試験飛行
「後方」
「OK,エンジンチェック」
「チョーク!」
ミーヤは叫んでコックを捻る。コンマ五秒くらいですぐに戻す。
「エンジンスタート」
旗を上げた。あとにミーナが続く。
「イグニッション!」
ボッボッと紫色の陽炎が音を立てる。ビィィィンという少し湿った音。すぐに更にチョークを絞る。
ミーヤが操舵チェック。フラップも問題ない。走って主翼後縁でミーナに話しかける。
「いいか?」
「ええ。勿論」
ピトー管キャップを取る。旗を回す。ミーヤがキャノピを閉めた。機体の後ろに移動してチョークを外す。
ミーヤはステアリング操作を行い滑走路端まで移動する。向こうでネイチャーと【豚】が話し合っていた。時々ネイチャーがこちらに視線を向ける。意図的に無視。向こうへ行ってはいけない。本能がそう告げていた。
レシーバでミーヤに連絡を取る。
「ミィ、聞こえるか?」
『ええ、いつでも飛べるわ』
「着陸機が先だ。イガリスが着陸する。後方乱気流に注意しろ」
盛り上がってるところ悪いが、と頭に付けようか迷ったけど止めた。全然盛り上がってない。
イガリス双発中型旅客機が着陸する。双発機最大クラスといえる。中翼の大きな翼をたわませて着陸。この時点で湊は走って改造しに行きたくなるが我慢。ネイチャーの視線は無視。
菊染が滑走を開始する。そして、本来の三分の一ほどで宙に浮いた。
『な、何これぇ?』
ミーヤが叫ぶ。
「だから言ったろう、舐めるでないと」
少しだけ呆けてみる。
『……言ってないけど』
冷静なツッコミ、どうもありがとうございます。
菊染は旋回を開始。フラップは引き込んだようだ。脚はまだらしい。ネイチャーの視線は無視。
「脚引き込め、脚」
『ええっと、どれだったっけ』
「緑色の奴、円盤型の取っ手のレバー!」
『ああ、これね』
良かった。無事改造部分は上手く行った様だ。ネイチャーの視線は無視。
次、ローパス。
菊染は速度を上げて進入。フィレットのおかげで速度は増したはず。
加速。
加速。
あっと言う間もなく通り過ぎる。帽子が吹き飛んだのは無視。ネイチャーの視線も無視。
「OK、着陸しろ」
『え?足りないんだけど』
「いいから!」
ため息を吐く。ネイチャーの視線は無視。
着陸進入を開始した菊染。明らかに速度が速い。
「ミィ、速い」
『え?』
「いいから!」
一気にエンジン音が低くなる。ミーヤがスロットルを落としたんだ。
着陸進入。
「いいか?パワーで吊り上げろ。絶対に失速しない。35度でもいけるが、30で行く」
『……分かった。|目標≪ポイント≫は?』
「二つ目の畑だ。脚下ろせよ」
『…………OK。最終着陸進入、GO!』
今脚下げただろう、という言葉を飲み込む。集中を切らされたら困る。菊染はエプロンからの視界から消える。林があるからだ。普通の進入よりもずっと浅い。
【豚】がこっちを向いた。叫んでいる。墜ちたと思ってるのかも。
大丈夫。
林から出てきた。物分りが悪い【豚】に指を刺して教えてやる。
機首を起こした。けど、浅い。
「もっと起こせ」
『…………』
返事はない。
ほんの少し高起こし気味。でも大丈夫だろう。
フィレットによる揚力増加で滑り込む。
ただ、少し高すぎる。
「ミィ、下げろ」
何とか間に合った。セーフ。
着陸滑走を終えてこっちに来た。湊の前で止まる。
プロペラが止まる。チョークをはさみ、近寄る。
「いいか?」
ヘルメットを脱いだミィがこちらを向いた。茶と金の中間色の髪が揺れる。
「ええ、最高」
そりゃ良かった、と言おうとしたが【豚】が拍手をしながら来た。
「おやおやお嬢さん、今夜は家で一杯飲みますか?」
早!
セクハラ早!
一言目からいきましたよ。できれば天国に逝ってほしい。
「失礼。今夜は【軍人として】初飛行後のミーティングを行いますので」
固まったミィに代わって返事をする。
ポケットを探る。
近寄って、ポケットの中のものを渡す。
「お仕事、お疲れ様です。これでしてください」
魔石を握らせる。比較的何処にでもいる魔獣のものだが少なくとも娼館に行ける位の価値はある。
あーあ、これでも純真な中学生だったはずなんだけどなぁ、なんて考えてる自分に苦笑する。こっちの世界では【大人】じゃねえか。
何とか【豚】は帰って行ってくれた。ネイチャーが睨んで来る。あ、これは三時間説教コースかも。