離陸
菊染二機がエプロンに並んでいた。
「ここまで来ると壮観だなぁ」
正式塗装の飴色に塗られた菊染。冗談ではない、断じて。
風が通る。向こうからファンタス二機が降りてきた。勿論、僕らの機体ではなく元の飛行隊の機体だ。
「あーあ。あれに乗れたかもしれないのに」
正直、一撃離脱に徹しない限り菊染に勝ち目はないともうけどな。チャフは搭載済みだし、プラマイ22.5度なら後ろにつかない限り撃てない。第一撃をチャフで躱したら種無しスイカだと思うが。
菊染にはオート・スタートが備わった。つまり、パイロット一人でも始動できる。
「「ちょっかい」から戻ってきた奴だな。島一つくらいどうでも良かろうに」
「同感」
全く、迷惑な限りだ。子供染みている。正式な領空、領海と言うのは無い。領地があるだけだ。島一つで揉めている。特に実害は無かろうに。面子の問題だろう。
今日は訓練。ファンタスと戦う。
向こうから二人のパイロットが走って来た。一人はがたいが大きく、一人は優男だ。
「え?スクリプトで戦うのか?勝負になる?」
「降参するのは今のうちだぜ」
なんとまあ、威勢の良いパイロットだ。
「墜されてからはいい訳は無し」ミーナが二人を睨みつけて言う。
「お転婆な小娘だな。負けた方が勝った方のいう事を聞く、ていうのは?」
「……上等」
「おーい」
話がヤバイ方向に進んでいたので声をかける。
「へっへっへ。ベットの上では言い訳は無しだぜ?」
………時既に遅し。ちょっとヤバイ。
パイロットは去って行った。
「…………どうしよう」
「うん、どうしようも無いね」
ちょっと脅してやる。
「……………」
顔色を変えて震えている。楽しくなってきた。
「まあ、優しくしてもらうのを期待すれば?」
耳がビクッと震えた。そろそろ限界かも。これ以上やればセクハラかも。あ、もうアウト?
「まあ、お前が墜とされても俺は大丈夫だから、心配するな」
頭を叩くように撫でる。まあ、大丈夫でしょう。異世界風情に航空力学的空中戦を教えてやろう。
だが一つ大切な大切な大切な大切な問題がある。
「俺、菊染初飛行だ」
やばいな。特性は掴んだし大丈夫だろうとは思うけど。
滑走路に並ぶ。ミーナが一番機。本来は湊が隊長だがミーナの方がよく飛んでいる。
「ミィ、対面同高度で始める。相手は速度で食らい付こうとするから降下旋回で追い抜かせて速度をつぶす」
『一気にターンで後ろとったら良いんじゃない?』
「それだと逃げられたら弱い。確実を選ぼう」
『了解』
スロットルを徐々に開く。操縦悍を引いていく。意外と浅く上がる。
「ちょっと慣熟飛行していいか?」
『…………』
返事が無い。
『いい、もう戦力外認定していい?』
「いったな?経験だけのミィと航空力学に基づいた飛行をできる俺とどっちが戦力外かな?」
ちょっとイラッとしたので言い返す。こっちにはラジコン機を飛ばした経験で言えば二割も三割も上だ。ダクト機のデリケートな舵、ファンフライの不安定感、ピュア・グライダーの風、スケール機の非効率感。ラジコンのほうが実機の操縦よりずっと難しい。
『来るわ。言い争ってる場合じゃない』
「はっきり貞操の危機ですって言えば?」
『……っ!』
隣の菊染が揺れる。
「俺が右にブレイクする。行くぞ」
すれ違うコンマ三秒前、操縦桿を倒しながら引く。
バレル・ロール。それもハーフで90度旋回しながら。
相手は二機ともこちらに来た。
『へッ!整備士相手に時間かけるかよ!』
………………。
パイロットには整備士を見下す傾向がある。これはパイロットになれなかった人が整備士になること多いからだろう。勿論戦闘機の飛行には膨大なマンパワーが必要だ。整備士の努力の向こうに飛行が成り立つ。
息を吐く。相手は後ろに付きかけている。ミーナの叫ぶ声。
「エンジニア、なめんじゃねぇ」
機首上げ。機速が落ちた所で右ラダーと左エルロン。
アドバンス・ヨーで左主翼が失速寸前。相手も追随。でも……。
アップを緩める。右エルロン。
左主翼の気流が完全に剥離。空気の渦が剥離。
スナップ・ロール。失速横滑り横転。
木の葉のように翻る。
敵の後影。
「撃墜」
コールする。
『なっ!……いつの間に?』
「整備士相手に時間かけなかったな」
皮肉たっぷりに返してやる。
『……被撃墜』
相手が降りていく。
あと一機、まだまだ。