瞬滴
ミナトが王都に行ってから一か月。ネイチャーは格納庫に向かって歩いた。
心の中で変人の巣窟と呼んでいるその格納庫は、滑走路の端にあった。デスクに積んである書類を思い出して、車で移動すればよかったかと思う。今から引き返したらそれこそ無駄なので歩くが。
シャッターは閉まっていた。もうそろそろ春だが、まだ寒い。
シャッターを開けるのも面倒くさいので、隣の扉を開けて入る。
死屍累々。
暗闇の中に、三人の肢体が転がっていた。
鼻につく臭いが漂っている。
…………誤解を招く表現をしておいてなんだが、ただ居眠りをしているだけである。
「おい、起きろっ」叫ぶ
軍人らしく、二人は飛び起きた。……一人の少女を除いて。
「中尉、ミーア・モーガン中尉!」
ゆっくり起きて、恨めしそうな目でこちらを見てくる。やがて、非常にゆっくりとした動作で敬礼。
「二時間後離陸して、王都へいく。質問は?」
「着陸地は?」ザイルが訊いてくる。元の部隊ではチャラけた奴だったが、ここに来てからやや苦労人ポジションに収まりつつある。
「フェインダースの社用飛行場だ。」
「なんで?」ミーナがこちらを睨んで言った。そうか、そんなに眠りたいか。
「試験飛行だ。また湊が向こうで妙な物を作ったらしい。テストパイロットをやる奴がいないから来いという事らしい」
「それはまた、なんでだ?」ネイルが訊いてくる。「王都のパイロットは操縦桿を握れないのか?」調子の外れたジョーク。
「どうも……」華麗にスルー。「尾翼とプロペラが無いらしい」
格納庫の中を沈黙がつつんだ。
ミーアの菊染が滑走路にランディングするのを湊とチャフは見ていた。
「先生、信頼できるパイロットが来たようですよ」
「茶化すな……流石に彼を載せるわけにはいかんだろう」
湊はそっと後ろを盗み見た。憔悴した様子の男がこちらを睨んでいた。今朝テスト機に乗ることを泣いて拒否したパイロットである。
流石にちょっと傷ついた湊ではあったが、ミーナあたりを載せたらいいんじゃないかという非道……もとい、素敵な考えで呼んだのだ。「乗せる」ではないあたり、徹夜のストレスで螺子が飛んでいる。
菊染がタキシングしてくると、スクリプトとの違いに気づいたチャフがエプロンへ飛び出していった。ミーアがそれを気持ち悪そうに避けてこっちへ来る。
「ん」
「ん、来たか。隣のハンガーに入ってる。今日は軽く振るだけだ。6G以上は今日は厳禁。質問は」
ミーナは小さく首を振った。
「ミィ」
「………?」彼女は小さく首をかしげた。
「気を付けろ」湊は声を潜めて言った。「今回のは、今までのとは勝手が違う。ロケットエンジンでスタート。離陸して、所定の速度に達したらスロットルを出せ。異常を察知したらすぐに脱出しろ。用心に越したことはない」
「そういうのは」彼女はようやく口を開く「まともな飛行機を作ってから言って」湊はジョークだという事に気づくのに3秒かかった。…………正確には湊がジョークだと誤解するのに、だが。
ハンガーの中に鎮座する機体。
ミーナにはそれが飛行機だとは思えなかった。
どちらかというと、潜水艦か、エイに似ている。
左右翼端が試験機のため赤く塗られた機体には、飛行機にあるべきものがかなり抜け落ちていた。水平尾翼も、プロペラも、エンジンもない。
ミーナは格納庫内を見回したが、それ以外には一機もない。
「これ?」
「そうだ。これだ」
機種は下三分の一が切り落とされたように穴が開いていて、主翼付け根下面には円筒状の物が二つ付いていた。
「複合推進迎撃機、瞬滴だ。離陸時は個体ロケットブースターを使う。上昇角は低く抑えて、速度を稼ぐ。速度が一定に達したら、スロットルを出せ。中のラムジェットエンジンが点火される」
「脚は?」
「主脚はバネ仕掛けで地上を離れたら勝手に閉まる。尾輪は出しっぱなしだ。着陸するときはロックを外せばバネが外れて重力で下りる。車輪カバーが風で押されて開きやすく作ってある」
「で?」
「点火後、上昇しろ。こいつの場合、下手に低空にいる方が危ない。ロールもヨーも割と素直なはずだがピッチがややデリケートだから慎重に」
「…………航続距離は?」
「時間で、30分。距離で言うと400キロ」湊は答える。
「……短すぎて泣けてくるね」
「うぐ…………仕方ないだろ、首都防衛なんだから」
「それにしても―――」
「そのかわり、帰還から再発進までは短くしてある。約8分だ」
「……………………ちゃんと飛ぶ?」
「あぁ。保障する」
ミーナは溜息をついた。なんだかんだ言って好奇心をくすぐられたのは事実なのだ。
「ま、いっちょ飛んで来い」




