第2話 おんなじ
『英雄』が嫌い。
すげなく告げた彼女の言葉に、僕は心の底から共感する。
「──本当ですか?」
彼女は、俯きがちだった顔をガバリと上げて僕の方を驚いたような顔で見る。
驚くのも無理はない。僕だって、僕以外に『英雄』が嫌いな人間には初めて会った。
「うん、本当だよ。僕も『英雄』が嫌い」
「……どうして」
自信が無さそうな声で、彼女は僕に問う。
彼女がどんな理由を抱えて『英雄』を嫌っているのかわからないが、僕は自分の境遇を正直に話すことにした。
「僕の生まれた日は『英雄』の命日だったんだ。そんなんで嫌うとかくだらないって──」
「おんなじだ」
「──え?」
「おんなじ!私と一緒!2006年8月23日!私の誕生日!」
彼女が可愛らしい笑顔を僕の方へと向け、一歩近付いてくる。
僕は、彼女が言っていることを一瞬飲み込めなかったが、そんなことはお構いなしに彼女は話を進める。
「まさか新しく入ったバ先で同じ誕生日の人に会えるとは思いませんでした」
彼女は、口角を上げて白い歯を見せながら目を細める。可愛らしい彼女に少しドキッとしてしまったから、視線を逸らし僕は若干早口になりつつ言葉を紡ぐ。
「そうだね。僕も誕生日が全く同じって人は初めて会ったよ。あれでしょ、誕生日の日って皆、『英雄』の死を弔ってるから今日が誕生日って言いにくいでしょ」
「はい!皆ちょっと重い雰囲気ですし、高校まではホームルームで先生が決まって『英雄』の話をするから誕生日とかスゴい言い出しにくかったです。折角年に1回の生まれたことを祝ってくれる日なのに、年齢と誕生日を聞かれるとみーんな『英雄』の方に興味行っちゃって。今目の前にいる私より、死んだ偉人の方が大事なのかぁって思っちゃいます」
僕が話を振ると、彼女は途端に饒舌になって喋り出す。さっきまでは一言二言だけのたどたどしいキャッチボールだったが、誕生日という僕達にとって大きな共通点が見つかったことで緊張が解けたのかもしれない。僕もその言葉のボールを落とさないように、必死に投げ返す。
「わかるなぁ、その気持ち。僕達と同い年の人ってことは、記憶の中に生きていた頃の『英雄』はいないわけじゃん?それなのに、誕生日にはお祭り騒ぎして命日には一丁前に悲しむってよくわからないよね」
「そうそう。なら、坂本龍馬の死んだ日とか、土方歳三が死んだ日もちゃんと悲しむムードしろって思います」
『英雄』と肩を並べる偉人が坂本龍馬と土方歳三で正しいのかわからないけれど、とりあえず彼女に相槌を打っておく。すると、彼女は「あ」と小さく口から零し一歩下がって少し顔を赤くする。
「私ばっかりこんなに話しちゃいました。恥ずかしい」
長々と舌を回して冷静になったのか、彼女は少し申し訳なさそうにそんなことを口にする。
会話の主導権が僕に回ってきたような気がするから、お客様が来るまでの会話を繋いで話し続ける。
「それじゃ、僕の誕生日の話も聞いて欲しいんだけどさ。僕の母さんが『英雄』に昔助けられたかなんかで『英雄』の大ファンなのね?それでさ、実の息子の誕生日よりも『英雄』の死んだ日って方を優先して、プレゼントとか買って貰えないし誕生日プレゼントとかもくれないの。酷いと思わない?」
「あぁ~、それは可哀想ですね。私の親は一応おめでとうとか言ってくれるんですけど、やっぱ『英雄』の死んだ日にケーキ食べるのって色々縁起悪かったりするじゃないですか。それでケーキとかは買ってくれないんですよ。」
「わかる。誕生日に食べたいよね、ケーキ。僕はクリスマスにしか食べれなかったなぁ」
そう口にして、僕はゆっくりと天井を眺める。
普通に生まれたはずの僕らなのに、たまたまその日に『英雄』が死んだからと言って、祝われる権利を奪われている。誕生日が1日でも前後していれば、『英雄』の命日が1日でも前後していればこんなことにはならなかったのかもしれない。
「先輩は──あ」
そこまで行って、彼女の口が止まる。視線を彼女の方へ送ると、彼女は僕と目を合わせて可愛らしく笑い、
「先輩って、先輩じゃないですよね。だってほら、私達誕生日まで一緒の同い年なんですから」
と口にする。
悪戯っぽく笑い誕生日が同じことを強調してくる彼女を、心のどこかで他とは一線を画す特別な存在と意識してしまうが、それを滲ませないよう努力しながら平然を装って受け答えをする。
「そうだね。確かに先輩じゃない。もしかしたら、数時間の差で君の方が早く生まれてる可能性だってある。どうしよう、先輩じゃない別の呼び方……」
「いや、変えなくていいですよ。名前で呼ばれるの嫌いなんでしょう?」
「まぁ、うん」
「なんでか当てていいですか?」
「当てられるの?」
「はい。先輩の名前に、『英雄』の本名と同じ漢字が入ってるからでしょう?」
「──よくわかったね」
彼女は、僕が名前で呼ばれたくない理由を当てて来たから内心ビックリしてしまう。
僕の母さんは『英雄』に心酔しており、だからこそ僕の名前に『英雄』の実名を組み込んだ。母さんは僕を中心に名前を考えたんじゃない。『英雄』を中心に僕の名前を考えたんだ。
──と、そんなことを考えていると店先にお客様の姿が見える。
僕は、彼女に「お客様が来たから」と耳打ちし雑談を終える。お客様が店内に入ってきても声をかけたりはせずレジ先に立っているだけだが、それでも雑談はよろしくない。
と、彼女は僕の耳の方に顔を寄せ、お客様には聴こえないような囁き声で僕にこう吹きかける。
「先輩、私達ってもしかしたら、運命かもしれませんね」
彼女の発言を過剰に意識してしまい、レジ打ちに手こずったのはここだけの話だ。




