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風と共に。  作者: フラップ
第四章 ドーナツのように
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ぶちょー

 双発の爆音がキャビンまで響く。途中まで水平で…そこから跳ね上がっている主翼。エンジンが後ろ向きに一つずつ、計二発付いている。


 長い機首の窓際の席に座った湊は、辺りを見回す。計四列のシートには、顔を強張らせたり、目を瞑って祈るようなことをしたりしている客がちらほら見える。


 今乗っている機体はトルテ28。爆撃機改造の旅客機で、まだ一部木製だと言うのだからすごい。


 離陸した瞬間、歓声が上がる。まだ9割の人が飛行機に乗ったことがないという状況は、だいぶ新鮮だ。


 機体は翼を傾け、進路を東に取る。


 そう言えば、首都は犯罪も多いと聞いた。スリに遭わないように気をつけないといけない。


 機体が揺れる度、軋む音が僅かに聞こえる。四角形の窓から見える地平線は前に傾いていて、機体が上昇中なのがわかる。


 機内はなんとか暖房が効いている感じで、まだ少し肌寒い。戦闘機のコックピットに比べればまだマシだが。


 機内アナウンスのチャイムが鳴る。


 「当機はレノゲア航空32便サスラ発、首都レノゲア行きでございます。これより東方に飛行し、レノゲアへと向かいます。安全に関する……」


 本当に、懐かしい。初めて飛行機に乗った時のことを思い出す。向こうと違うのは、内陸しか飛ばないから救命胴衣がないことか。


 ざわつく乗客と一人の異世界人を乗せ、機体は首都を目指す。



 * * * *



 少々乱暴なランディングのあと、機体は首都国際空港のスポットに入る。傾いた主翼の後縁に階段がかけられ、乗客が降りていく。


 「おぉ……」驚きが、そのまま口から出る。



 整然と並べられた銀翼。


 そこを走り回る自動車(・・・)


 コンクリートの誘導路。


 それを見下ろす管制塔。


 煉瓦造りのターミナル。


 前の世界とあまり変わらない空港が、そこにあった。


 チェックアウトして、空港の外に出る。


 石畳の道路に、走り回る自転車や馬車。


 果てが霞んで見えない大通り。


 突っ立っていてもしょうがないので、街乗り馬車乗り場に向かう。舗装道路ばかりを走る路線だけがバスに変わっている。


 空港から空軍基地までは一直線なので、乗るのはバスだった。


 バスの窓から見える景色も、通学路に類似している。


 友人の声が聴こえてきそうで、懐かしく、哀しかった。


 思考を振り切る。


 レノゲア共和国に空軍は無い。統合総司令部の下に北方、東方、南方、西方の防衛軍があり、さらにそれぞれの下に航空団、艦隊、陸戦隊がある。


 西方防衛軍航空団長はあの悪名高き豚な訳だが、今回顔を出すのは総司令部の航空統制部だ。


 優秀な教え子君に会うためには泣く子も黙る防衛軍総司令部に顔を出す必要があるのだ。なんてこったい。


 バスの前方に背の低い円柱状の建物が見えてくる。その手前をこれでもかというほどに厳重に有刺鉄線で囲ってある。


 なんか近づきたくないなぁ……。


 正当な理由があっても、近付きたくない場所がある。


 例を挙げると、ゴキブリ退治に入った女子トイレとか、書類を出しに行った警察署とかである。


 それがまして国家の軍総司令部だったら尚更である。実験飛行隊は軍隊っぽくない。


 バス停を降りて門番に身分証を見せて、門の中に入る。


 三重の(ほり)(へい)を超えて中に入る。対空機銃が生々しい。明らかに攻撃の後だとわかる焦げが外壁に残っており、戦争があった事がわかる。


 5年前だが、南のナギ王国が戦争を吹っ掛けたことがあったらしい。湊がこの世界に来たのは3年前なので、その2年前に戦争があったという事だ。


 初の戦略爆撃が行われた戦争で、宣戦布告とともにレノゲア共和国領空に雪崩込んできた大型爆撃機隊は首都レノゲアまで到達し、爆撃していったらしい。


 レノゲアにはごく少数の飛竜騎兵隊と飛行船しかなかったので、苦戦したようだ。


 いまは確かナギ王国とは国交を再開していたはず。ナギ王国には一度行ったことがあるが、だいぶ陽気な国だった。


 馬鹿でかい扉。ホールは閑散としていて、受付に制服の若い女。カウンターで面会したいと言うと、割とすぐに通してくれた。軍隊はこういう即応性があって良い。


 案内の後、ドアの前で受付嬢は戻って行った。紹介位して欲しかったなぁ。


 ノック。「入れ」と言われ、ドアを開けて入る。かすかな違和感。


 部屋の奥のデスクを陣取っている人物を見て、違和感に納得する。


 その人物は、書類を取るのを止めて、こちらを見る。


 「君がミナト・トオイだね」その人物は手を差し出してきた。白い手。


 「航空統制部長、メイ・レイリン・フォルスタージュ中将だ。メイ部長とでも呼んでほしい」意図的に抑えられた、しかしまだ少し高い声。


 その声の主は、女性だった。


 「西の実験整備飛行隊長、ミナト・トオイ中尉です」手を握る。階級は上の方だとは思っていたが、まさか将官だとは思っていなかった。


 「ああ。噂は聞いているよ」


 「噂?」


 「菊染……だったかな?随分とロマンティックなネーミングじゃないか。スクリプトの改造機でファンタスに勝ったのは凄い」


 「はぁ……」正直、実感が湧かない。


 「………もしかして西の航空団長から何も聞いていないのかい?」


 「何もって、何をですか?」


 「……………良いか?君は今上層部でもよく名前が出てきている。専門知識を持った異世界人はごく少数だ。今この世界中で、分かっているだけでも三人。それぞれ微生物、植物、金属加工だ」


 メイ部長は細い指を折って数える。


 「その知識の大部分は、この世界で代用できるものがあるか、軍事目的には向かないものだ。だが………ミナト、君は違う。飛行機がこの世界の代替品より優れている所がどこか分かるかい?」


 代替品というと、騎竜だろうか。


 「コスト、リスク、それと発展性ですか?」


 「そうだ」部長が答える。「そして、その発展性の鍵を握るのが君だ」


 メイ部長が鋭く湊を睨む。


 「飛行機はもっと速くなる。遠くまで飛べるようになる。より多く物を積めるようになるし、もっと大きくなる」そこで一度切って、言う。「そうだろう?ミナト・トオイ」


 事実を言っていいものか一瞬迷う。


 「………それで、戦争を始めると?」それが、湊の懸念事項だった。


 「まさか………。でも始めたい奴等は沢山いる」メイ部長はずい、と体を寄せ、声を潜めて言った。「南のナギ王国………近頃、王家は求心力を無くして焦っている。民主化運動が起きたらクーデターが起きる、と上層部は見てる」


 「………それで?」


 「隣の肥沃な大地の一部を切り取って見せつけたら蟻が砂糖に集まる、と考えるかもしれない」


 部屋を、沈黙が包み込んだ。


 何を意味しているかは明確だった。


 「防衛に必要な空軍力を?」


 「そう」どっかりと椅子に座り込み、メイ部長はデスクに置いてあったパイプに煙草を詰める。


 「吸っても?」と訊くと、頷かれたので、湊は煙管に煙草を詰める。


 「煙管か……珍しい」


 「そうですか?」


 「あぁ……。故郷では煙草は合法だった?」


 「えぇ。未成年は駄目ですけど。今も日本にいたら、違法ですね」


 少し、お互いにクールタイムをとった。後に火をつけたが、煙管の方が早く無くなった。


 腰のバッグを見て、メイ部長は少し驚いたように目を大きくした。


 「ヤンチャだね」

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