第14話 【妖魔疑惑】潔白の証明に舞えと言われた
「……はぁ。筋肉痛だ」
俺、蓮は、自室の長椅子で死んだ魚のように伸びていた。昨日の「露天風呂氷結事件」の後遺症だ。魔力を暴走させて温泉を丸ごと凍らせた代償は大きく、全身の節々が痛む。それに、あの後、氷を溶かすために炎に抱きつかれまくったせいで、精神的な疲労もピークだ。
「淑媛様、大変でございます!」
部屋の外から、付き人の女官が血相を変えて飛び込んできた。
「帝国の王厳老師より、至急の呼び出しです!『邪気を感じるため、問答を行いたい』と……!」
「……げっ」
俺は嫌な予感しかしないまま、何重にも塗り固めた「美貌(厚化粧)」を整え、戦場へと向かった。
案内されたのは、王宮内の祭事を行う「星見の間」だった。薄暗い部屋には、老師と、数名の護衛、そして心配そうに見守る炎の姿もあった。
「……何の用だ、老師」
炎が不機嫌そうに唸る。老師は祭壇の前で静かに振り返り、その金色の「真眼」で俺を射抜いた。
「殿下。昨晩の温泉での出来事……しかと確認させていただきました」
老師の声が、冷たく響く。
「一瞬にして湯を凍らせるほどの、強大な陰の気。……あれは、常人の、いや、人間の魔力ではありませんな」
「……!」
俺は息を呑んだ。バレたか?男だと?いや、老師の言葉は違った。
「古来より、この大陸には『氷の妖魔(雪女)』という化け物が伝わっております。美しい女の姿で男を誘い、その精気を吸って凍らせる魔物……」
老師が、ぬらりと俺に近づく。
「淑媛様。……貴女のその冷たすぎる肌、そして生気のない美貌。貴女は本当に人間なのですかな?それとも、殿下を食い殺すために現れた妖魔ですかな?」
(はあぁぁ!?)
俺は心の中で絶叫した。男だとか偽物だとかを通り越して、まさかの「妖怪扱い」!いや、確かに「人間クーラー」として王の熱を吸っているが、食い殺すつもりはない!
「……無礼であろう!」
炎が激昂し、立ち上がった。
「淑媛は人間だ!余が誰よりも知っている!」
「ならば証明していただきましょう」
老師は一歩も引かず、懐から古ぼけた巻物を取り出した。
「淑媛様のご実家、ミン家は代々、神事を司る家系と聞いています。……本物のミン家の娘であり、邪悪な妖魔でないならば、『清浄の舞』を舞えるはず」
「……舞、ですか?」
「左様。邪気を払い、神に祈りを捧げる神聖な舞です。……もし貴女が妖魔ならば、神聖な気により体が焼けてしまうでしょう。逆に、舞えなければ……」
老師の目が、ギラリと光った。
「貴女は『ミン家の名を騙る化け物』として、私がこの場で退魔(処刑)いたします」
(詰んだ……!!)
俺は絶句した。妖怪扱いは心外だが、要求された内容がマズい。俺はミン家の長男として育てられた。剣術や弓術は叩き込まれたが、「女性用の神楽舞」なんて習ったことがない!しかも、失敗=即・退魔?
「……明日の夜、満月の下で披露していただきましょう」
老師は一方的に宣告し、退出していった。
「……すまぬ、淑媛」
部屋に戻ると、炎が悔しそうに壁を殴った。彼は俺が「本物のミン氏」だと信じているからこそ、この展開に憤っている。
「あのような因縁をつけられるとは……。だが、帝国の魔術師相手に、真正面から拒否すれば『王も操られている』とみなされる。……舞うしかない」
炎が俺の肩を掴んだ。
「お前ならできるな?ミン家の娘として、あの古狸の鼻を明かしてやれ」
「……は、はい。もちろんです(白目)」
俺は引きつった笑顔で頷くしかなかった。
炎が出て行った後、俺は頭を抱えて床に転がった。
「どうするんだよ、これ……」
俺にあるのは、男として鍛えた「剣術」と、妖魔と疑われるほどの「氷魔法」だけ。優雅な舞など、一晩で覚えられるわけがない。どうする?仮病を使うか?いや、それこそ怪しまれる。
俺は部屋に隠し持っていた護身用の木刀を手に取り、無意識に構えた。シュッ。鋭い風切り音。慣れ親しんだ、武門の型。
「……待てよ?」
俺は木刀を見つめた。老師が求めているのは「清浄の舞」。要は、「美しくて」「神聖っぽくて」「魔力を使った」動きであればいいのではないか?
俺が知っているのは、敵を殺すための剣技だ。だが、これを極限までゆっくりと、優雅に、氷の粒を纏わせながら動けば……。それは、傍目には「神秘的な剣舞」に見えるんじゃないか?
「……やるしかない」
俺は立ち上がった。これは「舞」ではない。「演武」だ。だが、生き残るためには、この剣技で老師の目を欺くしかない。俺は、俺なりのやり方で「ミン家の娘」を演じ切る!
「見てろよ、クソ爺。……俺の『殺陣』で、度肝を抜いてやる!」
崖っぷちの状況が、逆に俺の男(武人)としての魂に火をつけた。生存を賭けた、一夜漬けの特訓が始まる。
(第14話完)




