ヴェイタス
司令部前に駐機された双発高翼の輸送機、ヴェイバスの隣にネイチャーが立っていた。
ウッと息を詰まらせた湊にミーナが苦笑する。一体、何をされたんだか。後で聞いても顔を青くして首を振るだけだった。ちょっと気になる。でも『好奇心猫を殺す』そうなので止めておこう。ことわざの二の舞にはなりたくない。
パイロットは湊なのでミーナは右側の操縦席に座る。燃料も潤滑油も大丈夫。
点検を終えて湊が入ってきた。いつもは余り感じないが湊は意外と大きい。180cmに届きそうだ。異世界人は総じて大きいのだろうか。なんとなくいつもしゃがんだり座ったりしてるイメージが大きいからか、今になって気付く。
「マスター・スイッチON、チョーク……良し、セルスタート」
ミーナとは比べ物にならないほど早くエンジンをスタートさせている。
「コンタクト!」
一拍遅れて爆音。右魔導発動機から一瞬だけ白い煙が出る。それもすぐにプロペラで掻き消されてしまった。
「左、コンタクト」
同じように爆音が鳴る。一瞬だけ強張ってしまうのは何時まで経っても直らない。
「右のほうが早くない?」
エンジンの回転計では右魔導発動機が左魔導発動機よりも回転が速い。
「本当だな……」
湊はそう呟いてから右スロットルの横についている小さく白いコックを少し回した。右の回転計の数値が小さくなった。OK。
「よし、じゃあ行こうか」
湊が窓を開けて手を振った。爆音の中では声が聞こえない。手信号やアイコンタクトで意思疎通する。
「こちらシーガル。フライト23を開始する」
管制に飛行機が動き出したことを伝える通信は副操縦士の役目。
吹流しを見る。ちょうど進行方向に流れている。風上に向けて離陸するから、一旦滑走路と平行に移動する。
「こちらシーガル。離陸許可を」
「こちらコントロール。離陸を許可する」
滑走路に進入する。陸上で飛行機が曲がるコツは曲がろうとする一拍前にペダルを踏むこと。なれると楽だけどなれないとちょっと難しい。
「ミィ、フラップ・ファイブ」
言われた通りにフラップを下げる。真ん中の細長いレバー。
「テイク・オフ」
湊が天井に付いたスロットルをフルまで出す。双発機はトルク効果の横転の危険性が低いから一気にスロットルを吹かしても大丈夫。
隣の湊の口の端が上がるのを見つけた。
なんだかんだ言って、どうせ湊も飛ぶのが好きに違いない。いつもは積極的に飛ぼうとしないけど……。
なんで好きなことを積極的にしないか分からない。全く、シャイ。いや、ちょっと違うかも……?
湊が鼻歌を歌いだした。聞いた事が無い曲。きっと異世界の曲だろう。落ち着いたリズム。
それに負けないくらいの安定した音を吐き出しながらヴェイバスは進む。




