部屋の中の二人
「王都内の木工業者で、貸切っても良さそうなのありますか?」
「うーん、わからないね。冒険者時代の伝手とかはないのかい?」
「鍛冶屋ならあるんですけど…………木工系になると、アクセサリー屋とかしかなくなるでしょう?商会に睨まれない範囲の工房がいいんですけど」
「ちょっと待っててくれ」部長は、机の上のボタンを押した。軍服の男が入ってくる。
「何でしょう」挨拶やもろもろをすっ飛ばして要件に入る男。実に効率的である。
「未所属の木工工房、覚えある?」
「まず、需要が低いか、利益率の低い物専門の工房を探すべきです」彼は胸元からペンとメモ帳を取り出す。安物の万年筆だった。「まず、日用品ですが…………これは商会が押さえている場合がほとんどです。ですから、そうですね…………子供向けの玩具を製造している工房に当たってみるといいかもしれません。ああいうのは需要のわりに特殊な工具が必要ですから、ほぼ手つかずというのが現状です」
「解った」部長が彼を一瞥すると、彼は何も言わず部屋から出た。「………というわけだ。わか………………何呆けたような顔をしている」
「……………理想的な部下だ…………一人ぐらいくれないか」ミーナの視線に気づかず、湊がこぼす。「まあ、いいや。早速当たってみるよ」
「待って」
「何だ?ミィ」
「私にも、外出許可を」
「OK。ああ、言い忘れてたけど次の試験飛行は俺がや―――がはっ」
視界が上を向く。頬に痛み。
後ろによろめく。視界には、拳を振りかぶったミーナと呆れ顔の部長。
「何を―――――――――」
「馬鹿にするのも、いい加減にして」彼女の声には、怒りが滲んでいる。
「馬鹿になんか………うおっ?」突き出された拳を何とか掴む。
「ミナト………」部長が呆れ顔で言う。「今の、エンジニアに『お前の怖いから自分で作るわ』って言ってるのと同じ」
それは腹立つな。
「私は、飛ぶのは怖くない。死ぬことだって織り込み済み」ミーナが珍しく長々と喋る。「だから、エンジニアは飛ばすのを怖がらずに、死なせることだって織り込むべき」
湊は黙って頭を掻き、窓の外に目を向けた。
「…………安全ってのは、危険の反対語じゃない。唯の動詞だ」窓から、ミーナに目を向ける。「殺すことを織り込み始めたら、エンジニアとして終わりだと思う」
ミーナの顔が渋くなった。気に食わないらしい。
「エンジニアに『死なせることを織り込め』っていうのは………」湊は部長に目を向ける。「パイロットに『どうせミスるから真っ直ぐ飛んで』っていうようなものです」
二人を丸め込んだ湊は、悠々と街の工房探しに出かけた。
普通、こういう時はグーじゃなくてビンタなんじゃないかなと遅まきながらに考えながら。
「………………で、どう思った?」部長はミーナに訊く。もちろん。湊のことだ。
「…………自分の代わりになる人材が必要だと思いました」
「それだけ?」
「はい」
「今の残りの二人じゃまだ足りないと?」
「はい」
「そうだね…………あの飛行隊は湊が行動しやすくするためにできた。飛行隊が足を縛っちゃ…………ね」
「…………………」
「彼も……」煙草に手を伸ばしながら部長がぼやく。「色々わかってくれるといいんだけど」
沈黙。
部長が煙草に火をつけた。
「それ…………」ミーナは煙草を指して言う。「吸ってみてもいいですか?」
「やめておいた方がいいよ」ちらりとミーナを見ながら部長が言う。「どうして?」
「ミナトが吸っているので」
「君のお父さんは?」
「吸っていませんでした」
「そう」
「体に悪いって言われるからね。吸わない方がいい」
「ならどうして吸うんですか?」
「|あれ≪・・≫は吸ってたっけ」
「はい」
「なぜか言ってた?」
「約束だから、と」
部長は驚いたようにミーナを見る。
「そっかあ」部長は煙を吐き出した。ゆっくりと。「あっちも、色々分かってくれるといいんだけど」
「じゃあ」
「うん。パーソン・ネイチャー大尉によろしく」
「解りました。メイ・レイリン・フォルスタージュ中将」
また、間に壁があるような言い方をして、二人は別れた。




