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記念写真

作者: 時輪めぐる

 六月の梅雨の晴れ間、夜空にはお月様が細い姿をのぞかせておりました。

 強い風が雲を走らせています。

 町のはずれにある小さな写真館のおじいさんが、そろそろお店を閉めようと思っておりますと、出入り口のチャイムが鳴りました。

 受付のカウンター越しに目をやりましたが、人の姿は見えません。おかしな事があるものだと、首をひねりながら足を踏み出すと、目の前に何かがおりました。

 右耳のふちが少し欠けて、二本足で人間のように立ち、古くさい銘仙の着物を着たタヌキでした。背の高さは、カウンターより少し低いくらいでしょうか。

「なっ!」

「……こ、こんバんハ」

 タヌキは、器用に人間の言葉を話します。

 おじいさんは、驚いて息をのみました。

「お、おどろかないデ、く、くダさい」

 タヌキは、わたわたと落ち着きなく身を震わせました。

 こわがっている様子を見て、こわいのに何でお店に来たのだろうか、何か困っていることがあるのだろうかと、おじいさんは考えました。すると、少し冷静になれました。

「……何かご用ですかな?」

 おじいさんのやさしい声に、タヌキは落ち着きを取り戻します。

「わダすのタからものの、しゃしんを、トってくダさい」

「宝物?」

「きょうハ、こがうまれて、ひトツき。きねんに、しゃしんを、トってホしいのです」

 人間は生後一か月でお宮参りをして、記念撮影をします。通りに面したお店のショーウィンドウには、赤ちゃんを抱いたお母さんと、寄りそうお父さんが、笑顔で写る写真がかざってありました。もしかしたら、その写真を見て、自分も撮りたいと思ったのかもしれません。

「おダいは、もっテいます」

 タヌキは、着物のたもとから、しわくちゃの千円札を取り出しました。

「タりないデすか?」

 本当は足りませんでしたが、おじいさんは「いいや」とほほえみました。

 もしかしたら、これはお札じゃなくて、木の葉っぱかもしれないけれど、タヌキの記念撮影が面白そうだと思ったからです。

「じゃあ、こちらへ」

 おじいさんは、タヌキをスタジオに案内しました。

 タヌキは着物のふところから、すやすやと眠る子ダヌキを、愛おしそうにそっと取り出して胸に抱えます。

「じゃあ、そこのイスに座って」

 おじいさんは、タヌキの着物のすそを直しました。

「ここを見ていてください。撮りますよー、はい!」


 パシャリ!


 三カットほど撮影し、引き換え券を渡しました。

「お月様が、また細くなる頃に出来上がりますから、受取りに来てくださいね」

 おじいさんは、一人で写真館をやっておりましたので、仕上がりまで少し時間が掛かります。



 一か月後、お月様は細くなりましたが、タヌキは写真を受け取りに来ません。

 千円札は本物でしたので、タヌキに化かされたわけではないようです。

 おじいさんは、毎晩、お店を閉める前に、ひと気の無い通りの左右を確認します。特に、山へ続く左側を長いこと見ておりました。

 車にひかれてしまったのだろうか、何か良くないことが起こったのではないかと、おじいさんは心配でたまりませんでした。

 実際、通りでは時折、タヌキが車にはねられる事故がありましたので、おじいさんは、そのたびに行っては右耳を見て、あのタヌキではないことを確認し、道端に穴を掘っては葬っておりました。


 二か月経っても、タヌキは来ません。おじいさんは、ため息をつき、タヌキの写真を通りに面したショーウィンドウにかざりました。



 それからしばらくしたある夜、ショーウィンドウの前を通りかかった別のタヌキは、かざられた写真を見て腰をぬかしそうになりました。

『指名手配』という言葉が頭に浮かびます。駐在所という建物の前にそういう写真が貼られるのだと、物知りのおばあちゃんに聞いた事がありました。

 これは、大変だ。あれは、お山の西にすむメスの耳欠けダヌキだ。家のおばあちゃんに、着物を借りに来たので覚えている。確か、子が生まれたと聞いたが、何をしでかしたのだろう。写真を貼られるなんて。

 タヌキは、側溝を通って急いで山に帰り、おばあちゃんに話しました。

『何だって、そりゃ大変だ』

 おばあちゃんは、すぐに家の者を耳欠けダヌキの元へ走らせました。

『アンタ、気を付けな。指名手配になってる』

『指名手配って何?』

 耳欠けダヌキは、指名手配を知りませんでしたので、人間社会では悪い事をした者の顔をさらすのだと、教えてやりました。

『わダすが?』

 耳欠けダヌキは、何かやらかしたかと、目をつぶってしばらく考えてみましたが、思い当たりません。よくよく聞くと、指名手配の写真は駐在所ではなく、写真館にかざられているのが分かりました。

『あっ!』

 写真を受け取りに行くのだった。子供の行動範囲が広がり、狩りの練習など、毎日忙しく過ごしていて、すっかり忘れていたのです。

 耳欠けダヌキが事情を話すと、伝えに来たタヌキは安心して帰って行きました。


 その夜、子ダヌキを寝かし付けると、耳欠けダヌキは写真館を訪れました。。

「こ、こんバんハ」

 しかし、お店の中にいたのは、あのおじいさんではなく、知らない女の人でした。

 耳欠けダヌキがこわくなり、身をひるがえして逃げようとすると、女の人が声をかけました。若い声でした。

「待って。写真を受け取りに来たのでしょ?」

 ふり向くと、女の人は、やさしくほほえんでいます。どことなく、おじいさんに似ている気がしました。

「……ハい。これが、ヒきかえけん、デす」

 おずおずと、子ダヌキがくちゃくちゃにしてしまった引換券を差し出すと、女の人は見開きの台紙に貼った写真を見せてくれました。

「わぁ、こんなにすテきに、しテもらっテ。ありがトう、ございます」

 耳欠けダヌキの顔が、パァっと明るくなります。

「よく撮れていますね。持ちやすいように、レジ袋に入れますね」

「あ、あの、おじいさんハ………」

「心配してくれてありがとう。おじいちゃんは、今、奥で休んでいるの。ああ、大したことないのだけれど、この暑さでしょ、軽い熱中症になったのね。タヌキさんが、車にひかれていないか心配で、炎天下の中、見回っていたみたい。

 私は隣町に住んでいる孫なんだけど、おじいちゃんの様子を見に来たってわけ。それで、

 おじいちゃんが『タヌキが写真を受け取りに来る』って、すごく気にしていたから、店番していたのよ」

 渡せて良かったわと手をふる女の人に、何度もおじぎをして、耳欠けダヌキはお山に帰って行きました。


「誰か来とったのか?」

 目が覚めたおじいさんが孫にたずねます。

 孫が、タヌキに写真を渡したことを伝えると、おじいさんは、うれしそうに何度もうなずきました。

「そうか、喜んでくれたか。それは、良かった、良かった。タヌキの記念写真を撮ったのは、ワシくらいのもんだろう」

 おじいさんは、少し得意そうに笑いました。


 夜更けのことです。孫が隣町に戻り、おじいさんが部屋で一人寝ておりますと、ほとほとと窓をたたく音がしました。何だろうと布団から起き上がって、カーテンを開けると、掃き出し窓の下に二匹のタヌキがおります。親子でしょうか、一匹は大きく、もう一匹は小さな毛玉でした。

「おじいさん、ダいじょうブですか。おやまに、かえっテから、しんパいになっテ、みにきテしまいましタ」

 あの耳の欠けたタヌキでした。

「わダすのタからもの、おおきくなりましタ。みテください」

 母親の隣に立つ子ダヌキは、ぺこりとおじぎをしました。

「おしゃしん、ありがトう」

「いやいや、元気な姿を見せてくれて、こちらこそ、ありがとう。ワシは、もう大丈夫だから、気を付けて山にお帰り」

 母子のタヌキは、そろっておじぎをすると、満月が銀色にそめる通りを走ってお山に帰って行きました。




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