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第一話 観察



人間は、壊れる。

しかも驚くほど簡単に。

嘘を一つ。

疑いを一つ。

それだけでいい。

三年前、

この街のある家で三人の大人が殺し合った。

原因は単純だ。

誰かが嘘をついた。

その嘘をきっかけに、大人たちは疑い、怒り、そして壊れた。

私はそれを、すぐ近くで見ていた。

——だが、その話はまだ早い。

 

深夜一時。

街灯の少ない裏通りを、私は一人で歩いていた。

夜の街は不思議だ。

昼間は人で溢れている場所でも、夜になると急に別の顔を見せる。

静かで、冷たくて、少しだけ危険な顔だ。

そして、そういう場所には

普通ではない人間が集まりやすい。

「さっきから後ろにいますよね。」

突然、声がした。

私は足を止める。

振り向くと、そこに一人の女が立っていた。

二十代半ばくらいだろうか。

黒い髪を肩まで伸ばした女だ。

白いコートを着ている。

どこにでもいそうな普通の女性。

——ただし、こんな時間にこんな場所にいることを除けば。

「ずっと気づいてました。」

女は軽く笑った。

「尾行、あまり上手じゃないですね。」

私は黙っていた。

女は私の目をじっと見る。

その視線は、不思議と落ち着いていた。

普通の人間なら、こんな状況ではもっと警戒するはずだ。

だが彼女にはそれがない。

むしろ、楽しんでいるように見える。

「まあいいです。」

女は肩をすくめた。

「でも不思議ですね。」

「何がだ。」

私がそう言うと、女は少し目を細めた。

「やっと喋りましたね。」

そして、ゆっくり言った。

「あなたから、同じ匂いがするんです。」

「匂い?」

「ええ。」

女は笑った。

「人間を壊したことがある人の匂い。」

沈黙が落ちた。

遠くで車の音がする。

私は女を見た。

普通の顔。

普通の声。

だが、その言葉は普通じゃない。

「安心してください。」

女は続ける。

「警察に通報したりしません。」

「どうしてだ。」

女は少しだけ笑った。

そして、静かに言った。

「私も同じですから。」

風が吹く。

その瞬間、女のコートの内側で金属がわずかに光った。

ナイフだ。

私は動かない。

女も動かない。

しばらく沈黙が続いた。

やがて女は言った。

「どうします?」

「ここでやります?」

私は首を振った。

「意味がない。」

女は楽しそうに笑った。

「ですよね。」

「殺人鬼が殺人鬼を殺しても、あまり面白くない。」

私は言う。

「面白さでやっているのか。」

女は肩をすくめた。

「半分くらいは。」

それから、少し考えるような顔をする。

「でもね。」

彼女は言った。

「もっと面白いことがあるんです。」

私は黙っていた。

女は少し声を落とす。

「最近、この街で変な事件が起きてます。」

「失踪事件。」

「しかも消えてるのは、みんな犯罪者。」

私は眉をわずかに動かした。

女は続ける。

「つまり、この街には今」

静かに言った。

「もう一人いる。」

「何が言いたい。」

「簡単です。」

女は微笑んだ。

「狩人が三人いるってこと。」

遠くでパトカーのサイレンが鳴った。

夜の空気が揺れる。

女はその音を聞きながら言った。

「協力しません?」

「名前は?」

私は聞いた。

女は笑った。

「美咲。」

「あなたは?」

私は少し考えてから答えた。

「神崎。」

美咲は満足そうに頷いた。

「じゃあ神崎さん。」

そして楽しそうに言った。

「この街の三人目、探してみません?」

そのとき私はまだ知らなかった。

この街の三人目が。

殺人鬼でも、警察でもなく。

もっと奇妙な存在だということを。

人間を観察している“誰か”。

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