第3話 観察記録
黒いコートの男は、静かにナイフを構えていた。
街灯の光が、刃を鈍く照らしている。
「違う。」
男は言った。
「お前たちが、二人目と三人目だ。」
美咲は小さく笑った。
「へぇ。」
楽しそうな声だった。
「じゃああなたが一人目?」
男は答えない。
ただ一歩前に出た。
その動きは無駄がない。
私は理解した。
——こいつは慣れている。
人を殺すことに。
「名前くらい聞いていい?」
美咲が言う。
男は少しだけ考えたようだった。
そして答えた。
「黒崎。」
短い名前だった。
「黒崎迅。」
美咲は満足そうに頷く。
「よろしく、黒崎さん。」
「私、美咲。」
「こっちは神崎。」
黒崎は私を見た。
無表情だ。
だがその目は、獲物を測る目だった。
「二人とも。」
黒崎は言う。
「普通じゃないな。」
「お互い様でしょ。」
美咲はナイフを取り出した。
銀色の刃が光る。
「どうする?」
彼女は楽しそうに言った。
「ここでやる?」
黒崎は首を振った。
「違う。」
「目的がある。」
「目的?」
美咲が首を傾げる。
黒崎は静かに言った。
「俺は殺人鬼を殺している。」
沈黙が落ちた。
遠くで風が吹く。
私は黒崎を見る。
「つまり。」
私は言う。
「俺たちは対象か。」
「そうだ。」
黒崎は迷いなく言った。
「だが」
少しだけ目を細めた。
「妙だ。」
「妙?」
美咲が聞く。
黒崎は周囲を見る。
暗い路地。
誰もいない。
だが。
「……見られている。」
その言葉に、空気が変わった。
美咲は笑った。
「偶然じゃない?」
黒崎は首を振る。
「違う。」
「さっきからだ。」
私は黙って周囲を見る。
屋上。
窓。
路地の奥。
人影はない。
だが。
確かに。
何かおかしい。
その瞬間。
カタン。
小さな音がした。
三人同時に振り向く。
ゴミ箱の横。
小さな物体が落ちていた。
ノートだ。
誰かのノート。
美咲が拾う。
「なにこれ。」
ページを開く。
そして。
彼女の笑顔が止まった。
「……え?」
私は横から覗く。
そこには、こう書かれていた。
観察記録 No.28
その下に名前。
神崎蓮
白石美咲
黒崎迅
三人の名前。
そして、その下に。
接触確認
美咲がゆっくり顔を上げる。
「ねぇ。」
声が少し震えていた。
「これってさ。」
黒崎が言う。
「……最初から見られていた。」
私はページをめくる。
次のページ。
そこには、こう書かれていた。
観察開始:三年前
さらに下。
事件:一家殺害
その下に。
たった一行。
被験者は現在も正常に行動している
美咲が小さく呟く。
「被験者……?」
そのとき。
ノートの最後のページが風でめくれた。
そこには写真が貼ってあった。
一人の少年。
制服姿。
年齢は、十代半ば。
そして、その写真の下に書かれていた。
観察者 K
そのころ。
少し離れたビルの屋上。
一人の少年が、街を見下ろしていた。
双眼鏡を下ろす。
そしてノートに書き込む。
観察記録 No.29
ペンが走る。
「被験者三名、互いを認識」
少年は小さく笑った。
「人間観察は、本当に面白い。」
夜の街で。
三人の殺人鬼はまだ知らない。
自分たちが。
誰かの実験の中にいることを。




