第5話 雨の中の2人
万引き騒動の後処理は、全部店長がやってくれた。
店長と何をしたのかわからないが、万引き犯が帰る時に顔を見てると、大の大人が涙を流した痕があったから、ドヤされたりしたのかもしれない。
「──本当に100均にも万引き犯っているんですね。嘘だと思ってました」
僕と彼女が帰る準備をしながら、彼女はそう話しかけてくる。僕は「そうだよ」と同意をすると、彼女が僕の横に立って僕の顔を覗き込んで──、
「カッコよかったですよよ、先輩」
と口にして、悪戯っぽく笑う。そんな彼女の顔を直視できない僕は、急いで顔を逸らす。
頬が紅くなっていくのを感じる。こめかみが熱を帯びてくるのを理解する。口角が無意識に上がるのを自覚する。
「でもまぁ、結局捕まえたのは店長だけどね」
と、至って平静を装ったようなことを口にしてみたりもしたが、彼女の眼は誤魔化せなかったようで「照れてるのバレバレですよ」とクスクス笑われる。
帰る準備を終えた僕は、揺れる白いポニーテールを見ながら、このドキドキを誤魔化すように「僕はもう帰るから」と声をかける。すると──
「じゃ、一緒に帰りましょう」
「──え?」
彼女が平然と言い放ったその言葉の意味が分からなくて、僕は思わず聞き返してしまう。
彼女が帰らずに僕と雑談に興じていたのは、僕と一緒に帰りたかったから。自意識過剰な考えかもしれないが、今回ばかりはそう考えるのが妥当だろう。
「え?あ、先輩は嫌ですか?」
「いやいや。急すぎてちょっとビックリしちゃってさ。逆に、いいの?」
「勿論。別に急じゃないと思いますけどねぇ。私と先輩の仲なら、一緒に帰るのも普通ですよ」
もう既に控室の出入り口の方に立っていた彼女は、「早く早く」と僕を急かすように足踏みをしながらそんなことを口にする。
僕は、荷物をまとめたリュックを背負うと僕を待つ彼女の方へと歩く。出入り口の扉を抑えてくれた彼女にお礼を言いながらその脇を通り、僕は控室を出る。
薄っすらと暗くなりかけている外に出ると、曇天の隙間から沈みゆく太陽が覗いていた。
どうやら、昼頃まで降っていた雨は止んでいるようだった。
「雨、止んでるみたいだね」
「そうですね。傘持ってきてなかったので助かりました」
僕と彼女の2人は、アスファルトにできた水たまりを避けながら2人で並んで帰る。
──と、店の敷地を出たくらいで彼女と帰る方向が一緒か疑問に思ってしまう。
「あれ、家ってどっち方面?」
「私ですか?電車で海老名の方です」
「あ、電車か」
「あれ、先輩は違うんですか?」
「うん。駅のちょい手前くらい」
「楽でいいですね」
「まぁね。電車でも遠いの?」
「電車自体は4駅なんですけど、最寄りから家までが遠いです。大体歩いて30分くらい?そう、聴いてくださいよ!この前駐輪場で自転車停めてたら盗まれちゃったんですよ~」
彼女は怒ったように口にする。今日の万引きと言い、自転車の窃盗と言い、ここのところかなり治安が悪くなったような気がする。
後2カ月くらいでで『英雄』が死んでから20年が経つし、物心ついた頃にはもう『英雄』は死んでいたっていう人も増えてきているから、そんな人間が悪事を行っているのだろう。
まぁ、『英雄』を知らない世代の最前線である僕達が『英雄』が生きていた頃を語ることはできないのだけど。
──と、自転車を盗まれた彼女の愚痴を聴きながら歩いていると、夕日に染まっていた空が一瞬にして暗くなる。
そして、空を覆う厚い雲からポツポツと天から針のような細い雨が降ってきて僕と彼女の頬を冷やす。
「……雨」
忙しなく口を動かしていた彼女が、愚痴を中断させてそう口にする。
それほどまでに振ってきた針のように鋭い雨は、僕らの意識を向ける不吉なものだった。これから大雨が降る──そう告げるようにして、空の色と相俟って暗い色をしたアスファルトを更に黒く染め上げる。
「急いだほうがよさそうだね」
職場から駅までは歩いて15分程だ。
駅までは小雨のまま辿り着けるかもしれないが、彼女が最寄りに着いたら本降りになっている可能性がある。そしたら傘を持っていない彼女は、歩いて30分の道のりをずぶ濡れになりながら暗い中走らなければならないだろう。
それは危険だと判断し、僕は思考を逡巡させる。そして、導き出した最適解は──
「──僕の家、来ない?」
「──へ?」
彼女が驚いたような顔を出し、目を大きく開いて僕の方を見る。太陽が雲に隠れ、細雨が降っている中で彼女の顔色を伺うことはできないが、あらぬ勘違いをされているのは事実だ。
僕は、語弊を無くすために急いで言葉を続ける。
「いや、さ。傘持ってないんでしょ?僕の家までくれば貸してあげられるから」
「あぁ、そういう……」
僕の必死の弁明のより、納得したのか彼女は声と共に顔を落とす。
今の世の中、些細な発言もセクハラになってしまう。彼女は可愛いし懐いてくれているのだから、一層発言には気を付けなければならない。
「どう、傘?いるでしょ」
「はい。先輩が貸してくれると嬉しいです」
「じゃあ、付いてきて。家まで案内するよ。」
僕はそう口にして、容赦なく降り注ぐ小雨に少しでも抵抗する様に少し早歩きで家まで歩く。
家には母さんがいるだろうけど、出迎えているわけでも無いから玄関先で傘を貸すくらいなら彼女と対面して険悪な空気になることは避けられるだろう。
そう、思っていたのだが──、
「──この前の」
玄関の扉を開けて僕の傘を取り出そうとしていると、玄関の方へ顔を覗かせたのはいつも通りの紺色のエプロンをした母さんだった。
白髪の彼女のことを見て、母さんは目を見開いてぎこちなくそう口にする。
──『英雄』のファンである母さんと『英雄』嫌いである彼女が対面し、僕の家には一触即発の空気が充満したのだった。




