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処刑回避で女装入内したのに、暴君殿下の「人間クーラー」として採用されました〜冷たい体が気持ちいいと、毎晩抱き枕にされて逃げ出せません!〜  作者: 九条 綾乃


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9/9

第9話 人間クーラーの優雅な(?)軟禁生活

「……暇だ」


 俺、ヨンは、ふかふかの長椅子の上で、天井のはりの数を数えながら呟いた。場所は、王の執務室である思政殿サジョンジョン。本来、側室風情が入室できる場所ではないが、今の俺には「特別許可」が出ている。


 というか、強制連行されている。


「……動くな。熱気が戻る」


 文机に向かって筆を走らせていたヨムが、顔も上げずに言った。彼は片手で筆を持ち、もう片方の手で、長椅子に座る俺の足首をガッチリと握っている。まるで、真夏に氷嚢ひょうのうを抱え込む、暑がりの子供のようだ。


「あの、殿下。私、足が痺れてきたんですが」

「なら反対の足を寄越せ」

「そういう問題じゃなくてですね……」


 俺はため息をついた。淑媛スグォンとしての初お披露目を果たした、あの夜から数週間。俺たちの関係は、完全に「依存関係」に陥っていた。


 炎は俺(冷気)がないと仕事に集中できず、俺は炎(熱源)から魔力を補給しないと体調を崩す。結果、24時間365日、俺はこの暴君の半径2メートル以内で過ごす「豪華な置物」兼「生きた氷枕」と化していた。


「(……ま、悪くはないんだけどな)」


 俺は口元に運ばれた葡萄をパクリと食べた。ヒビンの嫌がらせも、俺が「王の寵愛」を独占しているせいで鳴りを潜めている。衣食住は最高ランク。仕事は座っているだけ。男だとバレなければ、ここは天国だ。


 だが、物語の主人公に、安息の日々は訪れないらしい。


「——た、大変でございます、殿下!!」


 バァァン!!


 扉が勢いよく開き、内官長の尚膳サンソンが転がり込んできた。いつも冷静な彼が、冠を歪ませ、青ざめた顔をしている。


「……騒々しいぞ。何事だ」


 炎が不機嫌そうに顔を上げた。尚膳は、震える声で告げた。


「き、来ます……!『帝国』の使節団が、国境を越えました!」


 その言葉に、部屋の空気が凍りついた。俺も葡萄を喉に詰まらせかけた。


 帝国テグク。この国を冊封さくほう体制下に置く、大陸の超大国だ。形式上、この国の王は帝国の皇帝から承認を得て即位する。逆らえば、圧倒的な軍事力ですり潰される絶対的な上位存在。


「……使節だと?即位の承認には、まだ早いはずだが」


 炎の目がスッと細められ、赤い光が灯る。そう、炎は先代王の死後、即位してからまだ日が浅い。通常、帝国からの使節は即位から一年後くらいに来るのが通例だ。


「はっ……それが、急遽予定を変更したとのことで……。表向きは『新王の即位祝い』ですが、真の目的は……『王の狂気』の調査かと思われます」


「……ほう?」


 炎が口角を吊り上げた。冷たい笑みだ。炎が「呪いの熱」で暴走し、臣下を焼き殺しているという噂は、大陸中に広まっているらしい。帝国としては、不安定な王を廃し、扱いやすい傀儡かいらいを立てたいのだろう。


「さらに、悪い知らせがございます」


 尚膳が、言い淀みながらチラリと俺の方を見た。その目は、俺を咎めるものではなく、「お逃げください」と言わんばかりの憐れみを帯びていた。


「……なんだ、その目は」

「はっ……。実は、今回の使節団の筆頭……あの、『真眼しんがんの老師』と呼ばれる大神官、王厳ワン・オムが同行しているとのことです」


「ッ……!?」


 俺は思わず足を引き、炎の手から逃れた。『真眼の老師』。その名は俺でも知っている。あらゆる幻術、偽装、そして「よこしまな嘘」を見抜くという、伝説の魔導師だ。


「帝国の言い分はこうです。『王の狂気が急に鎮まったのは、何者かが妖術で王をたぶらかしているからだ』と」


 尚膳が重苦しく続けた。


「つまり、彼らの標的は……殿下の寵愛を一身に受けておられる、淑媛スグォン様です。『傾国の妖女』ではないかと、身体検査をしに来るつもりかと……」


(マズい……!!)


 俺の背筋に、冷たい汗が流れた。俺は妖女じゃない。ただの女装した十九歳の男だ。だが、「真眼」を持つ神官に身体検査などされたら、妖術云々の前に、「性別」という最大の嘘が一発でバレる!


 俺の女装は、便利な変身魔法などではない。ただの「超・厚化粧」だ。


 男のゴツい骨格や肌質を隠すため、俺は毎朝、職人技で白粉おしろいを塗り固めている。普通なら、男の脂や汗ですぐに崩れてしまうだろう。だが俺は、【氷】の魔力で皮膚の表面温度を下げ、毛穴を強制的に「完全閉鎖」している。汗も脂も一滴も出さない「生けるマネキン」状態になることで、この分厚い仮面を維持しているのだ。喉仏だって、首元にうっすらと冷気の霧を漂わせ、視界をボヤけさせて誤魔化しているに過ぎない。


 だが、「真眼」は魔力の流れそのものを見るという。俺が必死に肌の下で循環させている冷却魔力や、化粧の下にある「男の素顔」の構造を、一瞬で見抜かれるのではないか?


「……面倒な客が来たな」


 炎は筆を置き、立ち上がった。そして、怯える俺を見て、ニヤリと笑った。


「安心せよ、蓮。……帝国の使節だろうが神官だろうが、余の所有物に指一本触れさせはせぬ」


「は、はい……(違うんです、老師の視線が怖いんです!)」


「迎え撃つぞ。……宴の準備をせよ」


 炎の体から、戦意という名の熱波が溢れ出す。俺はその熱を浴びながら、絶望的な未来をシミュレーションしていた。


 外交問題?知ったことか。俺にとっての問題はただ一つ。「男バレ、即処刑」のカウントダウンが、急速に進み始めたということだ。


(頼むから、俺の方を見ないでくれよ、老師……!)


 俺の「生ける氷枕」としての平穏な日々は、唐突に終わりを告げた。


(第9話完)

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