第4話 隠蔽
事の発端は、忠長の暗殺だったらしい。
家光危篤のドサクサにまぎれておれが毒殺されたとき、松平上総介長辰(徳松)は、将軍逝去によってもたらされる騒乱にそなえて、城外でパトロール中だった。
一方、殺害現場のすぐ傍にいた保科肥後守正之(幸松)は、異母兄のホヤホヤの死体を目にした瞬間、人格が一変した。
ニヤニヤしながら現場にとどまっていた実行犯・堀田正盛と足止め役の阿部重次、さらに付近で待機していた一味を即座に拘束し、苛烈な拷問の末、サクッと暗殺計画の全容を割りだした。
それによると、やつらは、おれだけでなく、急報を聞きつけてもどってきた松平忠輝と徳松親子も排除して、つぎの将軍の側近に収まるつもりだったようで、この計画を家光も知っていた ―― というより、実母《お福》と稲葉一族を殺された恨みを晴らすべく、堀田を通じて、阿部らに復讐を依頼していたそうだ。
ちなみに、幸松は、柔和な風貌や控えめな態度から、あまり警戒されておらず、いずれ懐柔できると思われていたらしいが、案に相違して幸松は強硬で、容赦がなかった。
異変を聞いた忠輝と徳松が駆けもどると、家光の寝所は一面血の海で、次の間では、父の見舞いに訪れた家光の嗣子・家綱が失禁したままへたりこみ、付き添いの松平伊豆守信綱(三十郎)も茫然と立ちつくしていた。
血刀を畳にぶっ刺した幸松は、無の表情でたんたんと経緯を語り、その一部始終が徳松の手記に残されている。
それによると、ブチ切れた忠輝は家綱たちに家光の出生の秘密を暴露し、後日、おれの嫡男・松平忠義の立会いのもと、例の起請文 ―― 家綱以降の全将軍に、唯一の直系である忠長の子孫から将軍職をゆずられたと明記した書面 ――を代替わりごとに作成すると誓わせた。
成敗されたやつらについては、暗殺に加担していなかった三十郎に一任し、
「忠長は看病疲れによる病死。その功を賞して、徳川姓にあらためたうえで、大名昇格」、
「阿部たちは、家光逝去に際して殉死したため、武家諸法度違反により改易」というストーリーで手打ちとなった。
一連の裁定は、ただでさえ将軍の死で世情が不安定なところに、この事実が明らかになったら、威信の失墜した政権に対して、倒幕運動すら起きかねなかった状況なので、無難な落としどころだろう。
だが、徳松は、この生ぬるい決着に納得できなかった。
『国松儀 返す返すも口惜しく 慙愧の念いまだ晴れず
罪を犯せし者どもを 未来永劫 地の果てまでも追い詰め 相応の報いを与えんと欲すれど そはすでに冥界へと送られし後なれば 吾兄にくわえし狼藉への復仇もかなわず ただただ無念無念 ~云々~ 』
荒々しい筆致でしたためられた手記には、徳松の鬱屈が如実にあらわれている。
ものごころついたときからずっと、おれを兄として慕ってくれていた徳松は、おれの実弟である幸松につよいライバル心(コンプレックス?)を抱いていた。
親族の権利である『仇討』を、そのライバルに奪われ、不完全燃焼のまま事態が収束してしまったことで、怒りのもって行き場がなくなったのだ。
(余談だが、家綱は、このときの全身返り血で真っ赤に染まった保科正之の姿が強烈なトラウマとなり、のちに将軍補佐役となった保科を生涯恐れていた。
そのため、保科が持ちこむ決済案件には、すべて「そうせい!」とノーチェックで了承していたという……かわいそうに……)
そして、そんな中、こっちの世界でも『慶安の変』が起こる。




