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兄妹のある1日の風景

 シレンティウムで生まれた子供達は、幸か不幸か週7日の内4日は午前か午後何れか半日の学習が義務付けられている。

 家の仕事を手伝えないような小さな子供達は午前、少し大きくなって家の仕事を手伝うようになった子供達は午前中に農作業や家事の手伝いをし、その後午後に学習所で勉強するのだ。

学習所の開設日は週5日で、各自で日程や時間を調節して学習所へ通ってくるが、もちろん熱心な子供達は週5日通ったりもする。

 学習所では主に字の読み書きと、算木を使用しての計算、幾何学の基礎を教えており、それ以上の学問を学びたい者は一応高等教育を受けられる制度になっているが、街が出来てまだ10年あまりであることから、建築学や設計学などの実学はともかく高等教育と言うことについてはまだまだ発展途上で、実状は帝国へと留学する者が大半であった。


 シレンティウムにおいては明確に貴族や平民と言った区別は無い為、学習内容はほぼ変わらず、家庭によっては個別に家庭教師や私塾へ通わせる方式を採っているが、それも帝国の貴族や富裕層の行う教育方法で、クリフォナムやオランの民には馴染みが無いことから普及しているとは言い難い。

 その学習所の統括は初代のアルスハレアが10年前と変わらず勤めている。

 70歳も後半に差し掛かるアルスハレアだったが矍鑠としたもので、大神官代理の地位から身を引き、薬事院の統括こそ鈴春茗に譲ったが、未だ学習所だけは自身の子供と触れ合うという趣味を兼ねて勤めているのだ。




 シレンティウム行政庁舎3階、護民官官舎



 街の喧騒を見下ろすことの出来るバルコニーで、40を幾つか越えた男がくつろいでいる。

 その目の前には10歳くらいの男の子と女の子が一心不乱に、自席の前へ置かれた柔らかい焼き菓子を頬張っていた。

焼きたてのそれは未だ薄く湯気を立てており、麦粉の香ばしい香りと上からかけられた蜂蜜の甘い香りが食欲をそそる。

そこへ長い金髪を後ろで軽く纏め、ゆったりとした白い長衣を纏った妙齢の女性が建物からやって来た。

 手には自分の分も含めてだろう、人数分の茶器を載せた盆を持っている。


「はい、出来ましたよ」

「いつも有り難う…エルのお茶は落ち着くなあ~」

「うふふふ」


 昼の軽食を終えたハル・アキルシウスは、穏やかに微笑む妻のエルレイシア・アキルシウスからお茶を受け取って一口飲むと微笑みを返しながら言う。

 その微笑みを受けたエルレイシアは笑みを深くすると、子供達と自分の分の茶器を机に置き、盆をその脇へ置くとハルの首へ後ろから腕を回し、静かに頬へと口付けを送った。

 エルレイシアも30代半ばとなったがその容色は衰えるどころか増しており、未だ若々しい。


 ハルが北の護民官となって早10年。


 歳も40を越えたがかつての覇気と活力は未だ衰えず、北方連合の最高指導者として多忙な日々を送っているが、朝昼夜の食事は必ず家族と共にするのだ。

 今日もずれ込んだ執務会議を一旦中断し、その足で官舎である行政庁舎の3階へと戻って来たハルは、ゆったりとした一時を家族と過ごす。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまっ」


 甘い雰囲気を纏う父親と母親を余所に、その長男長女であるアルトリウスとアルトリアは元気良く言うと、自分達の使った食器を盆へと載せ、そのまま建物の中へと入っていった。


「エル…素敵な君の子供達は真っ直ぐ育っているよ?」


 建物へ入っていく2人を見送ったハルが自分の首に絡められた腕へ手を置き、口を開くと、エルレイシアはぎゅっと腕に力を込め、顔を寄せてその耳元へ囁く。


「…きっと父親が良いからです」


 ハルとエルレイシアがニコニコしながら見守る中、アルトリウスとアルトリアは食器を洗い、拭き、食器棚へと2人で片付け終える。

 そして2人は自分の教書や帳面の入った鞄を肩にかけると、未だバルコニーでくつろぐ両親に声を掛けた。


「いってきます」

「いってきま~す」


 2人は10歳を越えたので、学習所での勉強時間は午後の部に移っているのである。


「アルトリア、途中でオリティアとユシウスに会っても軽食の献立を言ってはダメですよ」

「…は~い」


母親であるエルレイシアから釘を刺されたアルトリアが不承不承返事をすると、ハルとエルレイシアが笑いながら同時に2人へ言葉をかけた。


「「いってらっしゃい」」






 双子が階下に降りると、丁度軽食を終えた北の執政官ことシレンティウムの行政長官であるトゥリウス・シッティウスと出くわした。

 方向は双子と同方向、つまりはこちらに背を向けている。

 2人は目配せした後、タタッとシッティウスの背後へと駆け寄った。


「「こんにちは!!!!!」」

「おやこんにちは…2人ともお揃いで学習所ですかな?」


 元気一杯の叫び声に近い2人の挨拶に眉1つ動かさず、いつも通り片手に山のような書類を持ったままシッティウスが振り向いて応じる。


「はい」

「そうですっ」


 アルトリウスとアルトリアの返事に重々しく頷くと、シッティウスは書類から2枚の紙を取り出して2人へそれぞれ手渡した。

 紙は上等な東照紙でその題はずばり“シレンティウムの小麦生産量統計”である。

 更にもう一組の紙を双子の手に載せるシッティウス、そちらの題は“シレンティウムの大麦生産量統計”であった。


「これはなんですかシッティウスさん?」


 頭にはてなマークを浮かべて小首を傾げているアルトリアを余所に、その内容を読み取ったアルトリウスが勇気を振り絞って尋ねると、シッティウスはゆっくり口を開く。


「それはここ10年のシレンティウムで生産された小麦の量を表にした物ですな、もう一方は大麦です……細かい所もありますが、算数と地誌の資料にすると良いでしょう」

「「……」」


無言で紙を見つめる双子に満足そうな頷きを残し、シッティウスは執務室へと入っていった。

 シッティウスが居なくなったのを確認してから、貰った紙を持て余しつつひそひそと話す2人。


「…シッティウスさん、いつも大ごえでおどかそうとしてるのにちっともおどろかないね」

「それどころかいつもむつかしいことが書いてある紙をくれるよ…気付いているのかな?」


 アルトリアの言葉に応じるアルトリウス。

 2人は何があっても動じることが無いと評判のシッティウスの不意を突いて驚かせようと企み、今まで色々やって来たのだが一度たりとも成功した事は無い。

 叱られる訳でも無いので安全な悪戯であるが、いつもその後に勉強が難しくなる資料を手渡されてしまうので辟易していたのだ。

本音を言えば棄ててしまえば良いのだが、そこは折角善意でくれている物を無碍には出来無い真面目な双子。

 学習所の先生達にシッティウスから貰った資料を渡し、先生達は貴重な資料だからとこれを積極的に活用すると、結果的に問題や質問が難しくなるのである。


「……シッティウスさんをおどかすのやめようか?」

「そうしたほうがいいかも……1回もおどろいてくれないし」


 アルトリウスの言葉に頷くアルトリア。

 双子の結論は出たようである。





 双子が話し合っている更に後ろで、その様子を見ている者達がいた。

 何を隠そうシッティウス直属の行政官吏達である。


「…ふ、行政長官に挑もうとは10年早かったな!」


 得意げに言う行政官吏にかつての新任官吏が話しかけた。


「そう言いますけど先輩…賭はどうなりますかね?」

「当然、無効だろう?行政長官が驚くかどうかなんだから、驚かせるのを止めちゃったんなら…無効っ」

「それは違うんじゃないですか?驚かないから諦めたんですから、驚かないに賭けた者が勝ちってことじゃないですか~」


 先輩官吏の言に不服を申し立てる元新任官吏、しかし先輩は逃げを打った。


「いや、無効にしよう…」

「先輩っ?自分が負けたからってずるい!」

「負けてないだろう?これから驚くかも知れなかったんだから」

「詭弁ですっ!」


 下らない事で言い合い、どたばたと取っ組み合う行政官吏達であった。







 行政庁舎から出ると、直ぐそこは中央大通りに面している。

 商業街区と行政街区が入り交じるこの辺りは最も人の往来が盛んであり、アルトリウスとアルトリアが隣とは言え学習所へ向う中で最も楽しめる場所でもあった。

 帰りが遅くなっては両親に心配されて、しかも叱られてしまうが、行き掛けに寄り道する分には問題ないので、わざわざ寄り道の為にいつも早めに官舎を出ている2人だった。


 そして早速アルトリアが珍しい物を見付けた。

 大きな亜麻布で作られた敷物の上に、数々の毛皮やキバ、角、それに骨や乾し肉が並べられており、如何にも北の蛮族と言った雰囲気の大柄な銀髪の人物が、帝国風の折り畳み椅子を広げて座り、店番をしている。


「わ~ハレミアの海じゅうの毛皮だよっ。こっちにはキバもある~!」

「すごいなあ…ハレミアからの産物がこんなにひんぱんに入ってくるなんて…かせんこうろのせいびのせいかかな?」


 アルトリウスは別の観点から感心して北の海獣の毛皮やキバを売っている露天を覗く。

 エレール川の河川航路が拓かれ、北の産物や遥か西方諸国の産物がコロニア・ポンティス経由で入ってくるようになってもう随分と経つ。

 その影響は北の地にまで及んだのだとアルトリウスは興奮したのだった。


「いらっしゃい」


 のっそりと立ち上がる長い銀髪を垂らした大柄な女性。

 先程まで動かずに店番をしていた者である。


「…お姉さんはハレミアの人?」

「……そうだ……ひょっとして……こわいか?」


 出自をアルトリアに尋ねられたその大柄な女性は、少しためらった後悲しそうに答える。

 しかし、その女性が恐れていたような反応は双子からは返ってこなかった。


「すご~い!ハレミアの人だってっ!アルトリウスっ」

「お姉さんは1人できょくほく地方とシレンティウムを行き来しているんですか?」


 自分が考えていたような反応が子供達から返ってこなかったので呆気に取られていたが、2人がきらきらとした好奇心に満ちた目で自分を見つめている事に最初は戸惑い、そして嬉しく思う。

 今までは極北の蛮人と蔑まれ、特に子供達からは怖がられる場合が多く悲しい思いをする事も多かったが、自分の使命を思い出し歯を食いしばって頑張ってきたのだ。

 それがこの双子は怖がるどころか質問までして自分と関わりを持とうとしている。


「…わたしはロッセという、ハレミアの中ほどのぶぞくのしゅっしんだ。北の地でかいじゅう猟師をして、とれたえものの骨や皮、肉をうりにきている…そしてここでかっためずらしいものをハレミアのたみにうっている」

「すごい…」

「ロッセさんすてき…」


ハレミア人の海獣猟師にして商人のロッセが少し胸を張って答えると、アルトリウスはハレミア人にも商人がいると言う事に驚いて目を丸くし、アルトリアはその行動範囲の広さを思い、まるで冒険家のような旅を繰り返しているであろうロッセに憧れの視線を送った。


「この毛皮は幾らだい?」

「あ…いらっしゃい、それはきんか8まいです」


 ロッセの露天に現れ、毛皮を品定めしていた帝国人風の男が声を掛けてきたので、そちらを振り返って答えるロッセ。

 それから名残惜しそうに双子の頭を優しく撫でると言う。


「……おきゃくがきた、こどもたち、またきてくれ。かんげいする」

「うん、またねロッセさん!」

「こんどはきょくほく地方のこと、たくさん聞かせてくださいっ」







 シレンティウム太陽神殿付属学習所


寄り道を堪能したアルトリウスとアルトリアはようやく学習所へと到着した。

 早速空いた席に座り、教書や石板、北方紙で出来た帳面を用意していると、午前中に授業を受けていた弟妹と会う。


「にいちゃんっ、ねえちゃん!」

「あ、ユシウス…オリティアも…」


 声を掛けられたアルトリアが振り返って笑いながら弟妹の名前を呼ぶと、ユシウスとオリティアの2人は嬉しそうに駆け寄って来た。

 そして先にアルトリアへ飛びついた5歳になる弟のユシウスが黒っぽい瞳をきらきらさせながら尋ねる。


「ねえちゃん!きょうのおやつなんだった?」

「今日はね…あ…」

「どうしたのねえさん?」


 途中まで言葉に出したもののアルトリウスから物言いたげな目を向けられ、母親からの言付けを思い出し口をつぐむアルトリアに、追い付いてきた妹のオリティアが不思議そうに尋ねた。

 オリティアは今年で7歳、兄弟の中で一番エルレイシアに似た面差しをしており、髪や目の色も兄弟の中で一番淡い茶色をしている。

 一方のユシウスは目も髪も濃い黒色で、群島嶼人の特徴を一番良く受け継いでいた。


「母さんが、帰ってからのお楽しみって言ってたよ」


 困り顔で口をつぐんでしまったアルトリアへ助船を出すアルトリウス。

 その言葉の意味を少し考えていたユシウスとオリティアだったが、やがて納得したのかうんと頷いてアルトリアの元を離れた。

 そしてほっとするアルトリアを余所に、先程まで勉強の為に使っていた自席へと戻るユシウスとオリティア。


「じゃあ、はやくかえらなくちゃ!オリティアねえちゃん早くっ」

「…ユシウスはやい、ちょっとまちなさい」


 早くも教書と帳面を鞄に仕舞い込み、机の上に備えられている石板を布で綺麗に拭き掃除し終えたユシウスがオリティアを急かす。

 オリティアもようやく石板を拭き終え、鞄を手にユシウスが待つ教室の出入り口へと向った。


「じゃあ、ねえさんにいさん、かえるね!」

「またあとでね!」

「道草したらダメだよ」

「大通りはきをつけるんだよ」


 手を振り合い、オリティアとユシウスの言葉にアルトリアとアルトリウスがそれぞれ答える。





 弟妹を見送ったアルトリウスとアルトリアは、行掛けにシッティウスから貰ってしまった2枚の紙を見てため息を吐きながらも机の上に置き、次いで教書と帳面を取り出した。

 そしてその2枚の紙を教壇へ置くアルトリウスとアルトリア。

 これで今日の授業も難解になる事間違い無しである。

 今日の授業は週1回の実践授業である。

 実践授業とは、学習所外から講師を招いて行う授業の事で、現場や第一線で働く人々の実体験や実践的な技術の話を聞いて、子供達に将来の職業や希望を見付けて貰おうという目的で始められた授業である。

 今日の授業内容は農学で、講師はシレンティウムの農業長官であるルルス・サックスであった。


「今日はサックス先生かあ…あの先生、なんだかきもちわるいのよね~」

「のうがくはおもしろいよ。今日はどんなお話かな?」


 アルトリアが微妙な表情で言ったのに対し、アルトリウスは期待感に胸を膨らませる。

 そうこうしている内に、他の生徒達もちらほらやって来始め、アルトリウスは帳面をめくっている所を後ろから肩を叩かれた。


「アルトリウスくん、いつも早いねっ」

「あ、マリアちゃん…」


 アルトリウスの肩を叩いたのは、マリア・シオネウス・ヘリオネル12歳。

 シオネウス族長ヘリオネルとその妻エティアの娘であり、シレンティウムで一番最初に生まれた子供でもある。

 和気藹々と雑談に興じる2人を横から面白くなさそうに見ていたアルトリアは、マリアがアルトリウスの肩に手をかけたのを見逃さなかった。


「マリアちゃん、ウチの兄に手出しむようだよ?」

「…手なんか出してないわ」


 アルトリウスが険悪になった2人の間に入るより早く、今日の講師であるルルス・サックス農業長官が教室へ入ってきたので、3人はそれぞれの席へとつく。

 ルルスはゆっくり教室へ入ってくると、脇に抱えていた瓶に入った土の試料や、農産物を乾燥させて紙の台紙へと貼り付けた植物標本を綴ったものを教壇へ置いた。


 ルルスはその物腰や口調が柔らかくアルトリアは男の癖にと嫌っているものの、他の生徒からの受けは良い。

 また、農業についてシレンティウムで栽培されている作物を実際に持ち込んだり、農作物から農業生産品が出来る過程を再現したりと授業内容にも面白みがある為、授業自体についても非常に評判が良かった。


「こんにちはみなさん、今日は私、ルルス・サックスがシレンティウムの農業について色々お話ししたいと思います…おや?」


 そこでサックスは教壇に置かれた大麦と小麦の生産統計表を見付け、にっこりと笑顔になってアルトリウスとアルトリアに顔を向けて言った。


「ああ、これは良い資料です。アキルシウス君達ですね、シッティウス行政長官から聞いていますよ。では、今日はシレンティウムの小麦や大麦栽培とその方法、更には生産量について勉強しましょう…教書は要りません。私が板書したものだけ帳面に後で書き写してください」










 夕方となり授業が終了した後、アルトリウスとアルトリアは手早く帳面や教書を片付けると、学習所から隣の太陽神殿へと入り込んだ。

 太陽神殿の大講堂から更に奥、太陽神官の執務室へと向う双子。

 本来であれば大神官である母のエルレイシアが詰める場所であるが、今も昔もそこに居るのは双子の大叔母にあたるアルスハレアである。


「おばあちゃん!」

「いらっしゃい、アルトリウスにアルトリア」

「おや?珍しき事に御座いますな」


 双子が元気良く執務室へ入ると、そこには眼鏡を外しつつ機嫌良く答えるアルスハレアとその向かいに座る薬事院統括となった鈴春茗がいた。


「りんさんこんにちは!」

「良いお昼で御座います、お二方もご健勝で御座いますか?」

「はい、げんきです」


 アルトリアが手を上げながら大声で言うと、鈴春茗も笑顔で挨拶を返す。

 更に鈴春茗の挨拶にアルトリウスが応じた。

 双子の様子を見て笑みを浮かべると、鈴春茗は広げていた試料や本を片付け始めた。

 どうやら薬事院で使用する薬の種別や製法についてアルスハレアと検討していたようである。


「おじゃまだったですか?」


 アルトリウスが問い掛けると笑顔のまま鈴春茗は頭を振って口を開いた。


「いえ、丁度終わりました所で御座いますから、邪魔にはなっておりません。気にする事は御座いません。私はこれで失礼を致しまするので…ではアルスハレア殿、色々とご教示有り難う御座いました」

「いいえ、後はよろしくお願いします」


 子供達に手を振りながら去る鈴春茗に、アルトリウスとアルトリアもアルスハレアに倣って手を振り見送る。

 そして3人になった所で、アルスハレアが徐に口を開いた。


「…何か聞きたい事があるのかしら?」

「…おばあちゃん、なんでわかったの?」


 アルスハレアの言葉にそれまでもじもじしていたアルトリウスが驚き、アルトリアが思わず声を上げると、アルスハレアは微笑みを浮かべて言葉を継ぐ。


「顔にお話ししたいって、書いてありますよ」

「「………」」


 思わず自分達の顔を見合わして互いの頬を撫でる双子に堪えきれなくなったアルスハレアが笑うと、双子もえへへとばつが悪そうに同時に頭に手をやってはにかんだ。


「それで、どうしたの?」

「昨日ね…あ、お母さんとお父さんには言わないで?」


 アルスハレアに促されて話しかけたアルトリアだったが、途中で自分達が無断で地下水道に入った事がばれると気が付き、思わず口止めをする。

 アルスハレアは2人の頭を軽く撫で、少し表情を硬くして口を開いた。


「…2度と危ない事をしないって約束するなら黙っていてあげます」

「わかりました…」

「はあい…」


 アルトリウスとアルトリアが不承不承返事すると、アルスハレアは1つ頷いてから先を促した。







「そう…これが、清けし貴水のクアラと名乗る大精霊から貰ったものなのですか…」


 アルトリアが差し出した青い鍔と、アルトリウスが差し出した青い珠を見つめるアルスハレアが真剣な表情で言う。

 昨日地下水道であった事の顛末を全て聞き、更に実際貰ったという物品を見たアルスハレアはまじまじと双子を見つめた。

 アルスハレアの見る所、この2つの物品からは確かに精霊の、しかも相当強い力が感じられるが悪しきものでは無かった。

 加護を得られる物品と言う事だが、それ以上の秘密もありそうだ。

 本当ならアクエリウスに聞けば良いのだろうが、過去の経緯もあってアルスハレアとしてはあまり顔を合わせたくない。

 取り敢えず悪しき効果や呪いの物というわけでは無さそうなので、そのまま双子に戻させる事にした。

 それぞれが貰ったものをしまう途中、アルトリウスが質問を重ねる。


「…それで、セグメンタスさんなんですが、じぶんは都市のしゅご聖人のかけらだと言っていました。それにたいようしん様のえいきょうが強いと出られないとも言ってました…本当でしょうか?」


 セグメンタスが本当に守護聖人であるのならば、太陽神を苦手としている理由が分からないので、アルトリウスは疑問に思ったのだ。

 そんなアルトリウスの質問にアルスハレアはゆっくりと答える。


「そう…そうね、多分間違いないと思います…あなた方に名を授け、その後あなたたちのお父さんが北の護民官としてこの国を立ち上げたと同時に居なくなってしまったのです…そうですか、そろそろ太陽神様の呪が解け始めているのですね…」

「?」


最後の方の言葉が聞き取れずに疑問符を頭に浮かべる双子を余所に、アルスハレアはそれからしばらく考えた後、夕闇が迫っている事に気が付いて双子の背を押した。


「さあ、そろそろお帰りなさい、あなたの両親…特に母親が心配しているでしょう」

「は~い」

「はい、今日はありがとうございました」


 自分の言葉にきっちり返事をするアルトリアと、礼を述べるアルトリウス。

 その様子に目を細め、双子を送り出すと、1人残った執務室内でアルスハレアはその大講堂の傍らにある名付けの祭壇を見ながら言葉を漏らした。


「…あなたの呪が解けるか、私の寿命が来るか…どうやら私の勝ちのようですね。待ってらっしゃいアルトリウス…」






 地下水道、清けし貴水の滝



『おう?』


 岩棚で親しげにクアラと話し込んでいたセグメンタスは、突然の悪寒にぶるりと身体を震わせた。

 周囲にはいつぞやのように多数の妖精や精霊が舞い、色取り取りの光が乱舞している。

 その中でセグメンタスは周囲をきょろきょろと見回して悪寒の元を探るが何も見当たらず、最後は諦めてじっと待っていたクアラへと向き直った。


『如何しました客人?』

『うむ…なにやら悪寒が…するのである』

『…貴公は既に神の身でしょう?悪寒など有るものなのですか?』

『ううむ…身に覚えがあるだけに…』

『?』

『いや…気になさらずとも良いのである』


 言葉の意味を理解出来ないクアラが首を傾げるのを見て、セグメンタスは苦笑しつつそう言葉を返すのだった。

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