第3話 貞操の危機! 身体検査をフリーズさせろ
「さあ、まずは身を清めていただきます」
康寧殿の一室。連行された俺、蓮を待ち受けていたのは、湯気の立ち込める風呂と、さらに恐ろしい「魔法器具」だった。
俺の目の前には、巨大な鏡が鎮座している。ただの鏡ではない。枠には禍々しい龍の彫刻が施され、表面には怪しげな魔法陣が浮かび上がっている。
「これは『審美の魔鏡』。王様にお仕えする女性の身体と魂をスキャンし、邪気や病、そして身体的な欠陥がないかを調べる魔導具です」
担当の女官が、事務的な口調で説明した。
(……詰んだ)
俺は絶望で天井を仰いだ。風呂は「極度の恥ずかしがり屋なので!実家の家訓で!」と泣き喚いて、なんとか一人で入ることに成功した。(女官たちは呆れていたが、化粧を落とした俺の素顔を見て「まあ、意外と見られる顔ね」と少し態度を軟化させた)
だが、この鏡は誤魔化せない。「身体的特徴」をスキャンする?そんなもの、俺の前に立った瞬間に、鏡にデカデカと【性別:男(Male)】と表示されて終了だ。その瞬間、俺の首は物理的に胴体とおさらばする。
「では、こちらへ。鏡の前に立ち、手をかざしてください」
女官が促す。周囲には記録係の女官たちが筆を持って待ち構えている。逃げ場はない。
(くそっ、どうする……!?)
俺は冷や汗をかきながら、鏡の前に立った。鏡面には、青ざめた俺の顔(すっぴん美形)が映っている。心臓がうるさい。
「早くしてください」
「は、はい……」
俺は震える手をゆっくりと鏡に伸ばした。
(待てよ。この鏡、要は『魔力回路』で動く精密機械だよな?)
俺の頭の中で、電球がピカリと光った。俺の能力は【氷】と【無】。熱を奪い、エネルギーを中和し、凍結させる力だ。
もし、この鏡の内部回路を、一瞬で『絶対零度』まで冷却したらどうなる?精密機器というのは、極端な温度変化に弱い。熱暴走も怖いが、凍結もまた致命的だ。
(……やるしかねえ。バグらせろ!)
俺は覚悟を決めた。鏡面に指先が触れる直前。俺は体内の全魔力を右手に集中させた。
(凍れッ……!!)
キィィィィィン……!
人間には聞こえない、高周波の音が響く。俺の指先から、目に見えない超極低温の魔力が、鏡の内部へと侵入した。魔力回路が一瞬で凍りつき、演算処理が停止する。
ブゥゥン……。
鏡の表面で輝いていた魔法陣が、フッと消滅した。そして、鏡面は何も映し出さなくなった。ただの、真っ白な曇りガラスのように。
「……?」
女官が眉をひそめた。
「あれ?何も映りませんね」
(よっしゃ!エラーだ!故障だ!)
俺は内心で勝利の雄叫びを上げた。これで「故障ですね、今日は中止で」となるはずだ。
だが、現実は予想の斜め上を行った。
「こ、これは……!!」
女官が目を見開き、震える手で口元を押さえた。
「真っ白……!一点の曇りも、邪気も、色欲さえもない……!」
は?
「通常、どのような清廉な乙女でも、多少の『色』は映るものです。嫉妬、欲望、小さな嘘……それらが色となって現れるのが常。しかし、これはどうでしょう!」
女官は感動に打ち震え、俺の手を取った。
「これほど純白で、無垢な魂を見たのは初めてです!まさに雪の精霊のよう!これなら、気難しい殿下の御心を癒やすことができるかもしれません!」
(……ええー……?)
俺はポカンとした。いや、それただの「フリーズ(応答なし)」画面なんですけど。何も映ってないだけなんですけど。
「す、素晴らしいわ、尚宮様(←俺のこと)!」「記録しなさい!『判定不能なほどの純潔』と!」
女官たちが「おおぉ……」と感嘆の声を上げ、筆を走らせる。俺の評価が、勝手に爆上がりしていく。
(……まあ、いいか。バレなきゃ正義だ)
俺は引きつった愛想笑いを浮かべた。
「そ、そうですか?お役に立てて光栄ですぅ」
「ええ、ええ!さあ、これで検査は合格です。今日はゆっくりお休みになり『明日』に備えてくださいませ」
明日?なにかゾクッとしたぞ?女官は手のひらを返したように親切になり、俺を寝室へと案内し始めた。女官によると、明日正式な任命式があり、その夜に待っているのは、ラスボス・炎との改めての「ご対面」だ。
(……これ、本当に何もしないで一緒に寝るだけで済むのか?)
俺の「貞操(男としての秘密)」を守る戦いは、まだ始まったばかりだ。
(第3話完)




