苦悩と覚醒
湊はペンを咥えたままベッドに倒れこんだ。
原因は、まだ分からない。
二号機は仮組み立ての段階で止まっている。
考え付く限りの原因は検証した。
エンジンにも、操舵にも問題はなかった。
構造上、強度的にも問題はなかった。
八方ふさがりだ。
まず、パイロットの人為的なミス。
テスト飛行として完璧な飛行だった。墜落時脱出できなかったのはそれだけのGがかかったからだと考えられる。これは墜落原因に関係ないので、ボツ。
次に、天候。
見事なほどの晴れで、無風。大気は安定していた。
最初、マイクロバーストかとも考えた。高高度から冷たい空気が地面に叩きつけられるようにして起こる下降気流だが、当時の天候状態からその兆候は発見されていない。
次に、機械的な故障と、整備不良。
この線も薄い。
試作機ということで、通常の十数倍のマンパワーが投入されたのだ。この状態で整備不良というのは難しい。機械故障も、初期不良はチェックで弾かれ、初回の飛行では疲労は蓄積しない。
最後に、設計上のミス。
一番ありえそうな原因だと思える。だが含んでいるものがあまりに多すぎる。
胴体なのか、主翼なのか、尾翼なのか、エンジンなのか、操縦系統なのか、車輪なのか。
今回の機体構造は画期的だった。
画期的過ぎて、どの機構に問題があったのかまるで見当がつかない。
それでも、彼は一つ一つ潰した。
残骸をひっくり返した。
胴体枠を拡大鏡で一つ一つ確かめた。
主翼の外板を剥がし、桁を点検した。
尾翼構造を入念に観察した。
エンジンを分解し、こびり付いたオイルをこそぎ取って検査に回した。
操縦系統のワイヤを強度試験にかけた。
車輪の部品一つ一つを可能な限り元に戻し、動かしてみた。
だが、すべてに異常はなかった。
尾翼の損失で安定を失い、飛行できないことも分かった。
事故原因は、尾翼の損失。
ただ、その理由だけがわからなかった。
この4日間で、彼は完全に意気消沈していた。
用意された部屋で、電気も点けずに考えていた。
* * * *
「………………………んにゃ…………」
鼻をつく嫌な臭い。
遠くで、キャスターが転がる音がした。
眠気はなかった。
ただ、体が重かった。
周りを見回してみる。
無機質な病室。
キャビネット。その上に置かれたビニル装丁の冊子。空の花瓶。ハンガー。ナースコール。カーテンと窓。
少なくとも、軍の施設ではない。
体を捩って、ナースコールに手を伸ばす。
少し気分が悪い。
ボタンを押し込む。
耳障りな音。少したって、看護師が来た。
「ああ、起きられましたか」
見てわかるだろう、と思いながら頷く。左腕と右足に包帯が巻かれていたが、痛くなかった。
体を起こそうか迷ったけど、なんとなく止められる気がして止めた。
「何時?」
「ええっと…………」彼女は袖をめくり、手首を返して腕時計を見た。「3時です」
少しだけ沈黙。
「何か飲まれますか?」
「水を」行ってから、おなかが減っているのに気づいた。「あと食べられるものがあれば」
「解りました」彼女は出ていく。
しばらくして、銀色のカートとともに、看護師と医者が来た。
「いかがですか?」
「問題ありません」部屋のことか、身体のことか、看護師のことかわからなかったけどとりあえず答えた。
看護師がテーブルを出して、食事を並べた。
「いつ退院できますか?」
「少なくとも、現時点でも日常生活レベルには支障ないでしょう」
「運動は?」
「今、魔法薬を取り寄せているところですが………それがあれば」
「公費になりますか?」
「それは何とも………」医者は苦笑する。
体を起こす。
「では」
「何かあれば、およびください」
二人は病室を出た。
袋からプラスティックのスプーンとフォークのあいの子みたいな食器を取り出し、食べ始める。
まずい。
このタイトル、バトルものだったら別の意味を持ちそう。




