第15話 【最終試験】氷結の剣舞で黙らせる
「……ふぅ」
夜の帳が下りた王宮の庭園。俺、蓮は、満月の光の下、特設された舞台の中央に立っていた。
観客席には、炎と帝国の使節団、そして真眼の老師が座っている。老師の手元には、俺が少しでも怪しい動き(妖魔の挙動)を見せれば即座に発動させるであろう「退魔の札」が握られている。
(……やるしかない)
俺は静かに目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、実家の庭で舞の稽古をしていた姉上の姿だ。
『いい、蓮?ここの足運びはこう。手首は柔らかく……』『姉上、俺は男だぞ。そんなナヨナヨした動き、覚える必要ないだろ』『あら、何があるか分からないでしょ?見ておきなさい!』
あの時、適当に聞き流していた姉の言葉。だが、何千回と見せられたその動きは、嫌でも目に焼き付いていた。
「……参ります」
俺はカッ、と目を開き、手にした「鉄扇」を構えた。
トン。
足を踏み鳴らす。最初の構えは、姉上の記憶通り。だが——。
(くそっ、やっぱり体が勝手に……!)
いざ動き出すと、染み付いた「武道の癖」が出る。重心が低すぎる。手首の返しが鋭すぎる。優雅に回るはずが、敵の死角を取るステップになってしまう。
「……む?」
老師が眉をピクリと動かした。気づかれた?「これは清浄の舞、なのか?」と。
(ええい、もう知らん!中途半端に真似るより、俺の動きに合わせる!)
俺は開き直った。姉上の舞の「型」をベースに、俺の得意な「剣術」を融合させる。優雅さが足りない分は、【氷】の魔力による演出と、研ぎ澄まされた「気迫」で補う!
ヒュッ——!
俺は扇を開き、鋭く空を裂いた。同時に、扇の軌跡に沿って、空気中の水分を一瞬で凍らせる。キラキラと舞う氷の結晶が、扇の動きに残像のような光の帯を与えた。
「……ほう」
老師の目が細められた。俺は止まらない。本来は神に祈るための緩やかな回転を、遠心力を使った高速回転に変える。袖を翻し、氷の粒を撒き散らすその姿は、舞というよりは——。
(接近、防御、反撃!……あ、ここは優雅にターン!)
頭の中は戦場だが、傍目には、氷雪の中で舞い踊る「戦う天女」のように映っていたはずだ。
そして、クライマックス。俺は魔力を練り上げ、舞台全体を極寒の聖域へと変える。
「——滅!」
裂帛の気合いと共に、俺は扇を天に突き上げた。ドォォン!と音を立てて、俺の周囲に氷の華が咲き誇る。
静寂。俺は肩で息をしながら、老師を見据えた。違うと言いたければ言え。これが俺の、精一杯の「ミン家の舞」だ。
「……ふむ」
老師はゆっくりと立ち上がり、舞台へと歩み寄ってきた。その金色の目は、俺の体の芯まで観察している。
「……基本の型は、確かに『清浄の舞』。……ですが」
老師が俺の目の前で止まる。
「重心の低さ、扇の鋭さ、そして張り詰めた気迫。……これは、ただの奉納舞ではありませんな」
ドキリ、と心臓が跳ねる。バレたか。
「……そう、これは」
老師は感心したように頷いた。
「長い年月をかけ、『対・妖魔戦』を想定して改良された、実戦形式の退魔舞……そうですな?」
「……は?」
「なるほど、素晴らしい。貴女はただ深窓で守られていたわけではない。王をお守りするため、自らも修練を積み、舞を『武』へと昇華させていたのですな」
老師の中で、勝手にストーリーが補完されていく。先日の狩りでの弓の腕前、露天風呂での氷結魔法、そして今の鋭い動き。全てが「王を守るために自らを鍛え上げた、戦う淑媛」という解釈で繋がったのだ。
「……さ、左様でございます。よくぞ見抜かれました(冷や汗)」
俺は話を合わせ、恭しく一礼した。
「疑って申し訳なかった。……その力強き舞、そして邪気を凍てつかせる魔力。貴女こそ、王のおそばにふさわしい」
老師は満足げに微笑み、席に戻った。観客席からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「見事だ、淑媛!!」
炎が興奮気味に拍手している。俺は全身の力が抜け、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えた。
なんとか……乗り切った。月明かりの下、俺は安堵の息を吐いた。
(第15話完)




