第4話 実験の記録
路地に静かな風が吹いていた。
美咲の手の中には、さっき拾ったノートがある。
三人とも、そのページを見ていた。
観察記録 No.28
その下に書かれている名前。
神崎蓮。
白石美咲。
黒崎迅。
「……気味悪い。」
美咲が呟いた。
いつもの軽い声ではない。
私はページをめくる。
古い紙の匂いがした。
そこには、日付と文章が並んでいる。
観察記録 No.1
被験者A
軽度の暴力衝動を確認。
次のページ。
観察記録 No.5
被験者B
罪悪感の欠如。
さらにめくる。
観察記録 No.12
被験者A
殺害衝動の増加。
黒崎が低い声で言った。
「被験者……?」
美咲はノートを覗き込みながら言う。
「完全に研究ノートですね。」
私はページを止める。
そこには、こう書かれていた。
観察記録 No.20
被験者A
初めての殺害を確認。
実験は成功。
沈黙が落ちた。
遠くで車の音がする。
黒崎がゆっくり言った。
「……ふざけている。」
その声には怒りが混じっていた。
「人を実験動物みたいに扱っている。」
美咲は小さく笑う。
「でも。」
「これ、本当にそうかも。」
「どういう意味だ。」
黒崎が言う。
美咲はページを指差した。
そこには日付が書いてある。
三年前。
一家殺害事件の日付だった。
「これ。」
美咲が言う。
「事件より前なんです。」
私は眉を動かす。
「つまり?」
「つまり。」
美咲は静かに言った。
「この人、知ってたんですよ。」
「事件が起きることを。」
風が吹いた。
ページがめくれる。
最後の方のページ。
そこには新しいインクで書かれていた。
観察記録 No.27
被験者三名
接触可能性あり。
その下。
次の実験開始予定
黒崎が低く言う。
「……実験?」
私はページの最後を見る。
そこには、もう一つの文章があった。
目的
人間が壊れる瞬間の観察。
沈黙。
誰も言葉を出さない。
やがて美咲が言った。
「ねえ。」
「これ。」
「完全にサイコパスじゃない?」
黒崎は首を振る。
「違う。」
「もっと悪い。」
私はノートを閉じた。
「理由がある。」
二人がこちらを見る。
「理由?」
私は言う。
「研究には目的がある。」
「この観察者にも。」
美咲が少し笑う。
「例えば?」
私は答えない。
そのとき。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。
私は取り出す。
知らない番号からのメッセージ。
画面を見る。
短い文章。
次の実験を開始します。
その下に。
地図が送られてきていた。
美咲が覗き込む。
「場所は?」
私は言う。
「この近くだ。」
黒崎の目が細くなる。
「誘っているのか。」
私はスマートフォンを見る。
メッセージの最後に、もう一行あった。
観察者K
そのころ。
遠くのビルの屋上。
少年は双眼鏡を下ろした。
三人の姿が小さく見える。
ノートを開く。
ペンを走らせる。
観察記録 No.30
少年は静かに書いた。
「被験者は予想通り行動している。」
そして、小さく呟く。
「人間は、本当に面白い。」
夜の街で。
次の実験が始まろうとしていた。




