第4話 朝会の嵐! 「トンチョク」合唱を黙らせて
翌朝。俺、蓮は、地鳴りのような「合唱」で目を覚ました。
『——お考え直しくださいませー、殿下ーーッ!!』
野太い男たちの声が、何十、何百と重なって響いてくる。まるで呪いの儀式だ。
「……なんだ、朝からライブか?」
俺が新たに割り当てられた寝室で、寝ぼけ眼で呟くと、世話係の女官が真っ青な顔で教えてくれた。
「尚宮様!大変です!大臣たちが大殿の前で座り込みをしております!」「座り込み?」
「はい!『どこの馬の骨とも知れぬ者を、承恩尚宮にするなど認められん』と……!」
それを聞いた瞬間、俺の目はパッチリと開いた。そして、ガッツポーズをした。
(よっしゃああああああ!!)
ナイスだ大臣たち!いいぞ老害ども!その通りだ!俺みたいな素性不明の(男の)田舎者を、神聖な王の寝所に置くなんて間違っている!もっと言え!もっと騒いで、俺をこの宮廷から追い出してくれ!
「ふっ……仕方ないですね。(悲しいふり)私も、彼らの言い分を聞いてみます」
俺はウキウキで身支度を整え、騒ぎの現場へと向かった。内心では「退職願」を懐に忍ばせるくらいの勢いだ。
大殿の前広場。そこには、赤や青の官服を着たお偉いさんたちが、ズラリと額を地面にこすりつけていた。その先頭にいるのは、白髪の古狸——この国のNo.2、左議政だ。
「殿下!再考なされませ!家柄も知れぬ者を寵愛するなど、国の恥でございます!」
「「「トンチョッカヨ、ジュシオプソソ、チョーナーーーッ!!」」」
ものすごい音圧だ。これをやられると、王様はプレッシャーに負けて意見を変えることが多いという、伝統的な「圧力行使」だ。
(いいぞ、その調子だ!俺を解雇しろ!)
俺が柱の影からこっそり応援していると、重く閉ざされていた大殿の扉が、ギィィ……と開いた。
現れたのは、炎だ。
「……朝から、騒がしいな」
炎が広場を見下ろす。その姿を見た瞬間、俺も、そして大臣たちも息を呑んだ。
(……なんか、キラキラしてる?)
いつもの炎は、不眠と熱のせいでドス黒い殺気を纏い、目の下には濃いクマを作っているという。だが今日の彼は、肌がつやつやと輝き、背筋が伸び、あふれ出る魔力が神々しいオーラとなって全身を包んでいた。俺(氷枕)のおかげで、一昨日の夜爆睡できたからだろうか。
「さ、左議政よ。……何の真似だ?」
炎の声は穏やかだった。だが、その穏やかさが逆に怖い。台風の目のようだ。
左議政が顔を上げ、必死に訴える。
「殿下!昨夜、見習い女官を承恩尚宮に封じたと聞きました!そのような『根無し草』をそばに置くなど……」
「根無し草だと?」
炎は鼻で笑った。
「その『根無し草』のおかげで、余は即位して初めて、朝まで一度も目覚めずに眠れたのだぞ?」
「は……?」
大臣たちがポカンとする。
「余の『熱』を鎮められるのは、あの者だけだ。……医官の薬も、貴様らの小言も、何の役にも立たなかったがな」
炎が一歩、前に出る。それだけで、広場の気温がグワッと上がった。
「そ、それは偶然でございましょう!たかが女官ごときに、そのような力が……」
「偶然か。……ならば試すか?」
炎が右手を挙げた。ボオオッ!!彼の手のひらに、巨大な火球が出現する。普段なら制御できずに暴走する炎だが、今日は完璧にコントロールされ、美しい球体を描いている。それが余計に、底知れぬ威圧感を与えていた。
「余の機嫌は、今すこぶる良い。……だが、貴様らのその不快な合唱を聞いていると、また『熱』が上がってきそうだ」
炎はニッコリと笑った。目が笑っていない。
「余が再び不眠になれば、この火球がどこに落ちるか分からぬぞ?……例えば、左議政の屋敷とかな」
「ひっ……!?」
左議政の顔色が紙のように白くなった。これは脅しではない。この暴君は、本当にやる。
「余の健康と、貴様らの面子。……どちらが大事だ?」
炎が火球を握り潰すと、パンッ!と軽い音が弾け、熱波が大臣たちの帽子を吹き飛ばした。
「「「も、申し訳ございませぬぅぅぅーーッ!!」」」
一瞬で鎮圧完了。全員が再び平伏し、震え上がった。もはや誰も、俺の出自について文句を言う者はいない。「王様の睡眠薬」を取り上げて、自分が焼き殺されたくはないからだ。
(……嘘だろおい)
柱の影で、俺は膝から崩れ落ちた。解雇のチャンスが、物理的な火力によって消し炭にされた。これで俺の地位は、国家公認レベルで確定してしまったことになる。
炎が、ふとこちらを見た気がした。満足げなドヤ顔だ。「どうだ、守ってやったぞ」とでも言いたげな顔だ。
(余計なことをぉぉぉぉッ!!)
俺の心の叫びは、誰にも届かない。こうして俺は、文句を言う大臣たち(味方)を失い、完全に暴君の「専属冷却材」としてロックオンされてしまったのだった。
(第4話完)




