ニアミス
「あぁぁぁぁ!ミーナが男連れてるぅ!」
里に入って一番最初に、小学生くらいの女の子が声を張り上げた。驚きと好奇心に満ちた瞳には一切の邪気は無い。無いが無邪気とは時に恐ろしいものである。
背後に殺気。敵意を通り越して殺意である。
「……!」
ネイチャーには通じなかったとはいえ、湊だって元冒険者である。反射的に体が動く。左前に倒れこむように回避。その上を長いナイフが通り過ぎる。
後ろに立っていたのは、長身の獣人。その手には先ほどのナイフ。もう既に攻撃のモーションに入っている。
鋭い――間に合わない!
湊は魔方陣を構築。丸と二等辺三角形のシンプルな組み合わせ―――【初級無属性魔法:簡易防御壁】!
ナイフはそれに当たる。魔方陣が弾け飛ぶ。
その一瞬の隙を突き湊は構えを取る。
相手を見る。ガイスによく似ている。地面を蹴り向かってくる――早い。
獣人の里にはそれぞれのもてなし方や流儀があるという。ミーナかガイスに事前に聞いておけば良かった。
こっちに武器は無い。相手が突きを放つ。全身に魔力を行き渡らせ、後ろに飛ぶ。
ミーナの方を見るミーナは気まずそうに視線をずらした。教え損ねたのか!?
相手はそのままナイフで薙ぎ払ってくる。
腰のポケットからスパナを取り出す。相手のナイフにそれを合わせる。重い!
「ぐ……!」
思わず呻きが漏れる。相手は怒りに顔を歪めてナイフに力を込める。
「……めを……」
相手が何かを呟く。何だ――?
「……娘を渡して堪るかぁぁぁ!」
「…………は?」
相手のナイフを弾き飛ばした。湊は呆然と動きを止める。
『娘を渡す』……何言ってんだこの人……。
後頭部に衝撃。地面が迫ってくる。いや、自分が倒れてるんだ…………。
湊の意識はここで途絶えた。
* * * *
目を開けると、そこは木陰のベンチだった。焦点が合うのに時間が掛かる。広場か?真ん中にステージがある……。
例の女の子がこちらを向く。結構遠い。声が聞こえずらい。頭が痛い。
ガイスが駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
大丈夫だったら昏倒しねぇよ、という言葉を呑み込む。気分が悪いからって周りに当たるのは良くない。
「う……あぁ、大丈夫だ。何だったんだ、全く……」
「あ……あぁ、あれはだなあ」
ガイスが気まずげに視線をそらす。
「あれは家の父で……その、まぁ何だ、お前がミーナを貰いに来たんだと誤解したんだ」
「……で?」
「………………」
ガイスは気まずげに空を見る。
「で、来客をナイフで迎え撃ったと」
「……申し訳ない」
「あの状況で申し訳が立ったらそれはそれで凄いな」
「………………」
しまった、当たらない心算だったのにガイスに当たってしまった。
「これ、お前の工具だ」
「…………」
頑丈な鋼鉄鍛造のスパナには深い切れ込みがつき、折れ曲がっていた。もし当たっていたら……。
「お前の父ちゃん、化け物だな」
「………………」
しまった、当たらない心算だったのに……。
「宿……」
「何だ?」
「宿を探さないと。ミーナは実家に泊まれるけど」
「いや、お前も泊まれ。でないと申し訳が立たん」
「……お言葉に甘えて」
「あぁ。ミーナも父も今そこにいる」
とりあえずガイスと俺はミーナの実家に向かった。
よし、そこそこコメディになった。




