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暴君王様の抱き枕~男バレ即処刑の後宮で、男の俺だけが眠らせる~  作者: 八雲 律


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第16話 【嵐の後】大妃帰還のお知らせ(詰み)

 翌朝。王宮の正門前には、帰国の途につく帝国使節団の馬車が並んでいた。空は晴れ渡り、ここ数日のジメジメとした緊張感が嘘のようだ。


「……世話になりましたな、殿下」


 真眼の老師が、ヨムに向かって一礼した。その顔は、来た時のトゲトゲしさが消え、どこか晴れやかだ。


「フン。……もう来るなと言いたいところだが、まあ、悪くない余興だった」


 炎も憎まれ口を叩きつつ、老師の実力を認めているようだ。そして、老師の視線が、炎の後ろに控えていた俺、ヨンに向けられた。


淑媛スグォン様も。……昨夜の舞、見事でしたぞ」


 老師が近づいてくる。俺は少し身構えた。昨日の今日で、まだ何か探ってくるつもりか?


 老師は俺の目の前で止まるや否や、周囲には聞こえないよう、声を潜めて囁いた。


「……妖魔の疑いは晴れましたが」


 老師の顔が近づく。その皺だらけの顔に、悪戯っ子のような、楽しげな笑みが浮かんだ。


「貴女には、やはり『とてつもない秘密』があるようですな?……ふふふ」


「ッ……!?」


 俺は息を呑んだ。バレている。性別か、身代わりか、あるいはその両方か。だが、老師の目に敵意はない。むしろ、面白い謎を見つけた子供のように、目を輝かせている。


「まあよいでしょう。その秘密が何であれ、貴女が殿下の『毒』ではなく『薬』であることは確かだ。……面白い見世物への礼として、我が胸にしまっておきましょう」


 老師はニヤリと笑い、片目を瞑ってみせた。どうやらこの食えない爺さんは、俺という「爆弾」に気づいた上で、あえて見逃すことを楽しんでいるらしい。俺は脱力しつつも、深々と頭を下げた。


「……ご慈悲に感謝いたします、老師様」


「では、またいずれ」


 老師は高笑いを残し、馬車へと乗り込んだ。使節団の列が、ゆっくりと遠ざかっていく。


「……おい」


 不意に、炎が俺の腰を引き寄せた。見上げると、彼は不機嫌そうに唇を尖らせている。


「あの古狸め、最後に何をコソコソと耳打ちしておった」


「あ……いえ、舞を褒めていただいただけで」


「嘘をつけ。奴め、妙にお前のことを気に入った目をしておったぞ」


 炎は遠ざかる馬車を睨みつけ、フンと鼻を鳴らした。


「……老師もお前に興味を持ったようだな。油断も隙もない」


「おや、嫉妬ですか?」


「当たり前だ。お前という『謎』を解いてよいのは、余だけだ」


 炎は少し拗ねたように言い、俺の頬を指先でつついた。その不器用な独占欲に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなった。


(……嫉妬、か)


 男だとバレたら殺される関係。それは変わらないはずなのに、今はただ、この身勝手で熱い腕の中が、妙に心地よかった。俺が「男」だと知っても、彼はこうして俺を求めてくれるだろうか。……そんな甘い期待を抱いてしまうほどに。


「ふふ……。光栄です、殿下」


 俺は炎の胸に頭を預けた。これで、帝国の脅威は去った。俺たちの平穏な日々が戻ってくる——。


 その数時間後。執務室に戻った俺たちは、珍しくのんびりとした時間を過ごしていた。嵐のような使節団が去り、ようやく日常に戻れる……はずだった。


「……失礼いたします」


 扉の向こうから、いつになく重々しい、しかし儀礼を重んじた正確なノック音が響いた。静かに扉が開き、内官長の尚膳サンソンが入室してくる。


 その姿は、いつも通りきちんとしていた。冠のズレもない。衣服の乱れもない。ただ一つ、顔色が「土壁」のように灰色であることを除けば。


「……なんだ尚膳。精気が抜けているぞ。老師が帰って寂しいのか?」


 炎が冗談めかして声をかけるが、尚膳はピクリとも笑わなかった。彼は能面のような無表情で、深々と一礼した。


「陛下。……寂しいなどと、滅相もございません。私の胃壁はようやく休息を得られる……そう、信じておりました」


 尚膳の声は、枯れた井戸の底から響くように乾いていた。彼は懐から、恭しく一通の書状を取り出し、両手で捧げ持った。


「たった今、離宮より早馬が参りました」


 その丁寧すぎる所作が、逆に不気味だ。まるで、処刑命令書を読み上げる執行官のような静けさ。


「……内容は?」


「はい。……離宮にて静養されておりました大妃テビ様より、『来月、王宮へ戻る』との仰せでございます」


 ピキィィン。


 室内の空気が——俺の魔力とは関係なく——凍りついた。炎の手から、持っていた筆がポロリと落ち、カランと乾いた音を立てた。


「……なんだと?」


 大妃テビ。先代王の正室であり、炎の母。後宮の絶対支配者にして、礼儀と格式の鬼。そして何より、「王家の血筋」と「後宮の秩序」に異常な執着を持つ人物。


「……尚膳、嘘だと言え」


「申し上げにくいのですが……大妃様はすでに荷造りを終え、先遣隊として『風水師』と『礼儀作法の教官』をこちらへ向かわせたとのこと」


 尚膳は瞬き一つせず、淡々と、しかし絶望的な事実を並べ立てた。


「つまり、もはや回避不能アンストッパブル。……これが現実でございます」


 言い終えた瞬間、尚膳の目から、ツーーー……と一筋の涙が静かに流れ落ちた。表情は真顔のままだ。あまりのショックに、感情と涙腺の制御が切れているらしい。


「あ、あの、尚膳さま?」


 俺が恐る恐る声をかけると、彼は焦点の合わない目で俺を見た。


「淑媛様……。大妃様がお戻りになれば、まず間違いなく『淑媛の品位』を問うための厳しい妃教育と、お子を産める身体かどうかの徹底的な身体検査が行われるでしょう」


 尚膳は遠い目をして、虚空を見つめた。


「私は……私は、淑媛様をお守りするために奔走し、心労で倒れる自分の未来が見えます……。ああ、せっかく治りかけた胃の穴が、また広がり始めていく……」


「しっかりして尚膳!魂が口から出てる!戻ってきて!」


 俺は慌てて尚膳の肩を揺さぶった。帝国の老師など比較にならない、真の「ラスボス」。俺にとっての最強の天敵が、帰ってくる。


 その事実は、真面目な内官長を「生ける廃人」に変えるほどに恐ろしいものだった。


(第16話完)

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