現場
壁に寄りかかるようにして、ネイアが立っていた。
「ミナト!?」
「ちょっくら行ってくる」
「わかった」気を取り直したネイアが答える。
「中入っていいがセクハラするなよ」
「マグロに何したってつまらないじゃないか」駆けだしたので、何を言っているかは聞こえなかった。
聞こえなかったったら聞こえなかった。
普段通りの掛け合いに、少し心が軽くなった。
* * * *
現場は、ほぼ完全に保存されていた。
周りを警備兵が取り囲んでいる。
機体は左に傾いて佇んでいる。
湊は機首から左回りに見て回った。
右翼は、付け根付近からバックリと折れて胴体にかぶさっている。
ちょうど個体ロケットブースターをつけるところだ。
破断面を見る。ブースターを取り付けるためのパイロンと一体になったリブがむき出しになっている。
一番太い主翼桁が折れているが、そのほかの細いものは曲がっているものが多かった。
断面を確認する。少なくとも、金属疲労ではない。
延性破壊のようだ。
破壊されたのは衝突時だという証明。
垂直尾翼はもぎ取られたようになくなっていた。
ただ、すべての桁が右方向に曲がっている。
胴体後部はかなりきれいに潰れていた。
排気口が三角形に歪んでいる。
左翼は先端が地面にめり込んでいた。
外板はめくれ、桁だけが深く入っている。
上に反ってはいたが、比較的きれいだ。
ピトー管カバーもちゃんと外れている。
おそらく、尾翼を失くした時にバランスを崩し、不規則のスピンに入り、エンジンが緊急停止して落下。
ただ、慣性の法則で一方向に進んではいたようだ。
地面に衝突した時は丁度進行方向に対して右を向き、右翼を下げた状態だったのだろう。それも、かなり深い角度で。
右翼はかなりいいクッションになったはずだ。
反動で左に傾き、左翼を地面に突っ込みながら停止したということだろう。
続いて垂直尾翼を見に行く。
尾翼は、かなり特殊な壊れ方をしていた。
全体的に、右に曲がっている。しかも、下部から上部に向かってに左周りにねじれている。
なんとなく、ラジコン飛行機が墜落した時のことを思い出した。
直せないような深手を負ったときは、『火葬』するのだ。
サーボや、バッテリーや、受信機、アンプにモーターを剥ぎ取って、
火に突っ込んで燃やしてしまう。
作るのはあんなに難しいのにな、と思ったのを思い出す。
剥ぎ取った大切なものは、ちゃんと元通りになるだろうか。
* * * *
結局、回収できた部品はすべて格納庫に入れた。
その前に、部品が落ちていたすべての地点に、部品の名前を書いた旗を立てた。航空機事故の時に用いられる代表的な手法だ。
旅客機の事故の場合遺体の位置にも旗を立てたりするが、今回はない。
部分的とはいえ空中分解したにしては、破片も何もかなり密集していた。
爆発しなかったせいだろう。
ラムジェットエンジンは部品が少ないため、機械としての比熱が低い。
熱しやすく、冷めやすいというわけだ。
隣の仮組まで終わらせた二号機と並べると、かなり違和感を感じる。
尾翼が破断した理由は何だろうか。
頭の中で様々な可能性を検討する。
例えば、尾翼ではなく、ほかの部分の破損の衝撃で破断した場合。
代表的な例として、御巣鷹山の123便の事故があげられる。
圧力隔壁の破損と、それに伴う急減圧で垂直尾翼が吹き飛ばされたB-747は、安定性を失い、墜落した。
尾翼が吹き飛ばされるような破壊があればこの仮説もあり得るが。
エンジンの排気口も墜落の衝撃で潰れてはいたがそれ以外はいたってきれいだった。
次に、何か衝突した場合。
バードストライクでは少々弱い。
ミサイルとか、それに類するものなら簡単なんだが……。
それが当たったにしては垂直尾翼があまりにきれいすぎる。
他は単純に強度が足りなかった場合。
だが、瞬摘は通常の航空機のように細く絞った胴体後部に垂直尾翼がついているわけではない。
太い胴体にがっちりと固定されている。
また、尾翼・主翼もスピットファイヤのようにボックス構造で作ってある。
前縁は桁を箱のように配置し、強度を高める。
後縁に向かって三角形を作るようにリブを伸ばしたら、桁を通して、外板をかぶせる。
ジェット戦闘機並みの速度にも耐えられる構造である。それでも折ったというのは相当な力だ。
強度的に十分以上の強度があったはずである。
むしろ、かかったエネルギーに目を向けるべきだ。
考えたくはないが、風魔法による妨害工作も考えられる。それにしては正確すぎるので可能性は少ないが。
夜も深く。
考えたことを、格納庫に並べたホワイトボードに書きなぐっていく湊を、機体の残骸だけが見守っていた。
墜落の原因は何なのか。
わかったら、活動報告までお願いします。
解決まで長くなるかな……。




