お前に、好きな奴が、愛すべき存在がいるとしても俺はお前のことが諦めれない。

 何故ならまだ俺はお前に勝負してないからだ。


どう足掻いてもお前が俺に心惹かれることがないのならば俺は身を引こう。



 ――だが今は身を引くつもりも、諦めるつもりも、お前を逃すつもりもない。


 嗚呼、




「お前が欲しい」




 また耳元に熱く囁けば息を飲む音が耳に入る。

 右手を頬に添えれば、少し冷えているのが分かる。それも昂っている俺にとっては心地が良い温度。するりと滑らせれば辿り着く首元。


 …噛み付きたい。ゴクリと喉がなる。

 ……だが、今は首よりも、そのぷっくりとした唇に…噛み付きたい。



 目を閉じ、顔を近づける。

 ……っ、!その俺の顔面にソイツは血を吐いた。我慢していたのが出来なくなり出してしまったんだろう。




 顔にかかった血。先程から香る甘い匂いが俺を包むように感じた。

 それを指で掬い取り舐める。



「……甘いな」



 それは予想していた、いや予想していたよりは甘くないが砂糖のようにほのかに甘く、それなのに深い味わいの、今まで味わったことがない故にもっと、もっと味わいたいと思わせるモノだった。



「自分が惚れた奴の血程、甘美で極上のモノはねぇよ」


 顔を赤くする母さんを抱きながらそう言った親父の言葉を思い出す。

 そうだな、これは確かに甘美で極上だ。





「――――覚悟しておけ」




 そう笑みを浮かべた俺の下で叫ぶソイツとの、俺との、駆け引きが今から始まる。



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