航空適正
あと一機。
ミーナが仕留め損なった様だ。
旋回のあと、こちらに機首を向けてくる。
スロットルを上げ、迫ってくる。
セオリーで来るか?
スロットルを開ける。
ヘッドオンで近づいてくる。
すれ違う瞬間、スプリット・S。
Gが掛かる。
「うぅぅ……」
声が漏れる。
頭痛。
顔を歪めた。血が下っていく。
吐き気。
そのまま3/4アウトサイド・ループ。
終えたところでクォータ・ロール。
敵の頭上に覆いかぶさっていく。
ハーフ・ロール。正立に戻す。
速度が速い。このままではオーバ・シュートする。
プロペラをフェザリングに。逆ピッチは強度的に無理だった。
吐き気を堪えながら送信ボタンをおす。
「う……撃墜」
吐き気で死にそうだ。
* * * *
着陸して、トイレに駆け込んだ。
口から胃液が出るのを抑えられなかった。
赤い液体が混ざる。
額に手を当てる。熱い。熱が出たようだ。
気持ち悪い。
後ろの壁に靠れる。汗で濡れたシャツが背中に当たる。
トイレを出ると、ミーナが壁に靠れ掛かりながら待っていた。
「大丈夫?どうしたの?」
訊いてくる。しっかり言ったほうがよさそうだな。
「実は……」
「実は?」
「実は俺、Gに弱いんだ。航空適性がない」
航空適正……要するにパイロットになる素質だ。ミーナみたいな猫獣人には適正があることが多い。逆にイヌ科は適正が無いことが多い。その代わり地上戦ではイヌ科が強いらしい。
その中で湊は適性が無い。技量は有る。機敏性も判断力も有る。何が無いか。耐G能力である。
「はっきり言って6G以上は無理。4Gなら辛うじて5秒は耐えられる」
「それは……」
ミーナが哀れみを込めた目で湊を見る。ミーナが普段急旋回を使う時に掛かるGが7G。急速離脱が9G。急降下爆撃機が引き起こし時にかけるGが最低でも5G。それも5秒以上は掛かる。
つまり、湊はパイロットにならない。なれない。使い物にならない。
「えーっと、整備士としては優秀だし?技は凄かったし?」
「慰めが痛い」
「うぅ」
「……」
「……」
沈黙の蚊帳が降りる。
「……えーっと、貞操の危機脱却おめでとう」
「……ありがとう」
「……」
「……」
気まずい沈黙。話題の転換に失敗した。二人をますます重い沈黙が包む。
これがもうちょっと色気の有る沈黙だったらいいのになぁ、と頭のどこかで考えてる。
「えっと、菊染良かったよ?」
「今後継機のプッシャ計画中」
「期待してます」
「休ませていただけるとうれしいです」
「あ、ごめん」
「うん」
湊はふらふらあるきながら格納庫に戻った。割り当てられた自室に戻らないあたり徹夜作業が板についている。