デブリ
「み…………ミィ……………………」いろいろ言いたいのを飲み込んで、とりあえず敬礼する。
返礼。切れのある動きに歪みはない。
「ミーナ・モーガン飛行中尉、ただいま到着しました」
「ご苦労。じゃあ、始めようか」
「?何を」
「もちろん、」彼女は湊に顔を向けて言った。「デブリーフィングをだよ」
「まだやってないから」ミーナは視線をそらした。
「………わかりました」照れを隠しながら、必死に真面目な顔を取り繕う。
照れて誤魔化すのは、彼らに失礼だろうから。せっかくここまで準備してくれたんだ。なら。
彼はバッグの中に手を突っ込んで、その中の紙を全部引っ掴んで机の上に置いた。
「まず…………」彼はミーナに席を譲り、机の横に移動した。「今回の事故の原因…………の前に、瞬滴の機首構造について」
彼は機種だけ大きく描かれた三枚の図を出した。それぞれ、横、上、下から見た図だ。
「ここがノーズ・コーン。その下に、切り取ったようにインテークがある。バランスをとるためにこの機体はそこそこ機首が長い。この長さを生かそうと思って、俺はこの機体にLERXを付けた。ストレーキというやつだ」
「ストレーキ?」
「そう。ストレーキ。高迎角時にここで発生した渦が翼面上を流れて失速を防ぐ。簡単に言うと、こいつが……………この渦が垂直尾翼にぶち当たったんだ」
元の世界の例では、F/A-18A・Bの例がある。機種に大きなストレーキを配したこの機体は、そのストレーキの渦が垂直尾翼を直撃してクラック(亀裂)を発生させるという不具合を起こしている。この事例では、LERXフェンスという突起で渦の発生の仕方を変えて対処した。
「ただ、これだけじゃちと弱い。ただ、この機体はピッチがややピーキーだ。ラダーを踏み込んだ瞬間、機体は右に向く。このとき、左主翼は前進するし、後退角が減るから、左主翼の揚力が爆発的に増大する。これで、機首が急激に上がった。相当な力だっただろうな。ミーナが気絶するほどだ。下手すると15Gとか、それぐらいかかってたかもしれない」
「じゃあ、それを直せば解決?」
「いや。シミュレーションの結果、これだけじゃ尾翼は折れない」
二人は不思議そうな顔をする。
「じゃあミィ。菊染に乗っているとき、急激な引き起こしをするとき、どうしてる?」
「操縦桿を引いて……………」彼女は足を延ばし、身体をやや傾けて搭乗姿勢をとった。「左ラダーを踏み込む」
「そう。プロペラは回転体だから、ジャイロ効果で回転方向90度ずれた所にに加わった力が働く。それを打ち消すために、パイロットは普通上昇するときは左ラダーを踏む」湊はキセルを取り出して、煙草を詰める。「じゃあ、水平に戻すときは?」
「右」
「そう。でもね。この機体にはそんなでかい回転体はないんだ」ミーナを見て、湊は続ける。「機首を下げたとき、意外と早かっただろ」
「ええ」
「だから、右への踏み込みが強くなった。ヨーのテストの時、機体はすでにやや右に機首を傾けて飛んでいたんだ」
彼は、違う5枚の図を順番に並べた。
「これが、やや右に機首を飛んでいる状態。渦はわずかに尾翼に当たっている」湊は、二枚目を指す。「右に傾いて」三枚目。「機首が上がり、瞬間的に強力な渦ができる。これが、最大15Gの荷重に耐えている垂直尾翼を直撃する」四枚目「尾翼を失う。重心が前に移動して、一時的に水平に戻る」最後に、五枚目を指した。「そのままくるくる回転して降下」
「でも前進していたから、軸が傾いた、と」しばらく黙っていた部長が言う。
「そう。幸運だったのは、回転が速かったことと、ほぼ機体が水平だったこと。ジャイロ効果で、軸がある程度固定されたんだ」
「解決策は?」
「一つ目が、ストレーキを失くす。性能が下がる」
「一つ、てことは別にあるんだろ?」
「もう一つは、元の世界の戦闘機のように、LERXフェンスを付ける」そこで、言葉を切った。「でも、こっちには高圧風洞も優秀なコンピューターもない」
「高圧風洞、ていうのは?」
「高圧の空気を流す風洞。フルスケールとの誤差が少なくなる。それでも、かなりの数試験することになると思うけどな」
「実は、エルフを二人ほど借り受ける話がついている」彼女は笑う。「風の精霊魔術なら余裕だろう?」
「やりましょう」即断。「その二人、うちのハンガーに放り込んどいてください。やりましょう」彼もまた笑った。




