影
「………何のことだ」
湊は冷たく言う。部屋の温度が5度ほど下がった。
メイ部長は三日月のように口を歪める。
「ヤンチャだ、といったんだよ。分かってるだろう?」
「何のことかわからないな」
部屋を沈黙がつつむ。
視線が交錯。
「魔導具だろう?変形系統のものか」
メイ部長がいう。
二人とも笑みをこぼす。空気が緩和。
「ばれましたか。仕方が無いですね」
「当たり前だよ。何年此処で生きていると思っている」
メイ部長の歳はわからない。30代後半だろうか。
「………パーソンの紹介できたと聞いたけど……」
「パーソン?…………ああ、ネイチャーか」
「ええ、そう」一瞬だけ、顔に影が指す。「……以上、出頭終了。空軍博物館にも顔出しておいて」
メイ部長はそう言って書類に再び視線を落とす。その後、ちらりとコチラを見た。出ていい、という事らしい。
「失礼しました」
滑らかな動きのドア。閉めると、カチャリを言う音がした。オートロックだ。
空軍博物館、と言っていたが……何があると言うのだろうか。
軍総司令部を後にする。門で博物館の場所を訊いてから、再びバスに乗る。バスターミナル行きだ。両替してから席に座る。客はあまりいない。
ターミナルから博物館は馬車らしい。………馬車かぁ。
* * * *
『どうだった?件の少年は』
受話器の向こうから聞こえてくる男の声にメイはため息をついた。
「………分かってて言ってるでしょ、貴方」向こうからククククッという忍び笑い。「異世界人、と言うのがどんなものか、少しは理解できたけど」
『ああ。普通だったらお前ぐらいの立場に対しての態度ってもんがあるだろうが』言葉を切って、言う。『あいつは………礼儀はあるが態度に出すのが苦手だからな』
「で?わざわざ会わせたのには何かあるんでしょう?」
『足を引っ張ろうとしてる奴がいたら抑えてほしい。その程度のことでこの国を嫌いになられたら困る』
「高く買ってるのね」
『高くないさ………』声に少し疲れのようなものが混じった。『あいつは、自分の価値を良くわかってない』
「いくら?」
『最低でも、国家予算規模だ』即答されて、メイは絶句する。『あいつの知識と技術で、全人族国家が簡単に手に入る。』声に巫山戯た様子は一切無い。
「………そんなに?」
『そんなに、だ。まだ地味な範囲で収まっているが………あいつがどれだけ恐ろしいことをしたかわかるか?あいつごと闇に葬り去ろうかとすら思ったぞ』
沈黙。
口調はやや砕けていたが、本心を言っていることは明白だった。
『改修費用は新造の100分の1、戦力は1.7倍程度か………どうやら、一定以上操縦桿を引くと、ファウラー・フラップというやつが出てくる構造になってるらしい。見てみたがうまいもんだったぞ。操縦桿を強く引いた時に途中から重くなるのが欠点だったがな』言葉の勢いに圧倒されて言葉が出ない。『………それでも、まだまだだと言ってる。味方でも厄介だぞ』
「つまり?」
『他国に亡命されたりしたら、それこそ国が滅ぶ』
ため息。
『一応、あいつには冒険者ギルド………いや、世界転移者排斥・保護連合の監視がついてる。向こうに動きは無い』
「………」
世界転移者排斥・保護連合というのは、この大陸の【冒険者ギルド】、エルフの【翠の契】、魔人の【全州魔術ギルド】、これらの組織の総称だ。
表向きにはそれぞれ表の働きがあるが。本来の目的は転移者を殺すことにあった。
* * * *
ハンガーの中には素晴らしい程までの倦怠感が漂っていた。
飛行隊唯一の整備士を失った(死んだわけではない。断じて)実験飛行隊は動かない飛行機と、三人のパイロットが屯しているだけの組織になっていた。爆撃機組はとっくのとうに本隊に戻っていた。
特にミーナはネイアが勝手に持ち込んだテーブルに突っ伏して寝ている。ネイアが手をワキワキさせて近づくも、ザイルにインターセプトされる。
6本だけ作られたミサイルが、静かに横たえられていた。
* * * *
空軍博物館についた時には、もう夜になっていた。流石に今から空軍博物館に入るわけには行かず、手頃な宿に入る。
愛想の良い受付嬢から鍵をもらい、二階へ上がる。一段ずつ微妙に音が異なる階段。指定の部屋に入ると、ビジネスホテルとほとんど変わらない調度。
ベッドに潜り込むと、疲れていたのかすぐに意識を手放した。
あ……夕飯くってねぇ………。




