おまけ 彼
眩しい日差し。
彼は、目を瞑っていたにもかかわらず眩しいそれに顔を顰めながら、寝転がっていた。役目を果たしていないサングラスが、視界を覆っていた。
轟音が頭上を通り過ぎる。影が一瞬だけ彼に圧し掛かった。
二か月ぶりの休暇を、特に何するでもなく浪費する。何もしない空虚な時間が好きだった。彼の二か月の労働は、今ちょうど頭上を飛び去ったところである。
六発エンジンの全翼機。YB-35に似た機体。実際、それを参考にして作られたものだった。高度12000mを飛行するその機体は、どうも南の国を攻撃するために作られたらしい。彼は、発注されたものを作るだけだ。二か月は、クライアントから報告された不具合を修正するために費やされた。
もう、生産ラインに乗っているはずだ。軍事機密などと言ってケチらずに大学にでも情報を公開してくれたらいいが。生憎、軍事産業というものが非常に閉鎖的であることを彼は熟知していた。そもそも、彼の専門は航空ではなく造船だ。造船をやらせてもらえたらもっと頑張れるのにな、と思う。
航空については、酔った研究仲間が教えてくれた。まあ、無駄になってないのだから人生何が利するかわからないということか。
エンジン音がして、寝転んでいた土手の上の道路に何かが止まった。ドアの開く音。
「いつまで寝ているのですか?」女の声。
「どうしようかな」
「起きられましたか」
「まだ決めてないんだが」
「あら、もうしっかりおきてますよ」
本当は、寝てなどいなかった。
「今日一日は休みなはずだがね」
「そのせっかくのお休みなのに、貴方全然構ってくれないのですもの」右やや後ろに誰かが座る。否、だれかなどはとっくのとうにわかっている。
「悪いね」サングラスを胸ポケットに掛ける。「何しろって?」
「家に帰って、お食事にしましょう」彼の肩に、白いほっそりとした手がかけられる。「ここ二か月、ずっと一人で食べていたんですよ?」
「俺も一人だな」
「お互い様ですね」
「いや、俺は困らない」彼は視線を女の方に向ける。「お前も実は困らないだろ」
彼女は口をとがらせて彼の方を見た。拗ねてしまったようである。
白いスカートが、風に揺れた。
「お仕事もいいですけど、少しは休んでくださいね」
彼は黙って、自分を指さした。私服姿である。
「ええ…………」彼女は苦笑する。「今言うのは、少し軽率でした」
彼女のいいところは、この素直さにあるだろう、と彼は思った。少なくとも、彼女の存在にかかるコストに比べて、得るものはすごぶる多い。
「わかった、わかった。もう帰ろう」
運転席に座ろうとしたが、そこには既に運転手が座っていた。微妙なアイコンタクトをして、後ろの席に座る。
彼女も、反対側から席に座る。そして、自分でドアを閉めた。
土手から見える滑走路には、残りの3機の機体が翼を連ねていた。
「あの飛行機が、貴方の仕事ですか?」
「うん。そうだね」
「大きいですね」
「まあ」
「何に使うものですか?」
一瞬、返答に詰まるが、さあ、とだけ返した。
彼女はそれきり黙った。
空気を読んだ運転手が、車を発進させた。




