決裂
湊がキセルを吹いていると、ハンガーのシャッターを潜ってスーツ姿の男が、チャフを伴って入ってきた。
チャフを伴って入ってくるということはかなり上の地位だろう、と思ったミナトはキセルを置いて敬礼する。
「人事部のジェイル・イステールだ」返礼しながら男は答える。
「トオイ―」
「ああ、君のことは知っている。今回は君の部下のことで来た」ジェイルはさえぎって言う。慇懃無礼な感じである。いけ好かない。
「部下、ですか」彼の部下は三人しかいない。
「君の…………」彼はメモ帳を取り出して続ける。「ミーナ・モーガン飛行中尉のことだ」
湊は唾を飲み込む。
「今入院中で、規定内の治療では復帰は難しいという判定が出た。その補填について、打診に来た」
「…………そう、ですか」何とか絞り出す。
「一人、丁度浮いているパイロットがいた。貴族出身で、2年目のパイロットだ」
「あの」
「飛行隊に貴族出身のものがいるのは箔を付けることになるからな。悪くはないだろう」
「自己負担の場合、完治したらパイロットは復帰できますか?」
「…………必要なのはB+級の魔法薬だ。君に払えるものではないだろう」
「払えると思います」
B+級の魔法薬は平均的な年収の3倍する。日本円で1500万円ぐらいだろうか。
「規定では、半年なら有給、1年以内の復帰なら無給で許可されている。復帰できなかった場合、退職金は出ない」
「なら、大丈夫だと思います」
「先生」チャフが口を挟む。
「なんだ?」
「僭越ながら、口を挟ませていただくと…………。事故にあったもの一人一人救っていたら持ちませんよ」
「誰も彼も救うわけじゃない。ミーナ・モーガン飛行中尉は操縦技量では卓越している上、実験機の経験もある」
「替えが利くと思いますが」
「替えは利かないな」即座に返す。残骸を指さして言う。「替えが利くなら、こいつには別の誰かが乗っていたはずだ」
詭弁だった。だが、チャフは突っ込まずに引き下がった。
「チャフ、一つ要件があるんだが、聞いてくれるか?」
「なんですか?」
「滑走路が作れないような無人島でも運用できる航空技術、いくらで買う?」
「…………!それは…………………」
「まて、軍事機密漏洩になるぞ」ジェイルが口を挟む。
「なりませんよ。なにせまだ存在しない技術ですから」飄々と言う。
「…………技術開発機関の技術者には、技術を軍へ優先的に提供する義務がある」
「第一実験整備飛行隊は技術開発機関ではありません。正規の【技術開発費用】を受領しているのなら別ですが、正規予算のほかに受領しているのは【新規部隊支度金】のみです」
ジェイルは湊を睨みつける。
「整備士官は軍事技術を口外しないという規定がある」
「残念ながら…………」湊は胸のウィングマークを見せる。「私は飛行中尉です」
どうしても権益を譲りたくないジェイルは矛先をチャフに変えようとする。
「そんな技術を個人から買い取ったら、フェインダースは軍から干されることになるぞ?」
「それは…………」チャフは湊とジェイルを交互に見た。湊はニヤリと笑って割って入る。
「なら、フェインダース以外の民間産業に売り込みましょうか」
「大手は軍が抑えられるぞ」
「中小企業で十分です」湊はさらっと答えた。「1年もしたら、大手になりますよ」
今度はチャフがぎょっとして湊を見た。
「先生…………一枚噛ませてくれないと…………」
「ジェイル殿次第ですな」湊はちらりとジェイルを見て、わざとらしく言った。
「トオイ飛行中尉」ジェイルは湊を睨みつける。完全に敵とみなしたようだ。「相応の対処を待つことだ」
「楽しみに待っていましょう」白々しく言った。
ジェイルは立ち去った。
「先生、大丈夫ですか?」
「うん……………たぶん大丈夫」頭の中で人脈を掘り起こす。「最悪、国外――ムグっ!?」
「冗談でもそういうこと言わないでくださいっ!聞かれたらどうするんですか」
「まあまあ……………」




