侍女になっていた転生者はくだらない男爵令嬢を無関心に対応する
舞台は王宮の庭園。
ソリリアは、手入れされたばかりの薔薇に見入っていた。
鮮やかな深紅の花びらが朝露をまとい、息をのむほどに美しい。
のに。
そんな静謐な空気を破るように、けたたましい声が響いた。
「あらあら、こんなところにいたのね、ソリリア様?」
声の主は、男爵令嬢と名乗るミレーナ。
取り巻きの侍女二人を従え、いかにも勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
心の中で盛大にため息をついた。
また始まった、と。
(この手のタイプ、前世でもうんざりするほど見た。乙女ゲームの悪役令嬢もどき)
ソリリアは表面上は穏やかに微笑みながら、内心で分析する。
ミレーナは、やたらと男性陣に取り入ろうとするわりに。
その言動は粗雑で品がない。
王太子や騎士団長といったハイスペック男子たちに、あからさまに秋波を送っているのは周知の事実。
挙げ句の果てに、なぜかソリリアを目の敵にしている。
貴族社会から抹消されるレベル。
「何かご用でしょうか、ミレーナ様」
ソリリアは努めて丁寧な言葉遣いで応じた。
下手に刺激すると面倒なことになるのは、これまでの経験から学んでいる。
「ご用?あらやだ、人聞きの悪い。ただ、あなたのような平民出身の娘が、こんな優雅な場所をうろついているのが気になっただけよ」
ミレーナは扇子で口元を隠しながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
取り巻きの侍女たちも、それに合わせてクスクスと笑う。
それは、やってはいけない。
(はいはい、身分差別。前世じゃ考えられない。こっちに来てから何度この手のセリフを聞いたか)
ソリリアは冷静さを保ちながら、反撃の糸口を探る。
相手の言葉尻を捉え、論理的に矛盾を突くのが、彼女の得意とするところ。
「あら、それはご心配ありがとうございます。ですが、この庭園は王宮に仕える者であれば、身分に関わらず立ち入ることが許されていると伺っております。わたくしも……微力ながら、王宮で働かせていただいておりますので」
ソリリアはにこやかに、しかしはっきりとそう言った。
ミレーナは一瞬、言葉に詰まったようだ。
「な、なんですって?たかが侍女の分際で……口答えを」
「たかが、ですか?」
ソリリアはさらに畳み掛ける。
「王太子殿下や騎士団長の皆様も、わたくしが丹精込めて淹れたお茶を美味しいと召し上がってくださいますし、書類の整理に関しても、間違いがないと褒めていただくこともございます。微力ながら、皆様のお役に立てていると、自負しております」
ソリリアは、さりげなく王太子や騎士団長の話題を織り交ぜた。
ミレーナが彼らを意識していることは明白。
案の定、ミレーナの顔がみるみる歪んでいく。
「そ、それは……!あの方々は、あなたのような下賤な女に、ただお情けでそう言ってくださっているだけよ!」
ミレーナは声を荒げた。
取り巻きの侍女たちも、慌ててミレーナをなだめようとする。
「お情け、ですか」
ソリリアは涼やかな眼差しでミレーナを見据えた。
「でしたら、ミレーナ様も、ご自身のお力で王太子殿下や騎士団長のお役に立ってみてはいかがでしょうか?きっと、わたくしのような平民にも理解できるように、そのご活躍ぶりを教えてくださいますよね?」
ソリリアは、相手の得意分野であろう、貴族としての立場を利用して、逆にプレッシャーをかけた。
自分が具体的な功績を何も示せていないことを自覚しているのだろう。顔色は青ざめ、言葉に詰まっている。
「くっ……!生意気な!」
ミレーナは捨て台詞を残して、足早に庭園から立ち去った。
取り巻きの侍女たちも、慌ててその後を追う。
ソリリアは、騒がしかった庭園に再び静寂が戻ったのを確認すると、小さく息をついた。
(ふう、なんとか追い払えた。逆ハーレムなんて、夢物語もいいところなのに。こっちは自分の身を守るのに必死だっての)
彼女は再び薔薇の花に目を向けた。先ほどの騒ぎが嘘のように、花は静かに咲き誇っている。
ソリリアは、この美しい花のように強く、したたかに生きていこうと心に誓う。
逆ハーレムなど、彼女の辞書にはない言葉。
あるのは、自分の力で生き抜くという強い意志だけ。
なにがなんでも生き残らないと。
愛しいあの人のためにも。
目を閉じれば浮かぶ姿。
少しでも、結婚がうまくいくためにも今踏ん張らないと、いけないのだ。
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