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再び地下水道へ

シレンティウム中央広場、噴水前


 清潔で美味しい水をシレンティウムに供給し続けるアクエリウスの噴水。

 特に最近は水量と水質が格段に向上し、都市の住民を喜ばせるだけでなく、周辺の村々からやって来た人々の驚嘆の声を誘っている。

 なぜなら青空市場へ物の売り買いにやって来たクリフォナムの族民がまず手に入れたいと欲するのは、このアクエリウスの噴水から湧き出す美味しい水。

 シレンティウムの水の評判はこの変化で更に上がる事となったのである。


『……理由は言ってくれなかったけど、昔私の上位精霊だったクアラ様が最近水の供給に協力してくれているの』

「ほう?」

『だから私の方は薬水に力を入れられるようになったのよね~』

「水神様、それは重畳で御座いますが……やはり理由が気になる所で御座いまするな?」

『そうなのよ~って、水神じゃないわ、私は精霊っ』


 今日も沢山の薬瓶を抱えてやって来た鈴春茗を捕まえて語るアクエリウス。

 最近の不思議な出来事を語って聞かせるが、なにぶん精霊同士の遣り取りの事なので鈴春茗も戸惑いつつ言葉を返す。

 きっちり自分の呼び名を訂正しつつもため息を吐くアクエリウスに、鈴春茗がそろそろ頃合いかと声を掛けた。


「水神様、私めはこの辺でお暇申し上げまする。また明日お伺い致しますればその折にでもお話をして戴きたく……」

『あ、ごめんなさい。ちょっと長く引き留めちゃったわね。お仕事頑張ってね』

「私如きに勿体ないお言葉で御座います」


丁寧な礼を送り、アクエリウスから貰った各種薬効もあらたかな薬水の入った瓶を大切そうに綿を敷き詰めた木箱に詰め込み、鈴春茗は薬事院へと帰るのを見送ってから、アクエリウスは噴水の前に設けられた小さな神殿から外へ出た。


『う~ん……何があったのかしら……?』


 アルトリウスの魂の力を得て大精霊に昇格してからはクアラと完全に別個の存在となり、眷属の地位を離れたアクエリウスだったが、それでも先輩というか、かつての親とも言うべき存在には敬意を払い続けていた。

 最近は気配を感じず、何らかの理由で自らを封じたのかと思っていたが、その本拠地とも言うべき地下水脈を侵す事になるので様子を見に行く事も出来ずにいたアクエリウスだったが、昨夜突然そのクアラから直々に連絡があったのである。


 今後クアラはシレンティウムの水と温泉の供給に協力するという。

素直に助力に礼を述べたがそれ以上の事は聞けず、余計な詮索と思われるのも憚られたので、アクエリウスはその後1人でクアラに何があったのかと悩んでいたのだ。

 そんな悩める水の大精霊が噴水上で身もだえしている所へ、アルトリウスとアルトリアは連れだってやって来たのだった。




「今日はいるかな?」

「きっと出てきてくれるよっ」


 あまり人に姿を見せない彼女であったが、子供だけは別。

 子供の気配を感じるとどこからともなく見守っていたりする大の子供好きである。

 アクエリウスがふと子供の気配を感じて噴水の下を覗き込んでみると、丁度男の子と女の子が噴水の前に来て水溜めを覗き込んでいた。


「あ、こんにちは、おじゃまします」

「こんにちは~アクエリウスさんっ」

『ふふ、こんにちは!あらハルヨシ君とこの子達じゃない、どうしたのかしら?』


 自分に気付いて元気よく挨拶する2人に、笑顔で挨拶を返すアクエリウス。

 すっかり悩みはどこかへ行ってしまったような笑顔である。

 しかしアクエリウスは何かに気がついて2人をじっと見つめる。

 その視線の先にはアルトリウスの物入れとアルトリアの剣があった。

 懐かしいというか、最近も目の当たりにした気配を感じて自分の悩みを思い出したアクエリウスは、少し眉をひそめながら口を開く。


『ねえ、クアラ様の気配がするのだけども……?』

「あ、これかな?」

「こっちもそうだよね~」


 自分達の腰を指さすアクエリウスに、アルトリウスが物入れから宝玉を取り出し、アルトリアが剣を鞘ごと抜いてその鍔を示す。


『えっ、それって……ええっ、すごいじゃない!どうしたのっ』


 きらきらと青い光を放つ宝玉と鍔を見たクエリウスが感嘆の声を上げると、2人はにっこりと笑って互いの顔を見合わせた。

 明確にクアラの気配を放ち始めた2つの物品を見て、アクエリウスは興奮気味に問う。


『ね、ねっ、何があったの?教えて教えてっ!?』

「もっちろん!いいよ~」

「え……っと、良いのかな?」


 息せき切って2人の肩を抱きかかえるアクエリウスに、アルトリアは得意げに言い、アルトリウスは少し戸惑いながらも数日前にあった大冒険を語って聞かせるのだった。








「……ということなんだ~」


 しばらくしてアルトリウスとアルトリアの冒険譚が終了すると、アクエリウスは心底楽しそうに拍手をしながら2人の小さな勇者を称える。


『ふわ~すっごいじゃない!あのクアラ様を封じてた獣を2人で倒しちゃったの!?』

「うん、でも私たちだけじゃないんだよ~」

「そうだね……セグメンタスさんがいなかったらあぶなかったかも……」


 その2人の言葉にアクエリウスがすかさず反応した。

 なんだかとっても気になる名前とその響きの雰囲気に、一瞬眉をひそめるアクエリウスだったが、2人に分からないようすぐに笑顔に戻って言葉を発した。


『そ……その、セグメンタスって、な、何者なのかしらっ?』

「アクエリウスさんっ、よびすてはダメだよっ!セグメンタスさんだよ?」


 アクエリウスの問い掛ける声が少し裏返ったが、アルトリアがすかさず窘める。


『そ、そうなの?』

「うん、さいしょはあやしいと思ったんだけど……とってもおせわになったんだ。だからアクエリウスおねえさんもセグメンタスさんってよんでほしいな」

『ああんっ、そんな可愛らしくお願いしないでえ~』


 アルトリウスがじっと見つめて鰭の付いているアクエリウスの腕をちょいちょいと引くと、頬に手を当ててくねくねと身もだえするアクエリウス。

 子供は好きだが可愛い子供は大好き、いやむしろ大好物。

 特にアルトリウスとアルトリアは元々親であるハルやエルレイシアとの関係が深い事もあって、生まれたときからずっと密かに成長を見守っている事もあって、特別目を掛けているのだ。


 特にアルトリウスなら大人になってもイケるかも知れない。


 そんなちょっぴり危ない妄想をしていると、アルトリアがじっと不審者を見る目で自分を見ている事に気がついて熱が冷めた。

 子供は大好き、嫌われるのは絶対に避けたい。

 可愛いらしいアルトリウスも大事だが、アルトリアからも嫌われたくない。

 それに今は気になるというか、どうにも心に引っかかる感じのするセグメンタスについて聞き出さなければならないという事を思い出し、アクエリウスはくねらせていた身体を止めて居住まいを正した。


『コホン……ま、まあ良いわ。セグメンタスさんね?そのセグメンタスさんって、どんな人だったのかしらね?』


まだじっと見つめているアルトリアの目が気になって思わず噴水の縁に正座してしまったアクエリウスに、アルトリウスがおっとりした笑顔を向けながら答える。


「うん、セグメンタスさんはじぶんのことをむつかしく言ってたよ。たしか……“われはどこにでもいるがどこにもおらぬもの、しゅごせいじんのかけらセグメンタスである。会おうと思えばいつでも会えるがいつでも会えるわけではない”って……ね、かっこいいけどむつかしいでしょ」

「アルトリウス、それおぼえてたの?」

「うん、なんかかっこよかったから……」


 呆れたような口調で言うアルトリアに少し照れたような様子ではにかみながら答えるアルトリウス。

 一方問い掛けた当人のアクエリウスは呆然としていた。

 アルトリウスの恐ろしいまでの可愛さに悶えていたのも束の間、すぐにその言葉の内容に思い当たったからである。

 まあ、その思わせぶりな台詞と口調に思い当たったと言った方が正確であろう。


『……アルトリウス?まさか、まだ封印は解けていないはず……』


 アクエリウスのつぶやきに子供のアルトリウスが反応してその顔を見上げて口を開く。


「アクエリウスお姉さん、よびましたか?」

『あ、ごめんなさい、違うのよ。ちょっと昔の知り合いというか、その人の事をね……』


 言い淀むアクエリウスに、アルトリウスとアルトリアは不思議そうに互いの顔を見合わせるのだった。






 その後、可愛い双子としばらくあれやこれやと他愛の無い話をするアクエリウスだったが、その実頭の中は双子がシレンティウムの地下深く、清けし貴水のクアラの宿る滝壺で会ったと言うセグメンタスなる面妖なモノの事で占められていた。

 しばらくして双子が別れを告げて家へと帰ってしまうと、アクエリウスは姿を消す。

 そしてシレンティウムの地下にアクエリウスの為に穿たれた、水神殿に姿を現した。

 ここはアクエリウスが汚水処理を行うと同時に、その汚水から抽出された物資を集積する場所でもあるが、加えてアクエリウスの自由空間ともなっている。


『う~ん、やっぱりアルトリウスかしら?でも、魂はまだここにあるし……』


 自分の豊かな胸元を見てからぐにぐにとその谷間を揉んでみるが、変化は無い、当たり前である。


『……何馬鹿な事やってるんだか』


 自分で自分の行動が如何に馬鹿馬鹿しいかよく分かったアクエリウスは、首を左右に振り、水色の顔を赤くさせつつ汚水処理に取りかかる。


『この仕事もアルトリウスに頼まれたのが最初なのよね……』


 硫黄や銅、有機物をその手により分けながらつぶやくアクエリウスは、それぞれ色別に分けられた部屋へ取り出した物質を置くと、うんと強く頷いた。


『考えていてもしょうが無いわ……行動あるのみよっ』






 夜半、シレンティウム太陽神殿・大聖堂



 夜も更け、アルスハレアは太陽神殿の冷たく静かな大理石造りの大聖堂を見て回る。

 戸締まりは弟子の神官や薬事院の職員達がほぼ済ませ、後は大通りと接するこの大聖堂の出入り口を閉めるだけとなっているからである。

 扉や置かれている椅子や机に異常が無いかどうか、いたずらっ子達が迷い込んでいないかを確認してから徐に大聖堂の大きな扉へ手を掛けたアルスハレアの正面に、帝国風の白い長衣に頭を覆うこれまた白い面紗を纏った女が現れた。


 些か人とは雰囲気が違うようだが気にする事は無い、太陽神殿にはそういう存在も訪れる事がある。

 アルスレアは動じる事無く扉に掛けていた手を下ろすと、その女に向かって申し訳なさそうに言葉を発した。


「申し訳ありません、今すぐ果たさねばならない告解や止ん事無き相談であればお受け致しますが、それ以外のお祈りなどであれば明日にして戴けませんか?」

『正に止ん事無き相談だから、今日受けて貰えるわね、アルスハレア?』


 面紗を獲るとそこには見知った、因縁浅からぬ水の大精霊アクエリウスの姿があった。

 肩の力を抜き、ため息を吐いたアルスハレアがため息を吐く。


「……誰かと思えば、泉の精霊ではありませんか。このような夜半に相談とは……どのような内容ですか?」

『……眠りについているアルトリウスの事についてよ、少し話せるかしら?』


 そのアクエリウスが発した言葉の後、しばし見つめ合う精霊と元大神官であったが、アルスハレアがふっと息を抜きつつ答えた。


「分かりました、ではこちらへ入って下さい」

 





 太陽神殿・神官控え室



「何のお構いも出来ませんが、まあどうぞ」

『ありがとう』


 アクエリウスはアルスハレアに導かれて神官控え室の椅子へと誘われる。

 ゆっくりと椅子へ腰掛けたアクエリウスにアルスハレアも対面する椅子へと腰掛けた。


「それで、用件とはなんですか?」


 普段子供たちと接している時とは違い、少しとげとげしい雰囲気を醸しだしながらアルスハレアが言うと、アクエリウスも負けじとにらみ返す。

 かつて1人の不遇な英雄を巡ってさや当てを繰り返した2人?である。

 今ではそれも過去の事と一応和解した風にはなっているが、わだかまりが完全に解消された訳では無いのだ。

 しばらく無言で睨み合っていた2人?であったが、根負けしたようにアクエリウスがふっと息を吐くと緊張が緩んだ。


 そしてアルスハレアが面白がるように眉を上げると、アクエリウスも肩をすくめてからゆっくりと口を開いた。


『……アルトリウスの事なんだけど』

「ひょっとして……セグメンタスと名乗った欠片の事ですか?」


 アクエリウスの言葉にすかさず反応するアルスハレア。

まるで質問されるの待っていたかのような様子に、アクエリウスが片眉を上げつつ言葉を継いだ。


『知っていたの?って、そっか……あなたはあの双子のおばあちゃんだものね』

「ええ」


 静かに、そして嬉しそうに頷いたアルスハレアを見てアクエリウスは少し羨ましそうに笑うと、ため息をついた。


『で、どうなの?』

「どうなの……とは?」

『……勿体ぶらないでよ、私が何を言いたいのかわかっているでしょう?』


 少し苛立ったようなアクエリウスの言葉に、それまでうっすらと笑みを浮かべていたアルスハレアは顔を引き締める。

 そして更に焦れるアクエリウスを余所に、ようやく口を開いた。


「そうですね……分かるつもりです」


 2人が話題にしているのは、かつて自分達が取り合い、そして2人共が失ってしまったこの都市の守護聖人についてである。

 シレンティウムを中心とする北方連合の成立と同時に、人ならざる身でありながら人の世に関わり過ぎた罪を太陽神に問われ、禊ぎを付ける形で眠りに就いたのであるが、どうやら少しずつ綻びが出来てきているらしい。

可愛いハルの子供たちが目にし、助力を得たと言うセグメンタスは、おそらく封印から漏れ出したその一部。

 紛う方無きあの守護聖人の分身であろう。


 名乗りもセグメンタス(欠片)とは……


 馬鹿にしているというよりも、全てを笑い飛ばして過ごした不遇の英雄であった彼らしい名乗りと言えよう。


「……太陽神様に逆らう結果になり兼ねませんよ?」

『望む所よ!……と言いたいのは山々だけど、そんな事が出来ないのは分かっているわ。そこで相談なの』


 アルスハレアの言葉に目を怒らせたアクエリウスが一瞬強く言うが、すぐにその勢いが失われる。

 太陽神の封印を解くなど、現実的で無いと言うよりもまず不可能であろう。


「おそらく、地下深く。大地母神様の寝所に近い地下水脈に達した欠片が意思を持ったのでしょう。ひょっとすると力は兎も角精神だけは覚醒しているのかも知れません」

『……やっぱりね』


 アルスハレアの説明に頷くアクエリウス。

 兄妹から聞いた状況からしても、ただの欠片にしては意志が強すぎると感じていたので、その説明をすんなり受け入れる事が出来た。

 アルスハレアが頷くのを見たアクエリウスが言葉を継ぐ。


『じゃあ、良いわね?』

「ええ」


 2人の視線が強く絡み合い、一瞬火花が散る。

 そして、徐にその右手を差し出す2人。


  がっ


 それまで少しとげとげしかった2人が、晴れやかな笑顔で力強く手を握り合った。

 しかし、その笑顔が次第に強ばり始める。


ぎぎぎぎ……


「……いい加減に放して貰えませんか?」

『あ、あなたこそっ』


 最後は冷や汗をかきつつ、ずばっと一気に手を放すアクエリウスとアルスハレア。

 やっぱり刺々しい雰囲気は消せなかった2人であった。






 翌日、アクエリウスの噴水前



『ね、ねえ2人とも、私もクアラ様にお目にかかって直接お礼を言いたいのだけれども……あ、案内してくれないかしらっ?』


 アルトリウスとアルトリアが噴水を訪れたのを好機と見たアクエリウスがすかさず2人を冒険に誘った。


「えっチカスイドウへ行くの?行っていいのっ」


 ちょっと声が裏返ってしまったので不審感を抱かれたかも知れないと危惧したアクエリウスであったが、アルトリアの言葉でその心配が無い事にほっと胸をなで下ろした。


「アクエリウスさんっ、あんまりアルトリアに危ないコトさせないで……」


 飛び上がって喜んでいるアルトリア。

しめしめと思いつつも騙しているような気がして少し後ろめたいアクエリウス。

 しかしその隣で成り行きを呆気に取られて見ていたアルトリウスが慌てて言い募ると、少し動揺を見せた。


『あ、危なくは無いわ。私も一緒に行くのよ?』

「……う~ん」


 ああ、何て可愛らしいのかしらっ!!

 悩んで首を捻っているアルトリウスを見て身もだえするアクエリウス。


「アクエリウスさん……」

『はっ!?な、何っ』

「……だいじょうぶ?」

『あ、だ、大丈夫よ』


 今度はアルトリアから冷ややかな声を掛けられて我に返ったアクエリウス。

 次いでアルトリウスから心配されてまだ悶えそうになるが、そこは堪えて本題に入る。


『……もちろんハル父さんとエルレイシア母さんには内緒でね?』

「行こうよアルトリウス!クアラ様もまたおいでっていってたじゃない」

「う、うん……」


 アクエリウスとアルトリアから説得され、アルトリウスも地下水道行きを渋々承諾する。

 本当は危ない事はしたくないのだが、冒険心に火の付いてしまった妹を押さえるのは不可能である事を知っているのだ。

 それに今回はシレンティウムの守護聖人の伴侶たる大精霊アクエリウスが同道するというし、以前のような危険はないだろう。


「分かった……じゅんびしてきます」

「わ~い!」


 兄の同意を得られたアルトリアが飛び上がった。


『じゃあ、準備が終わったらこの祭壇に来てくれるかしら?』

「わかりました」

「うん!」


 アクエリウスの言葉にしっかり応じるアルトリウスに、元気良く答えるアルトリア。

 その2人の姿にまたアクエリウスが悶えたのは言うまでも無い。 






 地下水道、清けし貴水の滝



「とうちゃ~く」

「アクエリウスさん、つきました」


 アルトリアのかけ声とアルトリウスの説明に頷くアクエリウスは静かに言葉を発した。


『ここは……私が知っていたクアラ様の御在所とは随分違うわね』


 アルトリアの肩に乗ったアクエリウスが物珍しそうに周囲を見回す。

 水が滝壺へ落ちる轟音が響き渡り、周囲に清浄な空気が満ちている。

 双子が以前来た時よりも清浄度が上がっているようだ。


「え、でもここであったよ?」

『そう……地形が変わったのかしらね?』


 肩に乗っているアクエリウスが発した疑問に答えるアルトリア。

地下水道に入るにあたって、大きい姿は移動しにくいと小さくなったアクエリウスは、終始2人の肩や頭の上に止まって移動してきたのである。


「ちかですけど、そういうことがあるかもしれません」


 アルトリウスは地面に手をあてながら言う。

 下は滑らかな岩でできているようで、地殻変動が最近起こったような跡は見受けられないが、それこそ100年単位で存在する精霊たちである。

 アルトリウスが感慨深げに周囲を見ていると、アクエリウスが気配を消してアルトリアの雑嚢へと潜り込んだ。


「あれっ?」

『おや、久しぶりですね子供たち』


 アルトリウスが消えたアクエリウスに驚いて声を上げると同時にクアラが滝から現れる。


「あっクアラさんっ」


 アルトリアはアクエリウスが気配を消した事に気付かず、クアラの方を見て嬉しそうに手を振った。

 クアラも優しそうな笑みを浮かべてアルトリアに手をゆるゆると振り返す。

そしてするすると滝壺の上を移動してきたクアラが2人の頭を撫でた。


『良く来ましたね……今日はどうしたのですか?』

「えっと……セグメンタスさんはいますか?」


 アルトリウスはアクエリウスが消えた事に訝りながらもそのアクエリウスから言い含められていた通り、セグメンタスの所在を尋ねる。

 理由を聞いたものの何故か教えてくれないアクエリウスだったが、アルトリウスもセグメンタスとは会いたいし、何よりアルトリアが一番楽しみにしているのだ。

 別に断る理由も無く、アルトリウスはアクエリウスのお願いを承諾したのである。


『おう、我を気にしてくれるとは嬉しいであるな。ここに居るのである』


 白い光が空中に出現し、そこから現れるセグメンタス。

 その姿にアルトリアが嬉しそうに声と手を上げる。


「あ、セグメンタスさんっ」


 あの魔獣退治以来、アルトリアはすっかりセグメンタスのファンになってしまったようで、セグメンタスに会うべく度々アルトリウスを地下水道へ誘っていたのである。

 それ故にアクエリウスの誘いに一も二も無く乗ったのだ。


『おう、久しいな』

「えへへ~」


 アルトリアの作った拳に自分の小さな拳を打ち付けたセグメンタスは、次いでアルトリウスに向き直る。


『精進しておるであるかな?』

「はい」

『うむ、良き事である!』


 自分の言葉にはっきりと答えるアルトリウスに目を細めるセグメンタス。

 クアラもその後ろで微笑みながらその光景を見ていた。


『……ガイウス・アルトリウス……』


 その直後、アルトリアの雑嚢からおどろおどろしい声が響く。

 それまで笑顔だったセグメンタスの顔が瞬時に強ばった。

 そして周囲をきょろきょろとせわしなく見回し、おそるおそる口を開く。


『ん?な、何やら……不穏な声がしたような気がしたのであるが……』

『良い度胸ねっ!?』

『おわっ?』


 突如自分の身体に撒かれた巨大な……とは言っても普通の大きさだが、手に驚くセグメンタス。

 その手の先はアルトリアの雑嚢に潜んでいたはずのアクエリウスに繋がっている。

 いつの間にか大きさは普段通りのものに戻っており、素早くセグメンタスを捕らえた右手を掲げてクアラに挨拶の口上を述べる。


『ご無沙汰しておりますクアラ様。御前での無礼をお許し下さい』

『アクエリウス、でしたね?突然どうしたのですか……』

『実は……不義理男にお仕置きを致したく……』


 驚くクアラに深く頭を下げながらそう前置きしつつ、アクエリウスは右手を差し出した。


『な、なんであるかっ!?我は不義理などしておらんっ』


 差し出したセグメンタスを見たクアラが少し首を傾げた。


『……懇意にしている女性はいないとの話でしたが?』


 どうやらセグメンタスは、地下深くでクアラと懇意にしていたようである。

 アクエリウスの目が吊り上がった。


『そ……それは誤解であるクアラ殿っ、ぐはっ』


 慌てて言い訳しようとしたセグメンタスがアクエリウスに締め上げられて息を吐く。


『どうやら深く話し合う必要があるようね……』

『それこそ誤解であるっ』

『うるさいっ』







 とんだ修羅場に出くわしてしまったアルトリウスとアルトリア。


 最初は目を丸くしてその遣り取りを眺めていたが、何時も父親と母親がしている掛け合いと似た雰囲気を感じて直ぐにその場から少し離れた。


「仲良いんだね」

「そうだね~」


 アルトリアの言葉にのんびり答えるアルトリウス。

 実は懐にアルスハレアから預かっている手紙がある。

 中身は読んでいないが、おそらく用件はアクエリウスのものに似たり寄ったりであろう。


 群れてきた微精霊たちと戯れながら、長くなりそうな話が終わるのを待つしか無いかと諦める双子であった。

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