第9話 誕生日
──二〇ニ六年八月二十三日。
僕の頭頂をギラついた陽光が照らし、薄手のシャツが汗で僕の体に貼り付く感覚を不快に思う。
いつもより雰囲気の暗い商店街の隙間を縫うようにして熱風が舞う中、時折僕はポケットに手を入れながら、少し小走りでバ先へと向かう。
まだバイト時間までには余裕があったけど、今日の僕は落ち着かない。
街は『英雄』の命日ということで死後20年経った今でもお通夜ムードを引きずっているが、僕達にとってはそんなことなどどうでもいい。だって今日は、僕と彼女の誕生日だから。
想定より5分も早くバ先に到着した僕は早めに準備を済ませる。
汗だくの所を見られたり、汗の臭いが酷かったりで彼女に引かれたくないから、持参していた汗拭きシートで念入りに体を拭いた。ポケットのものを制服のエプロンに移してから、更衣室を後にする。
冷房の効いた控室で業務開始まで涼んでいると、控室の中に入ってくると黒髪ショートの可愛らしい女の子だった。
──彼女は白髪に染めていたのをやめ、しかもバッサリと髪を切ったようだった。
白いポニーテールを可愛らしく揺らす彼女も可愛かったが、黒髪ショートの彼女にもまた違った魅力があった。白髪だった時よりも、清楚感が増しただろうか。
「──先輩。お誕生日、おめでとうございます」
彼女はそう口にすると、これまでに何度も見て何度もドキドキしたあの可愛らしい笑顔を浮かべる。
僕はタジタジになりながら「ありがとう」と感謝を口にし、そして「そっちも誕生日おめでとう」と続ける。すると、彼女は──、
「──誕生日におめでとうなんて言われたの、初めてです」
などと噓か本当かわからないことを口にし、飛び切りの笑顔を僕に見せてくれたのだった。
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いつものように人のいない店内で、レジに並んで立っている僕と彼女。
店長に今日のシフト頼み込んだ時は「『英雄』の命日にまで店を開くのか?」と面倒くさそうにしており、店長は今日来ないことになっていた。だから、店には僕と彼女の2人しかいない。
僕達にとっては、逆に好都合だった。もしかしたら、店長は僕と彼女がいい感じになっているのを察していて、気を利かせてくれたのかもしれない。
「──それにしても髪、似合ってるね」
と、僕は隣に立つ彼女にそう声をかける。すると、彼女は嬉しそうに短くなった髪を小さく揺らしながら僕によく見せてくれる。そして、彼女は自慢げにこう言った。
「言った通り、私は何色でも可愛いでしょう?」
「うん。とっても可愛いよ」
「高校生の頃は、髪が綺麗って皆に褒められたんです。でもやっぱ、先輩に褒められるのが一番嬉しいですね」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃん」
お互いに軽口を言い合いながら、僕はエプロンのポケットの中にあるものを確認する。
あることはわかっているのだけれど、定期的に確認しないと落ち着かなかった。
彼女は、そんな僕の様子にも気付かずに話を続ける。
「それにしても、勢い余って髪をショートにしてみたんですけどどうです?似合ってますか?」
「うん。凄く似合ってるよ。ポニーテールも似合ってたけど、今も似合ってる。爽やかで夏にピッタリ」
「よかった、ちょっと心配だったんですよ。先輩の好きな髪型とか知らなかったから」
「そんなに僕のことを気にしてくれたの?」
「勿論。だって先輩は、私の一人だけの理解者ですもの」
彼女と出会って3ケ月。もう、彼女の無理に意識させるような言葉にも慣れてきた。
僕をからかって楽しんでいるのか、それとも本当に好意を持ってくれているのかまだしっかりと判別していないけれど、やっぱり後者を期待してしまっている僕がいる。
「確かに、20年前の今日に生まれてなければ僕達はこうやって分かり合うこともできなかった。それに、『英雄』の生誕祭っていう、共通項の誕生日に出会えたのも何かの縁かもしれない」
「先輩もそういうこと言うんですね。運命とか信じるタイプでしたっけ?」
「人並みにね」
それに、今日は運命って言うものを信じたい日だった。
母さんとの問題とかまだ面倒事は残っているけれど、彼女が黒髪にしたから母さんも心を開いてくれるかもしれない。
これから、彼女ともっと幸せになりたい。これは、その最初の一歩──。
僕は、エプロンのポケットの中に入れておいた小箱に手を伸ばす。そして、右手の中に忍ばせたまま彼女に声をかける。
「──と、そうだ。誕生日にはやっぱりアレが付きものじゃない?」
「アレ?」
「そう。喜んでもらえるかわからないけど、用意したんだ」
僕はそう口にして、右手に持っている小箱を開ける。中には、小さな白い宝石の付いたネックレスが綺麗に収められていた。
僕の3か月分のバイト代をつぎ込んだプレゼント。そして──
「──僕と、付き合ってください」
お客様の1人もいない閑散とした店内で、僕の少し震えた声だけが響く。
彼女は一瞬驚いたような顔をして、そしてすぐに満面の笑みを作って声を震わせて、
「──よろしくお願いします、先輩」
と少し照れたような声で僕の手の中の小箱からネックレスを手に取る。
告白は成功した。僕達はやはり運命で結ばれていた。彼女の発言はからかいなどではなく、僕を想ってのものだった。
全身から力が抜けるような感覚がやってきて、僕は心の底から安堵する。
彼女と結ばれることができた。彼女の為なら、僕は母さんなんかいくらでも説得する。
──と、その時。店の自動ドアが開く音がする。
マスクとサングラスを着用し、背中にリュックを背負った若い男がレジの方へ大股でやってきて、懐から刃物を取り出しこう口にする。
「強盗だ、金を出せ。さもなくば殺す」
強盗の登場と言うあまりに唐突な出来事に、僕も彼女も驚きが隠せない。
今日は世間的には『英雄』の命日で、一般人は自粛ムードだ。
だが、逆を言えば犯罪をしようと思う人にとっては『英雄』の命日ほど都合のいい日はないだろう。
この時、僕はこれまでの人生で一番大きな憎悪を『英雄』に対して向ける。
「早くしろ、金だ。金をこの中に入れろ」
世にも珍しい100均強盗は、背中に背負っていたリュックを開き中にお金を入れるように指示する。
すると、彼女は次のようなことを呟く。
「この前の万引き犯……」
「──あぁ!?って、お前ら!あの時店にいたッ!」
僕が彼女を家に連れて行った日にこの店で万引きをして店長に捕まった青年が、報復と言わんばかりに強盗をしに来たようだった。
胸中には様々な思いが交錯していたけれど、僕の心の中の一番を占めていたのは、彼女を傷付けさせず如何に強盗を乗り切るかであった。
──僕は彼女と幸せになると決めたんだ。ここで、不幸になる訳にはいかない。




