弛緩
「と、言う訳ですっぱり諦めて泣きつきに来ました」
「…………………………………」彼女は眉間を揉み解して溜息をついた。「つまりさ、どういう保護を検討しているんだい?」彼女、もといメイ・レイリン・フォルスタージュは目の前の男を睨みつけた。
「あのいけ好かないおっさん、どうにかしていただけませんか」湊はあっさりそう吐き捨てた。「経緯はアポの時に伝わっていると思いますが」
「………………別に攻めるわけじゃないが、上とは余りもめ事を起こさないほうがいい」彼女はパイプに手を伸ばしながら言った。「それに、私もあまり認めたくはないのだけど、おっさんの言ってることも必ずしも間違っていることじゃないんだよね」わかるだろう?というように湊を見つめる。
「そんなもんですか」
「ああ」彼女はいやに簡単に肯定した。「パイロットを消耗品のように見ている奴が多いのは事実だし、じゃあ長く使えるのかというとそうじゃない」
「そんな危ないものでしたっけ」整備士として見ている分にはそんな気はしないのだが。
「この空軍で、満期まで生き残っているパイロットは4割に満たない。もちろん、母体数が少ないのもあるがね。初期の飛行機の惨状は君も知っているところだろう?どうだったんだ、君の世界では」
「戦時中で、平均余命半月でした。少し前の時代のデータですが」湊は顔をしかめる。「いまの技術水準と平時ということを照らし合わせれば、まあ………」
「今回のことに関しては何も言わない」彼女は断言した。「保護もできるだけしようか。もちろん、フェインダースへの技術提供も認める」
「ありがとうございます」
「そのうえで、だ」彼女はパイプに火をつけた。「パイロットは、これから必ず死ぬ」
静かな部屋に、やけに響いた。
「君が産業側の人間で、使用側から一定の距離を保つんなら、通達される事故報告と顔を突き合わせていればいい。死ぬ奴と仲良くなることもない」
彼女の眼は、そらされずに湊を捉え。
湛えられた真剣さが光を反射していた。
「第一実験飛行隊、いいと思うよ」でもね、と続ける。「死ぬんだよ。どんなに整備に気を付けたって、どんなに安全な飛行機を作っても、絶対に誰か死ぬ」
「ええ。それはわかって——」
「解ってない」被せられる。「何一つ解ってないね。じゃあ、ミーナが特別だったのかい?」
「ええ。彼女はパイロットとして優秀――」
「用意していたようにペラペラと」彼女は苦笑する。次の瞬間、彼女の顔から表情が消えた。手を組んで、その上に顎を載せる。
「なら、逆に」パイプが灰皿に置かれる。「誰なら、死んでいい?」
ミーナ・モーガン、ザイル・イーラ、ネイア・レイズと、名前が読み上げられる。彼女は、再び目をこちらに向けた。
「誰ならいい?」
沈黙。
計算上、この中から1人死ぬのか、と考える。
「君がそれに耐えられないなら、フェインダースあたりに紹介状を書こう。覚悟もなしに在籍されちゃ、こちらとしても迷惑だ」
「場合によっては、試験毎に違うパイロットを派遣してもいい」
いっそ初飛行は自分で乗ってしまおうかとも考える。
湊は頷いた。「話は分かり………いえ、把握しました」
「ならいい。最後に一件」彼女は表情を戻して、姿勢を戻した。
「ミーナ・モーガン飛行中尉の魔法薬はもう投与済みだ。君は君個人への報酬なしに技術を提供すればいい」
「……………………え?」ここまで根回ししたのに?え?もしかして、騙された?
「フフ…………軍は魔法薬は安く仕入れられるが、フェインダースへの技術提供の費用はそれとは関係がない」
「?」話がよく分からない。
「軍が安くパイロットを治す。君はフェインダースに技術を提供。その見返りを、軍が受け取る。軍は魔法薬と技術提供費の差額を儲けるってわけ」
なんか、力が抜ける。「それならそうと………」息を吐くのに混じるように声を出した。
悪戯をした子供のような顔で、彼女は笑う。「さあ、もう入っていいよ」
「失礼します………………湊」飛行服にみを包んだミーナが、空いた扉の先に立っていた。




