するべきことは
白い。
眩しい、と思った。
白いのに、透き通っているような、
拒絶の抜けた、白。
瞬摘はどうなっただろうか。
頭がガンガンと。
響くように。
………………。
そう、瞬摘。
加速も、速度もすごかった。
ピッチがややピーキーかな。
後で言っておかなきゃ。
ロールは合格点。
あれ以上早いと寧ろ扱いずらいだろう。
ヨーは…………。
どう、だっただろうか。思い出せない。
ラダーを試した瞬間、
視界が黒く染まった。
そのあとは、シートベルトを引っ張られたことだけ、記憶に残っている。
何だったんだろうか……………。
* * * *
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
頭痛。
手からも血が出ている。
さっきペンを握りしめた時に切ってしまったらしい。
視界も歪み、揺れている。
でも、足を止めなかった。
「はぁっ、はぁっ、……っはぁ、はぁ、はぁっ」
遠隔操作で脱出できるようにしておけばよかったのにと、自分の一部が自嘲した。
後ろで、遅れて何人かが走り出すのが見えた。
煙は上がっていなかった。
一直線にかけていたつもりだったが、やや右にずれていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
走る。
遅れて、尾翼が落ちた。
湊は、その先。
機体の墜落地点へ。
左を向いて、落ちている。
右翼が折れて、コックピットを隠していた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
見るのが怖くなった。
幻聴。
知り合いのパイロットの幻聴。
『計器盤に頭ぶつけて、ほぼ丸々潰れていてなぁ。葬式もできへんかったって』
恐怖を振り切って、ストレーキに飛びつく。
ミーナは、計器盤にもたれ掛かるようにしてとまっていた。
コックピットを、レバーを引いて吹き飛ばす。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ミィ……」
脈は、まだ残っていた。
「治癒術師!」
ただ、今は…………………。
* * * *
「ミナト……………」
「ん?あぁ……、ザイルか」
「隣、座るぞ」
「あぁ」
ベッドに横たえられた、飛行服のままのミーナを見る。
あの時、咄嗟に編んだ魔法は身体強化だった。
だからこそ、首も足ももげずに五体満足でミーナが生き残ったわけだが。
包帯から血が滲んでいる。怪我は、深い。
「どうだ?ミーナ中尉は」
「見ての通りだ」
「いや……」また、沈黙。「治癒術師はいたって聞いたが」
「一命は………」後半になって、声が出なくなる。「目を覚ますのを待つと………」歯を食いしばる。わかってたはずだ。こうなるかもしれない事は。
肺が小さくなったみたいだ。息が苦しい。
「そうか」
「もしかしたら………………」言葉が、継げなくなる。
もしかしたら、
もしかしたら、ミーナはもう、飛行機に乗れなくなるかもしれない。
「なあ」
「ん…なんだ?」突然の言葉に、少しどもる。
「機体か?」
唾を飲み込む。
問われているのが、原因についてだということはすぐに察した。だが、
何も言えない。わからない。
「プロペラも水平尾翼も」
「それは違う」被せるようにして言う。
「問題が起きたのは、ヨーのテストの時だ。水平尾翼も、プロペラも関係ない」
「まるで用意してたみたいに流暢だな」ザイルの、冷たい声。
「ああ……………考えてたからな」
「残骸も見ないでか?」
「なんだ、やけに刺々しいな」少しおどけるふり。できていたかどうかは、わからない。
「ああ」
肯定するとは思わなかったので、少し驚く。
「お前こそ、てっきり残骸に直行するもんだと思ってたけどな」ザイルは続ける。
「同僚をほっとけるか」湊はそう言うが。
ザイルはやや苛ついた様子で、湊を睨みつけた。
「回りくどいのは面倒臭いから言うが、とっとと墜落現場に行って来い」
「は?」
「ミーナがどうか知らんが、俺が試験機で墜落したら俺より事故検証を優先しろ」
絶句する。唐突で、消化できない。
「だから、早く行って来い。お前の仕事はここにゃ無い」
ため息をついて、考えた。考えてみれば、確かにそれが正しい。
「ミィに拗ねられたらお前が機嫌取れよ」
言われるがままはすこし気に食わなかったので、そんな憎まれ口を叩いて。
湊は病室を飛び出た。




