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第7話 ロミオとジュリエット

 

 彼女を送った後の家までの帰り路は、静かで寂しいものだった。

 いや、決して静かではない。先程よりも傘に落ちる雨の音は大きくなっているし、歩けばペチャペチャと音が鳴る。僕の横を車が通れば風を切るような音が聞こえるし、そもそも僕の体から衣擦れ音だって出ている。


 ──が、それらは全て彼女と一緒にいた間も絶えず鳴っていた音だ。

 それらが彼女の代わりになれるはずはないし、それどころか彼女がいなくなったことを色濃く浮き彫りにしているようでさえあった。

 この静かな騒音が、僕の心を1人にさせる。


 ──と僕は、彼女が僕の中で大きな存在になっていることを感じる。

 まだ、出会って一週間ほどしか経っていないのに。でも、ロミオとジュリエットは一週間にも満たない恋物語だと聞いたようなこともある。

 小説の歴史に残る大恋愛がそんなに短く儚いものであれば、僕の中にあるこの心も立派なもののように思えてくる。


「──できれば、バッドエンドにはなって欲しくないけど」


 僕のそんな声は、雨の音にかき消される。帰れば、母さんが待っている。

 母さんに何と言われようと、僕は彼女のことを諦めようとは思わなかった。

 だって、ロミオとジュリエットは命を絶つほど愛し合っていたのだ。彼女のために死ぬことはできないかもしれないが、僕はそれほど彼女のことを大切に思っていた。


 僕と彼女は、ロミオとジュリエットだ。



 ──そんなことを思っていると、あっという間に家に到着した。

 僕は、ビニール傘を庭先にかけた後に一度深呼吸をしてから玄関の扉を開ける。


 いつもと同じように「ただいまー」と声をかけるけど、母さんからいつものような「おかえりー」は返ってこない。

 僕が彼女のことを連れてきたことを怒っているのだろうか。まだ不機嫌でいるのなら面倒だと思いながら、いつもより念入りに手洗いうがいをしてリビングに立ち寄る。


「おかえり」

 母さんは、僕のことを一瞥してそう言うとすぐに夕飯作りに意識を戻してしまう。

 激昂──と言うわけではないが、色々と思うところはあるらしい。


「父さんは?」

「後30分くらいで帰ってくるらしいから、お風呂入っちゃって」

「わかった」


 僕はそう返事をして、自分の部屋に荷物を置いてそのままお風呂の方に直行する。

 髪と体を洗った後でボーっとしながら湯船に浸かっていると、洗濯物をしまいに来たのか母さんが脱衣所までやってくる。

 そして、扉一枚を隔てながら僕に向かってこう言い放った。


「別に、今日連れて来た子に関わらないでとはお母さん言わない。でも、もう家には連れてこないで」

 母さんがいることには気付いていたし、さっきのことがあったから意識していたが、まさかそんな言葉を投げかけられると思っていなかった僕はドキッとしてしまう。


「……どうして」

 僕は母さんに対して、そう静かに問いを返した。聞こえていなかったのか、それとも無視されたのかはわからないけれど、僕の質問の答えが母さんから返ってくることは無かった。

 そのまま、母さんは脱衣所を出て行ってしまう。


 やはり母さんは、彼女のことを快く思っていなかった。

 会うことを禁止されていないだけまだマシかもしれないが、僕と彼女が結ばれるためには母さんの態度を軟化させなければならない。

 あの『英雄』中心の考え方はなんとかならないだろうか──などと、色々な策を考えてみるけれども、母さんを説得することは難しそうだ。

『英雄』に関してはことごとく頑固な母さんだから、何を言っても無駄だと言うことはわかっていた。

 そうなると、彼女が白髪をやめればまだなんとかなるかもしれないが、かと言って彼女に白髪を辞めさせるのは彼女の信念を傷つけてしまうのではないだろうか。


 浴槽の中で一人、母さんと彼女の間で板挟みになっている僕は「自分たちはやっぱりロミオとジュリエットだ」と心の中で思う。

 どうするのが正解だろうか、今の僕にはわからない。

 とりあえず、もう少し彼女と同じ時間を過ごして更に仲を深める必要がありそうだ。

 まだ2人でお出かけに行ってもいないのに勝手に付き合うことを前提に話を進めるのは馬鹿馬鹿しいし、仲が深まれば自然と解決策も見つかるかもしれない。


 ──と、そんなこんなをあーだこーだと考えていたら、再度脱衣所の扉が開けられる音がする。

 また母さんが来たのか──と、考えたけれど、擦りガラスに映る立ち姿から、すぐにそれが父さんであることを理解する。


「おかえりー」と、僕が声をかけると「ただいま」と父さんの声で返ってくる。

 父さんが帰って来たということは、もうすぐ8時ということだ。後10分も入っていれば、母さんがやってきて「先にご飯食べちゃうよ」と怒鳴りをいれてくるだろう。

 いや、もしかしたら今の母さんであれば何も言わずに食事を始めてしまうかもしれない。


 そんなことを思いながら僕は、父さんが脱衣所から去っていった後に風呂から出る。

 急いで髪を乾かして、なんとか家族全員で食卓を囲むのに間に合ったのだった。

 ──が、食事の時は母さんと一度も言葉を交わさなかった。


 その日から、ズルズルと母さんとの不和は尾を引いていき、遂には一カ月もの時間が経過してしまったのだった。

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― 新着の感想 ―
ぬう。 親子の思想、信仰の違うの差というのも、 結構厄介ですなあ。 年頃の主人公としては恋人と母親の関係を 良好にしたいけど、現実はそうもいかん。 でもこれぞヒューマンドラマですね。
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