1錠目 愛すべきは胃薬
短編『胃薬常備のメイドさん』の連載版です(^◇^)
マイペースに更新する予定なんで気長に待っていてください。
そこは無駄に広い魔王城にある無駄に広い医務室。
美しい顔立ちをした銀髪の純白の隊服を着た青年が、真っ黒なメイド服に着た烏羽色の髪を三編みをしたメイドにじりじりと迫っていた。
「……おま、おまちください」
「待たない」
だ、だれかっ、たすけてください。
やばいです。
わたしの胃が激しく傷んで今にも吐血してしまいそうなぐらいにピンチです!!
―時間は少し遡る。
私のモットーは1に胃薬、2に仕事、3には安全第一です。
いきなりですけど胃薬って本当に素晴らしいと思うんです。2錠飲むだけで数分のうちに胃のチクチクジンジンする不快な痛みや、もやもやとするあのなんとも形容し難い胸焼けなんかスゥっと無くしてくれるんですよ?胃薬はもはや信仰すべき神の薬だと思うんです。絶対そうですよね!
胃薬さえあれば私は生きていけますね!
あ、自己紹介がまだでしたね。遅くなりましたが初めまして私は現在魔王城で働いています悪魔でメイドにございます。
種族はディアボロスという頭に牛の巻き角を生やした人形の悪魔です。と言いますか角が生えてる以外は外見は人間なんですけど。
私個人の特徴は他の人に比べ少し、いえかなり胃がストレスに対して弱いことです。愛すべきは胃薬!胃薬LOVE!
容姿は下の中当たりでしょう。
身長は160cm、髪は腰まであり三編みで烏羽色をしていまして、目は鳶色をしています。
そしてディアボロスなんで頭には焦げ茶色の巻き角があります。
胸ですか?胸はないですよ?所謂まな板なんです。私も気にしているんですから突っ込まないでくださいね。
…っぅ、少しだけ胃がキリキリするのは気のせいだ。
……ふぅっ、ええと私が働いています魔王城は名の通り魔界を治めて居られます魔王様がお住みになられていらっしゃる城にございます。
私は貴族出身の魔族ではなく庶民出身の魔族です。なので今喋っているこのお上品な言葉使いはかなりストレスになっています。
正直に言いましょう。
あ、これ私、就職先間違えたわ。
私のメイドとしての1日は朝の5時半から始まります。この魔王城とてつもなく広い、重要ですから2回言いますよとてつもなく広いんです。魔王様がお造りになられる迷宮ダンジョン並みに広くて1度1人で迷えば2度と外には出られなくなるくらいヤバい城なんです。
私が住み込みの1日目で淫魔族のメイド長から真顔で言われたこの言葉を聞いて顔が青ざめる前に胃が悲鳴をあげましたよ。
「もし城内で迷いもう無理だと思ったのなら、迷わず窓から飛び出しなさい」
あの真顔で遠い目をしていたメイド長を見た瞬間「…ああ、メイド長も窓から飛び出したんだな」と直感しました。
しかしこの魔王城、この鬼のような広さに対して明らかに使用人の数が少ないですよね?いいえ断言しましょう少ないですよ。
魔王様直属の使用人は2人、執事は執事長を合わせて4人、メイドはメイド長と私を合わせて3人です。
ま さ かの3人なんです!執事でさえ4人なのですよ?なんで私達メイドが3人なんですか!?この無駄にだだっ広い魔王城を執事とメイド全員合わせて計7人で1日掛けて掃除をするんですよ?もう疲れる云々の次元じゃないですよぉお!!
おかげでこの城に就職してから私は胃薬と処方箋が手放せなくなりましたよ!就職する前は5日に1度飲む頻度だったのに今になっては2日に1度、もしくは毎日服用してるって私の胃は大丈夫なのかっ!?
……嗚呼、時給が高いし住み込みで賄い付きで初心者OKという好条件に釣られた私がバカだった。
私と同期に採用された子は執事メイド合わせて二桁いたのに気が付いたら働き始めて2日で皆さん止めていきましたよ。メイドなんて私しか残ってなかったし…!私もあの時辞めれば良かったっ…!
しかし刻既に遅し。
私はメイド長と唯一の先輩であるナイスバディなセクシー先輩に根性やら誠実さ(え、ないない誠実じゃないよ)を気に入られ辞めるに辞められない状況ってこういう事なんだね、父さん娘は1歩大人へと成長したよ。
胃の方は相変わらず荒れ荒れだけど。
こんなメイド生活で私がメイド長より任せられた仕事は庭の手入れと掃除、後は魔王城の門周りの掃除です。
ようは庭と玄関の掃除係ですね、分かりました。むしろ城内の掃除を任されたら私は生きてメイド長やセクシー先輩に会えなくなる自信がありますから喜んで引き受けましたとも。
何よりあまり人に会わなくていい場所の掃除なんで私もそういったストレスなく胃が無事なので万々歳です。
ただ、たまに厄介な客人が来るけどね。胃に大ダメージを食らわせる奴が来るんだよね。
そんな私は今日も頑張って掃除をしようと箒にゴミや雑草やらを入れる麻袋を片手に門に向かったら、なんかいたし。その胃に大ダメージ与えてくる奴いたし。
本当になんで貴方がここにいるよ。私の命を縮めに来たのか、魔王様直轄部隊の隊長様。
相変わらずお美しいお姿ですね。さすがは世に名高い吸血鬼であり高位悪魔でございますね。太陽の下に出て無事だという吸血鬼を私は初めて見ましたよ。
く、悪魔の癖に純白な隊服と貴方様の綺麗な銀髪が反射して眩しい。
真っ黒で足首まで丈がある正統なメイド服を着ている私が霞んでしまうくらいに貴方様が眩しい。
「おはようございます隊長様」
「…」
「今日も良い天気でございますね」
「……」
「あ、そう言えば先日庭に植えていたシーナンの花が綺麗に咲いたんです。良かったら今度見てくださいね隊長様」
「………」
「………」
この隊長様、何度話しかけても一切喋らないだよな…!だから機嫌が良いのか悪いのか、はたまた私の存在が邪魔なのかなんかのかここで働き始めて1年、未だに理解できません。
……ここに隊長様がいるだけで胃が痛くなる私が軟弱なんでしょう。
「……えー、では私はこれで」
掃除するからどっか行ってくれとは格上の立場で力の強い悪魔の方に言えませんからね。言って気分を害してしまったらそれこそ首を横に一閃、チョンパされそうです。
なので私から去りましょう。決して己が身の安全のためじゃないさ。モットーの3番が安全第一だったろとか言わないで。
と言うわけで門からは去ろう、庭に向かっていたんですけど……
「………」
「…………あの」
「…………」
「………おーいなんかいえやー(小声)」
なぜ後ろを着いてくるのですか隊長様。そして庭についてからなぜジッと見てくるんですか視線が痛いよ視線よりも胃が痛いよ。
あ、やばいこの痛みは胃潰瘍が再発したかも。
「(……ちょ、…くす、くすり……あ、いま水がなかったわ)」
そう思いつつもあまりの胃痛にこれは堪えきれないと判断した私はふらふらとエプロンのポケットからいつも常備している胃薬を取り出し口に入れた、仕方ないから水やり用の為にある蛇口を捻って水を掬いその水で胃薬を飲む―――、ことが出来なかった。
なぜかというとその隊長様に抱えられてと言いますか担がれています。
「…ひぃっ、」
「…………」
「た、たいちょ…隊長様!おろ降ろしてくださ」
「…………具合が悪いのならば先に言え」
しゃ、しゃべった!?あの隊長様がしゃべ、私初めてこの人の声を聞きましたよ!そもそも喋れないんじゃないかって最近結論付けてしまいましたからね!
し、しかし隊長様は私を担ぎどこかへと急ぎ歩き始めたのですが、え、ぅお、おぉふっ、うぶ、グォッ、くっ、くいこっ、くいこんでる、たいちょうさま、の、ごりっぱな、かたがはらにくいこんでますってばぁああうげぇっ、胃が弱い私にはこれはヤバいし、いけないちょっと淑女として出してはいけないいろんなモノをリバースしそうなくらい気持ちが悪いです。
「…た、たいちょ、たいちょうさま、この体制はなにか、と、ツラいものが」
「………ツラい?なぜだ」
「…い、や、…もぅ、……ゥぷ………すみま、はく」
「!?」
この後の展開はご想像の通りでございます。
はい、吐きました。吐きましたとも。可愛らしく言いましょうか?けろんちょしました。どこに?それはもちろん隊長様の背中目掛けて。出たモノは胃液だらけでしたけど。
いやいやでも担がれてって、あれですよ?いわゆる荷物を担ぐ時のスタイルなために人に考慮すらないからもう視界やらなんやらがぐわんぐわんしたんですよ。
………いや、まあ、あの……………うん、これ私終わったな。
淑女としても悪魔としてももういろいろ。
幸いと言うべきか、医務室には隊服の替えが私の胃薬と同じくらい常備されてましたから隊長様は医務室のベッドに私を座らせると即座着替えてました。
なぜ隊服があんなに常備されていたかは深く追求はしません。
…まあ、隊服があったから良かったものの……ほんっとうに申し訳ありませんでした。
そして現在、
「………」
「…も、申し訳ありませんでしたっ!」
運ばれた無駄に広い医務室のベッドの下で渾身の謝罪方法、ドゲザをしております。なんでも東洋ではこれが最大級の謝罪なんだそうで。セクシー先輩がナニかやらかしたときに使いなさいと教えてくださいました。
ナニかの発音が違ったのは私は気付いてないしスルーしよう。
「……俺は気にしていない」
「しっしかし私は隊長様の隊服におぶ、汚物を」
「頭を上げろ」
「ですがっ」
「上げろ」
「……はい」
ああ、私今日が命日になるんでしょうか。それならそうと先日父さんが持ってきた相手の方知らないからって断った見合い話を引き受けるんだった。よくよく考えたら見合いって知らない相手同士を引き合わせる場なんだからそれが当たり前なんだよ、私はバカかっ。バカなのか私はっ!
「先日、見合いの話を断ったな」
「……なぜ隊長様がご存じで?」
「理由は「相手を知らないから」ということで断ったな」
「いや、確かにそう断りましたがなぜそれを隊長様が知って」
「………相手側の写真は見なかったのか、もしくは何の職業に就いているとか聞かなかったのか」
父さん相手にしてる気分になってきたのはなんででしょう。あの見合い話を持ってきた父さんは私が断るとかなり焦った顔をしていた。
余談だが悪魔は大きく位と級で分けられています。それを細かく分けますと位は上から高位、中位、下位。級は上から上級、中級、下級となっています。
………え、まさか位ではなく級の段にいる中級悪魔の父さんがそれなりの立場ある悪魔の縁談でも持ってきていたのか?
……と、なると、その、まさか、私のあまりにもふざけた断りにこ、こここの職場に押し掛け………うわぁ、ヤバイな私下手したらクビかもじゃん。
「………ちゃんと縁談の相手を見てからお断りするべきだった」
「…何故だ、何故そうなる」
私はなぜ隊長様がその話を知っているのかが気になってしょうがないんですけど、そして今日はよく喋りますね初会話ですよ。
と、言いますが、なんとなくなぜ隊長様がこの縁談を知っている理由が分かってしまったような気がするのは気のせいでしょうか。確かに隊長様とは顔見知り程度の仲だと思ってますよ?
最近妙に門で会う回数が増えたなぁとも思ってましたよ?
私もそれなりに良い歳ですしそこまで鈍いわけじゃないです。
現に隊長様は私の「ちゃんと縁談の相手を見てからお断りするべきだった」という言葉に機嫌を悪くされ…
いやいやでもないわ、それはないでしょうって。
「……ひとつ、失礼な質問をしても構いませんか?」
「…………なんだ」
「……もしかして縁談のお相手って、た、隊長様でしたか?」
「そうだ」
ごっふっっっっ!!
あまりの事実に胃がいつもの大ダメージとは比にならないくらいにダメージを受けた。吐血だけは根性でしなかった私は口を手で押さえ俯く。
いや、いま上向いたらまた出る。
なにがとは言わないけど今度はちょっと赤いなにかが出る。
まさかの縁談の相手が目の前の美青年に部類される隊長様だったとか…!
とおさぁああん!アンタ大事な一人娘の胃を気遣わないかぁあ!!
「……俺は、お前との縁談の日を楽しみにしていた」
「えっ、すみま……は?」
「だからお前の方から縁談の話を断ったとお前の父に聞かされた時、酷く哀しかった。しかも理由が「相手を知らない」からというものでだ」
「…うぐっ、」
「俺はお前の記憶にすら残らない男かと酷く哀しかった。だがどうだ、次の日お前に逢いに行けば変わらず声を掛けてきた」
「わ、私がちゃんと相手様の写真も、素性も聞かなかったので、」
「そうだろうな、あの日それくらい察しが着いた」
じりじりとそれそれは獲物を逃がさないようにじりじりと私との距離を詰めてきている隊長様。
私はそんな隊長様と距離を取ろうと後ろに下がっ、ガンっ、腰をぶつけて今さらなことを思い出す。
…………背後にベットがあること忘れてた。
そして話は冒頭に戻ります。
「……おま、おまちください」
「待たない」
前には魔王様の直轄部隊隊長でまさかの私の縁談相手だったらしい美しい吸血鬼。
後ろはそこそこふかふかで寝心地抜群であろうベット。
詰んだ。これ詰んだ。
むりむりこれはもう逃げようがないっす。
なんでこんな日に限って医務室の担当の悪魔が1人もいないのさ!
胃はこれでもかという程痛むし、なにがなんなのか分からない私は多分涙目かもしれない。
そんな私がお気に召したのか隊長様はそれはもう吐血したいくらいな笑顔を私に向けている。いっそのことその美しい顔面に向かって吐血してやろうか。
「お前とこうして話すのは初めてだな」
嬉しそうに喋りながら隊長様は近付いてくる。今日初めて聞いた隊長様の少し低く、ああこの人は綺麗な顔してるけどやっぱり男なんだと思わせる声が私の耳にスルッと入る。
「お遊びなら、やめてください」
「…遊びで縁談など持ち掛ける筈がないだろう。俺はそんなに不堅実に見えるか」
「私は一介のそれも中級の悪魔でメイドです。これがお遊びでなければなんなのですか、っ!?」
「俺は、本気だ」
いきなりドアップになる隊長様の顔。気が付けば私は後ろにあったベッドの上に上半身のみ身を預けている。隊長様はその私を覆うようにベッドに手を置き顔を近付けた。銀の前髪が私の顔にかかる。
その距離は数cmしかなかった。羞恥心が湧き立つ前に胃痛が湧いてくる私は色気ゼロだ。
「俺は、他の奴と喋ることが苦手だ。特に女というものは特に苦手だ」
でしょうね。その容姿と高い地位ですからさぞおモテになるんでしょう。
「お前に初めて会った日、最初は今までの奴等と同じだと思っていた」
ああ、ありますあります。思い込みってヤツですね。
「だがお前は俺を見て、隊長様と呼びながら俺自身を見て声を掛けてくれた。いつからお前を目で追うようになった」
…え、そうなの?
「俺は―――お前が好きだ」
「っ!!」
耳元で吐息と共にハッキリと呟かれた私は不甲斐なく心臓と、身体が跳ねる。
だ、だめだ。今まで声すら聞いたことなかった人に、ふいに耳元を囁かれたら照れてしまうし妙に恥ずかしく感じてしまった。
あ、あぅ、ぅえ。良い歳して狼狽えるメイドの私に隊長様は、吸血鬼特有のワインレッドの瞳に顔面真っ赤な私を写してもう一度囁いた。
「お前が欲しい」
するりと隊長様の右手が私の頬を輪郭にそってなぞる。ゾワッとしたそれでいて表面から奥に痺れるような味わったことがない感覚に襲われる。
ひゅ、見つめられた緊張からか息が上手く出来ない。でもワインレッドの瞳からは目が離せない。まるで何かに縛られてしまったみたいに動けない。隊長様は覆い被さって頬に手を押さえているだけなのに。
手は頬から首筋をスッと掠める。それだけで身体は無意識に跳ね、擽ったいのにどこか焦れったいという表現のしようがない自分でも分からない気持ちが頭の中を占める。
「…ひや、た、たいっちょ、!」
口からはこれもまたよく分からない声が出てしまう。隊長様と言いたいのに言葉が続かない。声を出そうとするたびに隊長様は私の首をどことなく怪しい動きをして邪魔をしてくる。
あああああっ!こそばい、こそばゆいですってば!何がしたいんですか貴方はぁあ!?
内心バクバク、胃はズキズキというなんとも嫌な組み合わせ。
何か言いたいのに言えないこの明らかに危ない空気を醸し出す状況。
「……フッ、」
そんな私を満足そうに間近で見ていたワインレッドの瞳を閉じ顔を近付ける隊長様の顔面に我慢しきれず
「…っ、ぅぷっ、ゲェポッッ!!」
吐血してしまった私は悪くないと思う、思うけど……ひいっ!!
真っ正面でモロに被り美しい銀髪や着替えたのに純白の隊服をまた赤に染めた美青年は顔に着いた血を指で掬い取り、艶かしくでも上品に舐め、こう言う。
「……甘いな」
「な、なめっ!?」
「言っておくが、血を顔面に吐かれたからと俺はお前を逃がすつもりもない、諦めるつもりもない。――――これから覚悟しておくことだ」
「……い、嫌だぁぁああぁあああぁあああ!!!!!」
私を組強いたまま微笑ではなく美笑を浮かべる隊長様に本当に胃薬が手放せない毎日を過ごすことになった私の悲痛な叫びが医務室に響いたのだった。
れ、恋愛ものって難しい…!誰か私に胃薬をっ(笑)