野遊び
山を下りる途中の小さな出来事が、思いもよらぬ恐怖へと姿を変える――。
これは、私が夢の中で見た情景をもとに綴った短編です。
穏やかな遠足の空気の中に潜む影、その先に待つのは、いくつもの結末。
どうぞ静かにお読みください。
下山の折、小雨がぱらついた。
「おい、君の傘、ずいぶん破れてるな」隣で傘を支えてくれていた男子が呟く。日頃から気安い間柄なので、その素っ気ない口調にも私は気を悪くしなかった。
「そうよ、そんなに無頓着だと、一歩足を踏み外して一生の悔いになるわよ、ふふふ」
後ろから追いついてきた女子がからかうように言った。彼女は冗談好きで、私とも親しいはずだった。だが胸の奥に微かなざらつきが残った。
やがて、私と彼女の歩みは自然に速まり、気づけば大きな集団から遠く離れていた。雨は上がったものの、空はなお重く曇り、森の奥に陰影を落としていた。集合地点が近づいたその時、彼女はふと振り返り、冷ややかに告げた。
「私、もう少し奥まで行ってみる」
言い終えるやいなや、彼女は反対方向へと駆け出した。その背を追うように、抑えていた苛立ちに突き動かされ、私の脚も自然と動いていた。
その時だった。右手の崖の上、彼女の進む先に、奇怪なものが跳ねるのが見えた。まるで我々を先導するかのように。
それは橋脚の半分ほどもある巨体で、脚は袋鼠のように強靭。しかし一本の脚は三つに裂けており、一跳び三メートルは優に越えた。
やがて我々は斜面を駆け下り、男子たちを追い越し、分かれ道に出た。そこには誰一人いなかった。胸を締めつける恐怖に、私は声を張り上げた。
「もう行きたくない、やめよう!」
「じゃあ戻ればいい。私はまだ見たいの」
彼女の声は氷のように冷たかった。私は説得を諦め、ただ逃げ出したい一心で走り出した。
しかし遅かった。左の崖の上、今度は別の影が姿を現したのだ。
それは巨大な梟の顔を持っていた。ただし羽毛の柔らかさはなく、煤色の羽に覆われ、眼だけが異様に大きく爛々と光っていた。
心臓が激しく脈打つ。ちょうどその時、ポケットの携帯電話が震え始めた。その振動は鼓動と同じ速さで響き、全身を支配した。
悟った。彼女はもう助からない。
崖上の大鳥はゆるやかに、しかし確実にこちらへ跳びかかってきた。集合地点の人影が遠くに見えたが――間に合わない。
⸻
結末の諸相
1.追いつかれた。
私は振り向くこともできず、喉を裂くような痛みとともに、鋭い喙が胸郭を突き破った。
2.どうにか隊列へ戻れた。
だが安堵も束の間、四方八方から大鳥が迫り、黒い翼が空を覆った。
3.戻った私の目に映ったのは――
地面に散らばる衣服や持ち物だけで、人影はひとつもなかった。
4.逃げ戻った私たちは――
群れごと喰らわれ、一つの巨大で透明な鳥となった。その身は街へと向かい、ゆるやかに歩き出す。
5.必死に事情を訴えていたその時――
本来なら死んだはずの彼女が戻ってきた。ただ衣服は無惨に裂けていた。皆は歓声を上げた。だがそれは皮だけの抜け殻だった。次の瞬間、私たちは全て呑み込まれた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、私自身が夢の中で体験した情景をもとにしています。
夢の中の光景はときに現実以上に鮮明で、目覚めた後もしばらく心を離れません。
「山を行く」という何気ない一日が、いつの間にか恐怖へと変わっていく――その感覚を少しでも共有していただけたなら幸いです。
ご感想などいただければ、今後の創作の励みになります。